小さいおうち

 来週月曜日の高校生登校初日(夏休み後期課外授業開始日にして、高3は第2回校内模試一日目)を前にこの土日は最後の休養の日。ですが年度当初から京都大学志望者は本日の冠模試が決定しており登校、私が終日監督をする予定だったのですが……先頃完成した新居となるマンション(秋以降入居予定)の内覧会が15時から入ったため、急遽監督を何と学年主任先生に代わって頂くことに。「素晴らしい理由じゃないですか!」と仰っては頂いたんですけれども、あの、新築マンションの部屋に、生活力の無い独居中年が、この先配偶者的な家族が増える予定もないのに……いや、そりゃ、定年若しくは再発治療再開の理由で小倉での仕事を終えた母君がいずれ滞在する可能性はあるとは言え……複雑。

 で、午前中は卒業生とのアポイントがあったので出勤。浪人生の添削を行ったり、授業準備をしたり。先ず、63回生Sくんがアポ無し(アポはあったのですが私の耳に入っていなかった状態)で職員室にいらっしゃったので、その場で京大国語(森有正激難問)の添削、返却。その後にはアポイントのあった我らがA組早稲田大学Oくん。
 でっかい紙袋に担任団へのお土産がぎっしり、とりあえずそれを職員室に置いたら、出勤教員は殆どおらず私以外に話し相手も居ないということで、場所を移動して昼食がてらのお話をすることに。普通ならば絶対に「梅の花」にする所ですが、今日は夜に同店を予約しているので、そこから少し離れたパスタのお店に。

 開店と同時に飛び込んだイタリアン「B」にて、マルゲリータとミートソーススパゲッティとをシェアして、コーヒーとデザートとを食しつつ、何と2時間も喋りっぱなし。
 30分以上二人で話すのは、多分4年前の個人面談の時以来。
 私「あれが4年前で、そして今から4年後はOさん、社会人」
 O「……そっか……凄いですねぇ」
 私「凄いでしょう? ぼやぼやしてたら、大学生活あっと言う間に終わっちゃう。取り逃さないように追いかけて、充実させないと。追いかけると言えば。4年前の面談で話した内容、覚えてます? えっと、欲しい車があって……」
 O「アウディ!」
 私「そうそう。えっと、値段は?」
 O「1800万円です(苦笑)」
 私「確か僕、通知表のコメントに『1800万のアウディは逃げ足が速いから、捕まえるには英数勉強していい大学に』的なこと書いた記憶が」
 O「でしたかねぇ。今はもう、車はそんなに興味がないんですが」
 私「ないのか。でも、実はしれっと、アウディにいちばん近い学歴踏んでんじゃないのか、っていう気もしますけどね。あの時、Oさん、企業弁護士になりたいとも言ったんだよね」
 O「うわぁ、全然覚えてないです。でも、今、授業受けてても、法経社会の実学は全然面白くなくて、哲学とか宗教学とかだけが面白いんですよね」
 私「あぁ、正しい文系だ」
 O「ですか?」
 私「うん、でもって正しくない社会人(笑)。流石、アウディと同じ面談で『今いちばんやりたいことは?』って聞かれて『絵本のスイミーが読みたい』と答えた人だけある」
 O「それは、覚えてます(苦笑)」
 私「そうそう。1800万って即物的っていうか俗物的っていうかとにかく金の話をしたのがクラスできみ一人だったからいっそ清々しいって感心してたら、同じ口で『スイミー』って言われて人格の多様性につくづく唸らされた、というね。そっか、実学、つまんないんだ」
 O「もう全然興味がわかなくて。面白いのは仏教なんですよ、例えば……(前のめり)」

 Oくんからは、入ってるサークルのお話、高田馬場のラーメン事情、お酒とのつきあい方のお話、就活の話、F高同窓生との関係のお話。池ノ都からは、過去の卒業生の話、お酒にまつわる話、個人的な経験談等々(の、笑い話)。
 面白かったのは、「会う」の定義の彼我の差。会話、以下。
 私「63回生の東京組とかとは、会ってる?」
 O「いや、全然です。何かもう、お互い高校時代とは違った人間になってて、というか」
 私「新しい大学やサークルでの関係を大切に?」
 O「えっと、Iくんとは会ったかな」
 私「ああ、映像系と演劇系って親和があるのかな」
 O「そうなのかな……あ、F高っていうか、A組会みたいなのはありました。Uくんとか、結構はっちゃけてた、みたいな」
 私「ん?」
 O「はい?」
 私「そういうのは切っちゃってる、じゃなくて、ちゃんと参加してるの?」
 O「はい、一応……」
 私「会ってんじゃんかよ(笑) そういうのを切って、人間関係断捨離みたいにしてるわけじゃない、と」
 O「ええ」
 「F高会」とか「A組会」とかに参加してるのは、ガンガンに「会って」んだろ、と思うんですけれども、どうなんでしょう。LINEだFacebookTwitterだ(他にもあるかも知りませんが知らないんです)とオンラインで常にグループ同士の交流がある人の(Oくんがそうなのかは確認してませんが)頭の中だと、「F高会」とか「A組会」とかいう抽象的な集まりはオンライン覗いてるのと同質程度のもので、一対一で遊ぶくらいにならないと「会う」とは言わないくらい「会う」のレベルが高いんでしょうか。それだったら、池ノ都の大学時代なんて、サークルが同じだったでっくんを例外として「会う」経験なんてほぼゼロだったってことになります。大学2年まで、携帯電話持って無かったですしね。

