これが青春だ

 5時の職員室で生徒某のセンター評論対策の手紙を書き(20年分の問題全ての誤答の傾向を分析し、今後解く時に気をつけるべき点を示す)、それを読み・読ませながら8時から面談。その後、防医二次の受験で上京中の生徒とFAXやメールを介して面接シート添削のやりとり。入試業務に臨場感の朝ですね。その後は、一日デスクワーク。授業・添削無しで凪の日……なんですが夕方に少し大変な仕事が。

 先日はプロデューサー氏とお話しするだけで良かったテレビ番組「TEEN! TEEN!」の取材、今日は(勿論生徒にはオフレコで)ピースのお二人、橋本環奈さんのレギュラー3人が学校訪問をするのです。
 決まっていることは、社会科教室(高校棟2階)で行われている6時限目(一日の最終時限)の高2の授業(の終わり頃)に3人が突入し、インタビューをするということ。その後、3人は職員室を訪れ、理科の先生、そして国語科の私の2人にインタビュー、最後に放課後の化学部実験に参加される、とのこと。

 先月の職員会議でそのことが発表された時に分かっていたのですが。今週一週間、高校3年生は100分×3コマという、通常とは違う時間割編成でセンター対策授業を行っており、3コマ目の終了時刻が、他学年の6時限目の終了時刻よりも、「15分以上早い」。
 これがどういうことを意味しているかというと、高校棟3階の高3フロアで一日の授業が終了し、やれトイレだ駄弁だと彼等がぞろぞろと教室から出てきたまさにその瞬間に、コの字型高3フロアの教室前廊下から丁度見下ろせる場所にある2階社会科教室入り口前に、あれ眩しや芸能人オーラを放ちまくったお笑い芸人とアイドルとがスポットライトを浴びて突入の瞬間を待っているということになるわけです。
 職員会議で高3担任団。国語「時間、モロ被りですね」 体育「そんなん、俺らのせいやないし」 化学「あ~、奴らどういう反応するっちゃろかぁ」 国語「その橋本さんって人、ほんとにそんなに人気あるんですか? 僕、全然知らないんですけど」 体育「ばぁか、俺でも知っとるくらいぞ」

 先日のプロデューサー氏と私との会話で2人が間違えた点。プロ「進学校の生徒はそこまで芸能人に興味は示さないだろう」 私「橋本なんちゃらって、そこまで人気があるわけではないだろう」
 2人とも大外れでしたね。最初に発見したのは誰かとか知るべくもありませんが、「橋本環奈がおるっ!」の一言で、3階フロアは遠くから一目でも見てしがなの群衆がわらわらわらわらと窓から身を乗り出し、「「「「「「「環奈ちゃ~ん!」」」」」」」 「「「綾部~!」」 「「又吉~!」」 綾部さんなんか手を振り返して下さってサービス精神。

 職員室も同じく3階、社会科教室が見える窓から見下ろしたら、外があれだけ騒がしいのに教室内の生徒が全然気付かずに授業聞いてるのが面白い。あそこに3人が入っていったらどうなるんでしょうねぇ。
 答え。
 その時社会科で授業をなさっていた先生から後で聞いたんですけど、突入の瞬間は普通ならワーキャー大混乱になる所なのに、先生が睨みをきかせていたのと、あとは授業中は真剣なモードに入ってるっていうのとがあるんでしょうね、全員きょとん&し~ん、っていうちょっとテレビ番組ではあり得ない反応だったそうです。きっとそのあたりは、テレビ必殺の編集技術で何とでもなるんでしょうけれども。

 ……というよりも、もしかしたら高2が普通の反応で、上を下への我らが高3「だけ」が異常な反応をしてる問題学年なんじゃないのか、と職員室を出て彼等の様子を廊下へ観に行った、ら。騒ぎ立てるA組諸氏にウチのクラスの天然様が一言。
 様「みんなちょっと待って!!! よ~っと考えたら本当はまだ6限が終わってない時間やん!!! もしこれで俺らが騒いどるのがテレビに映ったら、観とる保護者に俺らが6限をサボっとると思われる!!!」
 悶絶して笑わせてもらいました。

 さて、その後は、職員室内で仕事をしている私の所へ芸能人3人が「ちょっとお話を聞かせていただいて宜しいですか?」とやって来るくだり。事前に流れを聞かされていた以外は、私は何も準備することはなかったのですが。
 先ずは職員室の私の机、本が山積みになった所を映し、読書人の又吉さんがいやこれは凄いですよと言う、又吉さん・せきしろさんの共著を綾部さんが見つけておやこういう本がありますがと振り又吉さんがまあそれは置いといてとスルーするというやりとりを天丼、のあとこの机の持ち主でいらっしゃる先生があちらに……という流れでインタビュー開始。

