もっとも親父の応援のすごさに 相手が気おくれをして

 後期添削は「呪い」になるからやらない、と決めているのに、3時に勝手に目が醒める。仕方ないので、添削の仕事もないのに5時に学校入り、するとほぼ同時に高3数学先生も職員室にお出でになり、「そりゃあ、今日眠れる訳はありませんよねぇ」
 私は初めての高3担任、数学先生は(前任校ではおありになるものの)F高では初めての高3担任。今日が審判の日です。二人の話は今年の合格者の話から、今後のF校生の大学進学の話へ。中学から女子が入ってきたという制度の変化、文系志望者の極端な減少と医学部志望者の極端な増加という(言葉は悪いですが不景気国家の田舎地方故の)悪傾向、の中で果たして東大合格者は現在の水準(現役で平均20人ペース)をキープ出来るのか?
 数学「例えば、現役30人というのは無理なんですかねぇ」
 国語「今から17年前、46回生が現役30人を出してます。その翌年が私がF校生だった時の47回生で、これも29人。この辺りが最高かな」
 数学「どうしてそんなに出たんですか?」
 国語「だって、たくさん東大受けましたもん。文系は今より30人くらい多かったから東大受けますし、医学部もそこまで激しく人気が集中してたわけじゃないですし」
 数学「そういう風に生徒を持っていくことをしないと、東大受験者数が増えない」
 国語「無理無理無理無理。お前は文系、お前は医学部を受けるな、なんて言って生徒が、っていうより保護者が『はいそうですね』なんて言うわけないですもん。実際今の高3、そういう操作をした教員なんて6年間殆どいなかったんじゃないです? いや、各担任の先生と生徒との面談はいっぱいあったでしょうけど、文理や医学部なんて基本路線から変えさせるような圧力かけた人っていないですよね。だから、今年なんて東大を50人しか受けてないんですよ、30人ったら打率6割でしょ、そんなこと起こるわきゃない。例えば、4年前の59回生って、理系だけで東大特講に56人参加してたんですね。最低でもそのくらいは受験しなきゃ、20人のキープが関の山だと思いますけど」
 数学「でも、外部(週刊誌や受験関係者)がそこしか見ませんから」
 国語「ウチの場合は、東大と九医ですね。アホらしいとは思いますけど、実際それが切実なんですよね。大体、アホらしいとか言ったって僕自身F高から東大に行ってますからねぇ。教員になるって決めてたのに、いつの間にか福教大志望が東大志望に変わってたんですよねぇ、なんでだろ」

 私は生粋の文系だから分かりませんが、医学部志望の生徒は大変でしょうね。非医学部の大学に関しては、私は二浪して行く価値がある所は基本的に無いと思っています。が、医学部に進学して医者になろうとしたら多浪の覚悟が必須なのですから。
 家業を継ぐなら一直線は当然、固い決意も尊重、ですけれども内発的動機がない「飯の種・資格」程度の認識故の医学部選択ならちょっと考え直した方がいいですよぅ、って思うだけで個人には伝えませんけど。

 さて、7時も過ぎた職員室には先生が続々。高3担任団にとってはF校でいちばん長い日ではあるものの、高2以下五学年は通常の授業・業務が行われます。
 7時の窓の外は3月10日の風花、まさかの雪舞です。雨男で有名な学年主任(化学)が今日はどんな天気にしてくれるのかと楽しみにしてたら。
 数学「雪ですよ! 化学先生、凄いですねぇ!」
 国語「車は滑るし空気は寒いし、こんな大切な日に何してくれとんねん、っつー話ですわ」
 体育「合格発表の日の雪とか、長い間ここにおって経験したこともないぞ」