 本屋やらデパ地下やらを少しぶらついた後Oくんとはお別れし、一旦自宅に戻った後、徒歩5分の所にあるマンションへ、大量の契約資料を抱えて。道すがら、マンションから徒歩1分の所に住んでおられる飲み友、Hさんにお電話。
 私「もしもし~?」
 H「はいはいいけのっちゃん、どうしたの?」
 私「今から、マンションの内覧会に出向くのです。後5分で着いて、15時からなんですけれども」
 H「ふんふん。それで?」
 私「いや、それだけなんですけれども……」
 H「……あら、そう? じゃあ、電話切っていいのかしら?」
 私「いや、あの、Hさんはご自宅も近いことですし、お出でになるならいらしていただいても、と」
 H「ふんふん」
 私「あの、お願いできますでしょうか?」
 H「始めからそういいなさい! 本当に為ようのない子なんだから!」

 最初に着いたのが私、遅れて数分後にHさん、そして最後に到着なさったのはF校事務で私と仲良しのT嬢。
 業者の方々、契約者である私に「いらっしゃいませお待ちしておりましたどうぞこちらへ……」と声をかけ、その後ろに控える女性二人が契約者とどういう関係なのか分からず、一瞬絶句する。結局、お二人と私との関係を測りかねる売り手側の人達は、Hさんを「お母様」、事務嬢を「奥様」と呼ぶ形で切り込んできましたが、私と事務嬢さんとの会話を見て「これは夫婦ではない」という目配せ合図の後、「奥様」を「お姉様」と呼び直す作戦に変えてきました。まさか生活力の無い客とその飲み友達(Hさんは単なるご近所さん、事務嬢は単なる同僚)、とは言い出せず。

 事務嬢「内覧会ではちゃんと床の傷や排水溝の汚れやをチェックして下さい! ビー玉を持ってきましたけど、床の傾きは調べるべきですよ!」
 Hさん「そうよ、床の傷は今日チェックしておかないと、引っ越しの時についた傷かどうか分からなくなって請求が出来なくなるんだから」

 事務嬢「ここが寝室になるんですね、じゃあ、ベッドはこの位置にこの向きに……」
 Hさん「あら、でも、クローゼットがこの位置だから、ベッドは90度傾けた方が良いんじゃないかしら」
 事務嬢「そうですね。酔っ払って帰ってきて、寝室に入って、ここで上下の服を脱ぎ捨てて……」
 Hさん「そのままベッドにバターン! ね? ベッドはやっぱりここ!」
 池ノ都「あの、動線まで決めて頂いて大変恐縮なんですけれども、やっぱりベッドじゃないと駄目なんでしょうか?」
 Hさん「何? 布団にするの?」
 事務嬢「何言ってるんですか! 上げ下ろしが面倒になったらどうするんですか! 敷きっぱなしになるんですよ?」
 Hさん「そうよ、ベッドに決まってるでしょう」
 池ノ都「あはいすいませんさしでがましいことをもうしましたごめんなさい」

 売り子「もしもカーテンの生地を今選んでおかれましたら、ご入居までに全てのお部屋にカーテンを掛けておくことが出来ますが」
 Hさん「そうねぇ、引っ越した後で自分でサイズを測ってニトリで柄を選んで……あぁ、いけのっちゃんにそんなこと出来るはずが無い! 今決めましょ」
 事務嬢「あ~、この柄、私前新居に引っ越すときのカーテン選びで、これも最終候補に残したんですよ、Hさん、凄くいいと思いません?」
 Hさん「あらお洒落、いいじゃな~い。あら、この横のやつもシックで良い感じ」
 池ノ都「あの、私にはお聞きにならない、と」
 事務嬢「(ガン無視して)遮光の問題もありますし、両並びの和室と洋室とで柄を変えたら変ですから、両方に合う柄を考えないと」
 Hさん「そうねぇ、後はお値段よ。ちょっと売り子さ~ん、この柄とこの柄とで、あのお部屋のカーテンを作ったら幾らになるか計算してもらってい~い?」
 池ノ都「……あの、私、ちょっとこの後の飲み会の予約確認をしてきますね(その場を離れる)」
 飲み会個室の時間を15分遅らせて(内覧会が思ったより時間がかかったので)戻ってきたら、カーテンの柄、決まってました。
 Hさん「この柄、お洒落よねぇ?」
 池ノ都「あぁ、はい、とっても」
 売り子「ではこちらで宜しいですね? 畏まりました。長々と失礼致しましたが、これで本日の手続きは全て完了で御座います……」

 本当に「お母様」と「お姉様」とに全部誘導して頂いて、設計段階で書斎にしようと思っていた部屋のクローゼットを特注の本棚に設計変更して貰った以外は私が決めたことは何も無いんじゃないかという受け身内覧会だったんですけれども、これはお二人をお呼びした段階で分かりきっていたこと、病身で内覧会にお出で頂けない母君の代わりをお願いしたのですから、開き直りでは無く心の底から「望むところ」。ここでは多少以上に遊びを入れた書き方をしてますけれども、実際には感謝深甚なのです。

 で、夜は御礼おもてなし、「梅の花」個室で事務嬢さんとさし飲みです(Hさんへの御礼は後日)。
 人妻と個室でしっぽりというのは倫理的にどうよ、と特に明治大正生まれの読者の方は思われるかも知れませんが、この構図も平成の語彙では「女子会」と呼ばれ全く問題なし。途中、出張先の旦那様から事務嬢さんへ(日課の安否確認)電話連絡があり、旦那様にも事務嬢さんの「女子友」として御礼。
 二軒目のライブバー「A」でも飲みに飲んで歌いに歌って、日付が変わるか変わらないかの時間に帰宅。一人でタクシーに乗る前、何故かふら~っとラーメン屋に入ってしまうなどという珍しい行動も(こういうことをやってるから、毎年夏休みは激太りするのです)。

 しかも、明日は一瞬たりとも油断の出来ぬ大緊張の飲み会が入ってるし。