 さっき社会科教室に突入する前の様子を見て既にびっくりしてたんですけれども、『白い巨塔』もかくやの大名行列なんですね。カメラマンとライト・音声その他せいぜい4、5人くらいだろうと思っていたのと完全に違って、10人じゃきかない関係者がぞろぞろとついてきて我々の周りを取り囲むその圧、そしてライトの圧倒的な強さ眩しさ熱さ、私照らされて3分後に服の下で汗がだら~ってなるのを感じました。
 しかしさすが芸能人、慣れているのかそれを全く気にする様子も見せず私に話しかけてこられて流石……っつーか、橋本環奈、白っ! 後から色んな男どもに可愛かったか美人だったか欲情したかとさんざ聞かれましたけど、あんな白い人間を間近で見たら個々のパーツとか作りとかに気を回す余裕なんか無くなるっつの。向こうが透けて見えるんじゃないのか呼子のイカか幽霊だけじゃなくて天使も透けてるんだっけ、とかそんな感じ。とにかく白い。
 でもって、綾部さんは社会人として誠実な印象。このお仕事をきちんとこなします、という責任感が伝わってくるんですね。又吉さんの作品を授業資料で使ったとお話ししたら、「ええっ、お前の、本を、このF高校の授業でっ!?」と大袈裟な驚き方で、おおっテレビのリアクションだ! ってちょっと感動しました。
 又吉さんは、後で聞けば収録でほぼ喋らない方なのだそうです。が、お好きな本を見つけられたらテンションが上がるようで。私が表紙・帯に惹かれて最近購入した新人ショートショート作家・九星鳴の『K体掌説』を目敏く発見なさって、「こんなに新しい本も読まれるんですね! この人正体は夢枕獏なんですよ!」と仰いまして。完全なるネタバレーション、私きっと線の細い文学青年だと思ってましたよ(プロフィールに1979年生まれって書いてありましたし)。ひげのオッサンやないか(1979年デビュー)。
 又吉さんの本にサインを戴けたのは有り難かったです。綾部さんからは、ご自身の著書『熟女論』を是非授業でとプッシュされ、それでは古文の「姨捨」の時にでもとお答えしたら、「熟女とお婆ちゃんは違う!」と説教されました。

 一つ懺悔。綾部さんに「因みに先生は、僕たちをご存じで?」と質問され、地デジ難民なので「イマジン」のネタと無季自由律俳句詠みとしての又吉さんのみを存じ上げております、と無難にお答えしました。が、瞬間頭の中に、「元相撲部屋のおかみとか何たらオークションとか」が浮かんだことを告白致します。勿論、社会人ですから、おくびにも出さずに。

 さて、ADもイラつく程の生徒のはしゃぎっぷり。職員室インタビュー中も、入口に屯って遠目でも見てしがなの生徒……って高3Aじゃねーか受験勉強しろよ。の、生徒たちと、インタビューの後。
 橋本さんにも懺悔します、私あなたの人気を軽く見過ぎておりました。職員室を出たら怒濤の勢いで3Aのメンバーが集まってきて「どうやった!? どうやった!?」って聞かれました。ので、私戯れに「手、柔らかかったぁ~」と答えたんです。したら、あんたもう全員が激高してあぁリンチってこういうことを言うのねってレベルで揉みくちゃにされて掌を誰かの顔にべと~っと擦りつけられ。よーじやのあぶらとり紙みたいになった手に石けんを塗りたくりながら、橋本環奈さんの凄まじい人気を熟々と感じました。

 逆襲。
 興奮冷めやらぬ先ほどのリンチ犯10人ほどが屯っている3A教室に入っていき、紙袋からおもむろに取り出したマジックを教卓の上にトン、と立てる。
 私「……分かるよね?」
 A「まさかサインをしてもらったと?」
 B「橋本環奈が使ったサインペンっ!」
 C「舐める権利をっ!」
 D「今からこれを舐める権利をかけてジャンケン大会をっ!」
 と猿山の教室を後にする。さぁ、誰が又吉さんの指紋を舐めるのやら。

 蛇足ですが、今回の高3で一番格好良かったのは、アイドルに興味のないC組某の「僕、あの人よく見ますよ。同じマンション」って台詞かな。

 学校取材はまだまだ続くようですが、私は同窓同僚先生と2人で焼き鳥。ビールを飲みながら人生初経験の仕事の疲れを癒す。

 これで親孝行が出来るのかどうか、どうせ数十秒しか映らない(或いは丸々カットされる)のがテレビでしょうから。
 勿論、私は絶対に観ません。