 7時半の高3フロアを回ると、校内模試理系トップ毎日7時登校6年間無遅刻無欠席理一合格なんて受ける前から分かってる、というD組某氏が、一人の教室で赤本開いて後期の勉強してて、いっそ笑いそうになる。底抜けのど迫力ですよ。
 文系理系とも、ちらほら生徒が登校してくるのが驚き。ネット発表(一橋10時、東大京大12時)を、学校で確認しようっていうのは「君ら、メンタル強すぎやろ!」
 上記D組某氏と、同じく理系トップ層理Ⅱ合格が受ける前から分かってるC組某氏とが、「東大受験のさ、もう化け物みたいな人ってどのくらい点数取るんだろうねぇ」「僕らじゃ測り知れんよね」とか会話してるのに「お・ま・え・ら・の・こ・と・だ・よ!」とツッコミたいんだけれどもまぁトップ層はトップ層で合格が確定するまでは緊張しているのだろうと思って我慢。

 8時、他学年団の仲良し先生に「緊張するやろ?」と声を掛けられたので、ワッキーの芝刈り機みたいなジェスチャーをしながら「おろおろ、おろおろ」と答えたら、「うざい」と一蹴される。冷たい。

 8時30分、東大受験D組某氏と現代文(文理共通)の問題について話す。
 生徒「あの現代文、難しかったの?」
 教員「ここ10年くらいでは最も、って言っても良いと思うくらい。筆者がDJになって、これまでの東大入試の概念を次々にリミックスしてメドレーにしてた感じ」
 生徒「俺、相当書きやすかったと思ったんだけど」
 教員「過去問が頭に入ってたってことですね。既視感があれば解けるし書ける。初日1限の国語を気分良く受けられたら成功ですね」
 生徒「だめやわ~、って感じにはならんかった」
 教員「じゃあ、成功」

 9時。高2以下の学年の授業等通常業務が動き出し、職員室から殆どの先生が居なくなる。高3担任団、ぽつん。

 9時30分。スマートフォンのトップページに、東大・京大・一橋のそれぞれの合格発表サイトへのショートカットを作成する。

 10時。進路指導室で一橋の合格発表の確認が行われている……のに合流するのが怖くて職員室を出ていけない。
 10時10分、意を決して進路指導室に乗り込み、A組の生徒の一橋の合否を知る。高3フロアには、合格した生徒も不合格だった生徒もいます。その後、合格の生徒と握手、そうでなかった生徒とは二言三言の言葉を交わす。
 合格した生徒の自宅に電話を掛けて、各お母様へのご挨拶をする。

 11時30分、一橋合格発表サイトへのショートカットを削除、東大・京大のページではまだ発表は始まって居らず(予定は12時)。

 11時45分の進路指導室、高3担任団、及び昨年度の高3担任団が集まる。例年東大のサイト発表は10~15分のフライングをするので、パソコンを確認する進路指導部長、高3学年主任が「再読み込み」を何度も試す。45分、東大各科合格者受験番号一覧が公開される。
 先ずは文一から……と確認を始めようとする所で、C組担任の携帯電話が鳴る。学年で唯一理三を受験した某氏からの着信で、その瞬間室内の温度が一気に上がる。電話を掛けてきたということは「合格した!」ということを意味するのですから。学年団が歓喜の雄叫びを挙げる。ところへ、今度はB組担任の携帯に理系女子から着信があり、合格を知らされる。理三と理系女子という最も担任団が心配をした生徒の合格を最初に知らされたことで、進路指導室内に「行ける!」というムードが広がる。

 殆どの生徒の受験番号は進路指導室に届けられています。ですので、進路部長と学年主任とが二人で画面を確認しながら、「Aくん、マル(合格)」「Bくん、バツ(不合格)」と告げ、他の教員がそれぞれ受験者一覧に○×をつけていくという作業をするのです。

 文系の一人一人の「マル」「バツ」が知らされる度に、担任団からは「よーーーしっ!」「やったーーー!」若しくは「ああーーーっ」「ダメかーーーっ」という絶叫が上がります。私は、自分のクラスの生徒の6年間(若しくは3年間)がここで審判を下されるのを、出来るだけ冷静に受け止めようと思いながら一覧に○×をつけていく。「あぁ、この人は努力で通った」とか「この人がダメだったってことは数学で失敗だな」とか「この人が通るのは道理だから別に」とか「あぁ、この人が落ちるわけか。受験って怖いな。でも、まぁ来年かな」とか。嬉しいとか悲しいとかは、全部が終わってからにしよう、と思って出来るものだのだというのに少々驚きながら。

