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 7時半の電車でK駅から教育大前駅福岡教育大学)へ。教員免許状更新講習は、もし単位取得ならば今日が最後です。「日本語文法の歴史から日本語を考える」というタイトルの本日の集中講義は、これまで受講したどの講義よりも本格的な国語学でした。テンス・アスペクトの定義とか、助動詞「た」の多義性とか、学部時代(3年生)を思い出します。試験は、講義の感想半分、「ら抜き言葉」をテーマとした論述問題半分で、これもこれまでのどの講義よりも本格的……とは言っても、例えば数学の先生にお聞きしたら講習の試験はひたすら数学の問題を解くものだったりするそうで、結局感想文の要素が殆どになる国語の講義や試験はヌルゲーなのが他より多いのかも知れません。
 行き帰りの電車の中では、ウエケンの新刊(漫画作品に非ず)を読んだり、アッコちゃんの懐かしい(35年前の)傑作アルバムを聴いたり。昼食は、体育科の(福教大出身の)先生が「福教大生の聖地」と仰有った駅前の「カツ亭」にて、200グラムのハンバーグ定食。夏休みは、8月だけで延べ40軒くらいの飲み屋回ってるし、働かないし、普段は食べない昼食も毎日に近い頻度でとってるし、久々にベルトの上に贅肉が乗ってる感覚、何㎏太ってるかちょっと楽しみなくらい。

 そう言えば、今日の講義で「ヤバい」の多義性について教官がお話しされ、「遠い将来、こういった言葉の識別が古文の授業で行われることもあるかも知れませんね、と仰有いまして。それなら私、3年前に実際にやったことありますわ。授業担当クラスで、15分ほどのコント、タイトルは「西暦2500年の古文の授業」。以前の日記(ココログ時代ですね)に掲載した授業の内容を、抜粋して再掲。

【抜粋開始】
 本日は、古語「ヤバい」の識別を考えてみましょう。日記文学を例にとります。
 まず、俗に「1ミレ」と呼ばれる西暦1000年頃、平安時代と呼ばれる時代に始まった日記文学、これは紀貫之土佐日記」が祖とされますがご存知の通り彼は日本初のネカマ、あくまで日記文学は女性が支えるもので、当時「女房」と呼ばれた宮中の選りすぐりの女性教養人たちが書き連ねた文学でした。
 そして今回学習する「ヤバい」が盛んに使われた通称「2ミレ」、即ち西暦2000年頃、平成時代と呼ばれる時代には日記の書き手は大きく変貌しており、必ずしも教養人ではなくてもよいとされた「JK」、もしくはそれが変態を遂げた「OL」と呼ばれる女性たちが支えたものでしたね。ですので、今回の本文は「JK」の書いた日記を例にとります。当時のインターネットに書かれた文章は匿名性が高く、今回の文章も作者が同定されているものではありません、所謂「詠み人知らず」の文章ですね。それではそこから一文を引用します。

 昨日超ヤバい(①)人と食事して、店も超ヤバかった(②)んだけど、途中で金がヤバい(③)って気付いて、そのカレとも超ヤバい(④)感じになって、マジでヤバかった(⑤)。

 以上、①~⑤の「ヤバい」を識別するのが今日の演習です。原文は、絵文字等のデコレーションをそぎ落としてはいますが基本的には改変を施しておりませんので、古語辞典に載っている多義性を踏まえて素直に考えれば分かると思います。さて、予習はちゃんとやってきていますでしょうか。それでは、担当の★★くんに予め板書してもらった答えを確認しましょう。

 ①ヤクザっぽい、②美味しかった、③足りない、④冷え切った、⑤大変だった

 そうですね、採点を始める前に、まずは基本事項の確認から行きましょう。「ヤバい」は基本的には「凄い」、良い意味でも悪い意味でも「凄い」という意味を表しますね。1ミレ平安時代の語彙で言えば、「ゆゆし」や「いみじ」がそれにあたるでしょうか。ですが、だからと言って①~⑤の全てを「凄い」で訳すのは言い換えであって現代語訳ではありません。そこで、それぞれの「ヤバい」が何の「ヤバい」なのかを踏まえてニュアンスまで活かした現代語訳にしなければならないのです。
 さて、★★くんは①をヤクザっぽい、即ち「任侠のヤバい」と解釈してくれました。しかし、これはどうでしょうか? 語尾が広島弁や博多弁、特に筑後弁だった場合は真っ先にそれを疑うというのは受験の定石ではありますが、ここではちょっと違うのではないかと考えられます。本文後半で、同じ男性のことを「カレ」と言い換えてますね。「任侠のヤバい」で表現されるような人物が、同じ文の中で「カレ」と表記されることはあまり考えられません。JKが「カレ・彼」という語を使う場合、中立的な「あの男性」を指すことよりも、「男女の仲に至った、又はそれを願っている状態の男性」という可能性が高いという受験テクを使って、①の「ヤバい人」は同年代男性、まぁDKという言葉はメジャーではありませんがそのあたり、即ち皆さんと同世代の男性だと考え、それを形容する時に9割方はその意味になる「美醜のヤバい(視覚のヤバい)」を考えた方がいいでしょうね。

 生徒A「ヤクザっぽい人と男女の関係にあるという可能性はありませんか?」

 その質問は、いわゆる「援交」のことを言っているのでしょうか? たしかに、1ミレには「密通」、2ミレには「援交」という文化がありました。しかし、ここではその可能性は少ない。もし親父相手の「援交」なら、「カレ」ではなく「アイツ」とか「エロハゲ」とかその程度の呼び方に変わるでしょうから。そして何より、「任侠のヤバい」は「援交」に参加する側ではなくてプロデュースする側ですね。
 さて、①が「美醜のヤバい」であるとした時、ここで問題になるのが、果たしてこれはプラスの「ヤバい」なのかマイナスの「ヤバい」なのかということになります。ここで絶対に注目しなくてはならないのはここ、②の後ろに使われている「だけど」という逆接です。受験古文で接続助詞を見逃したら致命的になることはご存じの通りですね。勿論、この逆接でプラスとマイナスが入れ替わるわけですから、①②がプラスなら③④⑤はマイナスの「ヤバい」、その逆もまた然りです。

 生徒B「見分け方はなんですか?」

 文脈雰囲気で見分けましょう、が基本なのですが、テクを使うなら③です。「金がヤバい」、所謂「金額のヤバい」は必ずマイナスニュアンスで使われるということを知っていれば、③④⑤はマイナス、逆に①②がプラスだということが分かります。ここからは一息。
 ①は「美醜のヤバい」のプラスですから「カッコいい」ですね。そして②は食事の文脈ですから「味覚のヤバい」と判断してそのプラスは「美味しい」。さっき言った通り、③「金額のヤバい」はマイナスだから「足りない」。悩ましいのは④で、ここは「カレと」の「と」に着目して「関係のヤバい」だということ、そのマイナスであるということは分かるんですが、板書のように辞書的な意味の「冷え切った」と書いていいのかどうかが微妙なところ。文脈からは、どうもまだ付き合うという段階には至っていないようにも読め、その場合は若干の意訳を施して「ギクシャクした」等にすべきですよね。あ、⑤は原義の「ヤバい」のマイナスで「酷かった、大変だった」と訳してもらえればいいです。
 とりあえず、一応の流れは確認しましたが、質問はありますか?
【抜粋終了】