 理三は最初に分かり、文系が終わり、続いて理一・理二を確認する頃からは、A組文系担任はB~D組の担任団を観察する側に回ります。そうしたら、やっぱり出だしの理三・女子で勝利は決まってたんですね、理系が面白いくらいに通る。
 「Cくん、マル!」「Dくん、マル!」と合格が告げられる度に、担任団のボルテージは上がりまくり。最初は「よしっ!」くらいだったのが段々「よおおおおしぃぃぃっ!」「っっっっっしゃあああああああああぁぁぁぁっっ!」と長さ・高さともにどんどん上がってきてオジサンたちの血管がちょっと心配。
 しまいにゃ鳥の鳴き声か効果音かってな感じになり(後に、進路指導室のあるフロアの高2が漏れ聞こえてくる叫びに若干引いてたという話を聞きました)、数学先生あたり次で死ぬなと思ってたところに救世主。7時に赤本絶対合格の「Eくん、マル!」という化学先生の報告に全員、「まぁ、これは」「当たり前ですから」「東大が間違えなかったってことで」と一気に賢者タイム(←使い方いい加減)。
 再び徐々にテンションが上がっていき、絶対的合格者が「お前ら落ち着け」と担任団のボルテージをおさめる、という流れが3回ほど繰り返される。

 一人一人の合否に反応するのに大変な担任団ですが、流石に終盤になるとこれは合計したら凄い合格者数になる、ということに気づき始める。

 ほぼ全員が高1から担任団に入った教員ばかりですが、私とA組副担世界史先生とだけは一足早く、中3から担任としてこの学年に入りました。生徒にとって4年は昔、ですが大人にとっては4年なんてついこの間です。隣同士に立つ私も世界史先生も、初めてこの学年に入った時に「最悪の成績の学年」だと言われたことをリアルに覚えています。生徒たちも、一つ上や一つ下の出来る学年に挟まれた「狭間の学年」など自嘲していましたっけ。ですから。

 文系7人、理系21人、計28人。

 という結果を知った瞬間に目に涙が滲み、3月2日の謝恩会でB組体育先生から「今は我慢して、10日に泣くぞ」と言われた通りに涙腺が崩壊しようとした、のに。

 「「おろろろろろろろろろろろろろろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおんんんんんんっっっっっっっ!」」という人外の声に振り向いたらC組担任副担任数学英語がガッシリと抱擁しながら号泣し始めて呆気にとられるわ鼓膜が痛いわどーしてくれんのよ私の涙。
 おかげで、A組国語もB組体育も握手の時は満面の笑顔だったじゃないか。文化系文系vs体育会系理系の構図で私がしょっちゅう楯突いては迷惑をお掛けした学年主任先生には、今日の握手で全部許して貰えたってことにしとこうそうしよう。
 何という幸せ……の追加、受験番号連絡がまだで合否が分からなかったB組文系女子が1人合格していたことが電話で判明する。

 文系8人、理系21人、計29人。
 私は高校56回生と58回生とで高3現代文を担当し、2回ともセンター国語の学年平均が私が受験した時の得点と全く同じになりました。私が育てたらそうなるんだなぁと思い今回の63回生にもそう伝えていたのですが、実際の彼等のセンター学年平均はそれとは違う数値を示しました。おかしいなぁ、今年は育てた人とは違うようになったなぁ、と思ってたら、ここで数字の符号が出てくるわけだ。現役東大29人は、私の47回生と全く同じ数です。
 但し、受験者の分母は全く違います。63回生の方が遙かに合格率が高い。

 東大の確認が終わるか終わらないか、さて次は京大を見るぞ、というところへA組文系の京大受験者(学校で合否確認をしようという、やっぱりメンタルの強い)2人が進路指導室に飛び込んできて、2人で「俺たち受かった!」「他はダメやった!」と即物的なネタバレをする。一人一人で感動させろよ。ってことで今から京大の合格者番号サイト確認、という訳で「御目出度う! でも今はこの部屋は立ち入り禁止!」
 遅刻八部衆が文学部、中3の時に授業中のゲーム機を取り合いしてついぞ手放さなかったやつが法学部。京大さんよ、こんなやつらで大丈夫?(大笑)

 合格者続々来校、職員室で大勢の生徒と話す。
 遅刻八部衆が一、京大文学部Fくん。中3で授業中のゲーム機没収を実力で拒否した法学部Gくん。
 私「お前に合格体験記を書かせたくない」
 F「なんでよ、普通書かせるやろ。数少ない京大合格者や!」
 私「一限に間に合ったことがない、一念発起のチャリ通も初日に自転車大破の交通事故で神様が遅刻以外を認めない、みたいなやつの合格体験記が後輩の参考になるかと」
 F「いや~、あの時は死ぬかと思った」
 G「そんなに酷かったの?」
 私「酷かったよ。ぶつかった方の車、フロントガラスが蜘蛛の巣やったもん」
 G「マジで!」
 私「死んでたら京大合格者一人減ってた」
 G「いや~、俺は自分が何で受かったか分からん。数学0完やったもん」
 私「嘘っ、0?」
 G「そう。だから何が爆発して合格したか分からんもん。ってか実際先生も俺が合格するって思ってなかったやろ」
 私「う~、あ~、5割以下かな……とは」
 F「俺はGは絶対受からんと思ってた!」
 私・G「「酷い!」」
 私「……じゃあ、今からお二人の家に電話をしようかな」
 F「あ~、俺の親号泣してた」
 G「ウチも」
 でしょうね。

 A組の日常性の維持担当、型通りの要約は出来ても自分で考える小論文が弱くこれはまるでセンター試験は解けても二次試験で失敗して合格を逃すタイプであるかのようなお菓子大臣、東大文三Hくん。国語大好き文科三類一直線、中3の時から「イケノトのお気に入り」と周囲に揶揄されつつ、勉強のみならずバンドにサッカーにと無才担任の羨む文武両道を貫いたIくん。
 の二人には、文学部に行く卒業生に本を贈るのが夢だった私からのプレゼント、上田三四二無為について』を。霜山徳爾の『人間の限界』と迷いました。で、どちらも(名著ではありますが)前途ある若者にそのタイトルどうよ、な本なので比較的穏便な方を。
 但しタダではものはやらん。合格体験記の執筆と東京の美味しいお店の開拓を命令。Iくん「食べログ特派員、やります!」
 後で、京大Fくんが「俺にも(本を)ちょうだいよ~」とやってきて、これは嬉しかった。

 文系だけではなく、理系生徒も続々やって来ます。何せ合格者は29人。今日だけでなく明日以降に来る生徒も多いとは言え、先ずは凱旋とばかりに職員室にぞろぞろぞろぞろ……。
 国語「東大生多いわっ、もう飽きた! 珍しくもない帰れっ!」
 化学「ひどい! でも、沢山通ったもんねぇ」
 東大の中でもないのにこんなに東大生ばっかりいてどうすんだ、と。

 ここで、続々やって来る大学新入生皆に送る「べからず集」。
 ①太るな。
 ②喫煙するな。
 ③大学休むな。
 ④身体に傷を入れるな。
 ⑤4月は手続きと授業開始とで忙しいしサークル迷うし新歓の先輩は優しくて財布要らずの飯は美味いし酒は愉しいし親教員のウザい介入がない完全な自由にウェェェェェェイってなるけど「合格体験記」で調子乗んな。
 生徒「じゃあ、これはやるべきってことは?」
 担任「バイトかボランティアかと、後は読書。あ、体質上問題がなかったらお酒は飲めるようになってね」

 18時。ホテルの広間でフォーマルパーティーは、高3担任団を慰労しつつ、大学入試の成果を祝う会。落ちた人がいる以上完全無欠で喜ぶ訳にはいきません。後期もありますし気を抜くこともできません。けれども、今日の夜だけは仕事を忘れて飲む。感想は一つ。
 体育「ビールってこんなに」
 国語「美味しかったんですねぇ」