神戸 無理に足を運び 眼についた名もない

 大学受験界隈のお仕事でおぜぜを頂いておきながら、私、神大は「しんだい」なら神戸大学、「じんだい」なら神奈川大学、という読み分けについて知りませんでした。「しんだい」のMくんがサラッと話したのに異様に食いついて「何それ知らない、嘘っ、めっちゃ面白いんだけど!」
 さて、その「しんだい」Mくんに神戸観光なら? と聞いたら即答で「六甲山で羊を触る!」と。それは本来去年やるべきことやないか今年は申やぞ、ということでそのために神戸に行くか朝からホテルのお風呂場でお悩み。無難に京都で「奥丹」&寺社参り(生徒受験・母君健康)って手もあるわけですよ。

 ですが、Mくん曰く「梅田から神戸は、F校生が天神からK市に電車通学するのと同じ感覚」だそうですし、折角なら未体験ゾーンに行ってみよう、と神戸行き確定。但し、朝の観光はまず「しんだい」見学からです。国立大学のキャンパスを観たら、その大学を抱えた街の風土の一端を知ることができるでしょうね。
 尼崎・西宮・芦屋……なんてメジャーな名前の駅名を車内放送で聞きながら車窓を眺め、快速なら本当に30分もかからない鉄路の旅。途中、仕事・世間話で63回生A組2人とメール。

 六甲道(ろっこうみち)駅で下車、そこから市バスで神戸大学へ向かいます。Mくんが言った通り本当に山の上にある大学のようで、バスは果てなく坂道をのぼり続けています。でもって、車内放送も電光掲示板の字も確かに「しんだいのうがくぶまえ」です。「しんだい」です。
 「しんだいせいもんまえ」駅で降りて先ずは正門をパチリ(数学・体育の結婚披露宴以来、写メを覚えたアラフォー)。正門入って直ぐの大階段を上り、上りきった所から振り返ってパチリ。神戸市街を山の上から見下ろす景色は想像以上に素敵です。六甲台本館(登録有形文化財)をパチリ、その前庭にある阪神淡路大震災の慰霊碑をパチリ。図書館(登録有形文化財)をパチリ。10時頃に入ったらキャンパスほぼ無人で「まだ冬休み?」と思ったら、20分にチャイムが鳴った途端建物から大学生がぞろぞろ出て来ました。神戸大学が東大と違う大きな特徴は、構内の至る所が駐車スペースになっているところ。山の上ならではですね。学生はバイク通学が多いようで、駐輪場にずら~っとバイクが。
 メインの六甲キャンパスを出て5分ほど歩き、Mくんも所属の国際文化学部がある鶴甲(つるかぶと)キャンパスへ。入口にいきなり馬場があって「おお!」と驚いてパチリ。書籍部を除いて、神戸大学教員・OBの本の棚をパチリ。圧倒的に有名なのは勿論山中教授ですね。神戸観光ガイドがコーナーにどっさり置かれていたんですけれども、これって需要があるんでしょうか? 書籍部は、新書・文庫で頑張っていましたが小規模な店舗でした。イベントスペースに色とりどりの女性用袴が展示されていて、その予約会は成人式? と一瞬思いましたが流石に時期が近すぎて違う。正解は卒業式でした。ホテルでの着付け込みでレンタルが数万円だそうです。もう卒業シーズンなんですね。そらセンター・二次だって近いはずです。

 緑多く空気の清浄なキャンパスを90分ほどお散歩した後は、バスと電車とを乗り継いで三宮へ。昼食は三宮「ショナ・ルパ」だと決めていたのです。ベンガル料理の有名店、名だたる芸能人が「日本一」と言って憚らないという噂のお店で3800円(!)のスペシャルランチを注文。
 トマトスープ、野菜コロッケ、タンドリーチキン、グリーンサラダ、チキンカリー、ナン、苺アイス。ドリンクは生ビールを選択。
 トマトスープはスパイシーながらクリーミーな舌触り。コロッケ・タンドリーチキンは普通(インド料理のチキンって、パサついてません?)。カリーは流石に美味しかった、特にナンはこれまで食べたどこの物よりも。
 でもね、やっぱり「Sally」には届かないんです。K市の今は無き名店「Sally」のラサムスープ、インドカリー、タンドリーチキン、がもう食べられなくなったことはとても悲しい。

 さて、神戸大学で59回生Hさんから受け取ったメールで紹介された「灘日本酒試飲巡り」と、我らがA組Mくんオススメの「六甲山牧場羊お触り」と。を比較し、ケーブルカー・ロープウェイ乗り継ぎルートの魅力もあり後者を選んだ私が次に向かったのは灘駅。ここから坂バス(←まんまの名前ですね)に乗って「摩耶ケーブル下」駅まで15分ほど。本当に観光地に向かっているのか私は、と疑いたくなるほどの下町商店街・住宅密集地、のオール坂道を縫うように走る小型バスには、近所のお爺ちゃんお婆ちゃんがぽつぽつとしか乗って来ずどう考えても観光客は私一人、ぽつん。

 「摩耶ケーブル駅」からケーブルカー5分で「虹の駅」、そこからロープウェイ5分で「星の駅」。そこまで行ったら摩耶山の山頂で、後はバスで10分揺られたら羊お触りし放題の六甲山牧場よ、とホームページは教えてくれているのですが、ラストの「バスで10分揺られたら」が曲者らしい、というのは「摩耶ケーブル駅」の改札でケーブルカー&ロープウェイの往復切符を買うときのオッチャンの台詞「バスは1時間に1本もないオフシーズンやから、17時までに帰ってこられるよう気ぃつけて動いてな」というのでよく分かりました。現在13時20分。
 まなんとかなる、と先ずは乗客一人のケーブルカー。左右はジャングル(オーバー)で観るものがないので、進行方向に背を向けて今し方自分が通り過ぎた坂道・線路をひたすら見つめる5分。必然的に、運転席(進行方向最前列)の運転手の若者(本当に大学生みたいな若者)には背を向けることになりますが、5分を持たせるための車内放送で絶対今アンチョコ取り出したやろ、と振り返らなくても分かる沈黙が何回かあったのが面白かった。頑張れ。

 乗り継いだロープウェイも当然のように一人。こちらの車内放送はテープ音声で流暢。空中散歩の山並み美しい、遠く見える市街地も見事(夜景ではありませんが)。でも、高い、怖い、そして何よりも寒い。
 ロープウェイを降りたら摩耶山山頂、ここから牧場はバスで10分、ですが次のバスが来るまで45分。こんな何も無い所で40分も待てるか寒いわっ、と牧場まで3.4㎞の山道を独歩することを即決しその一歩目を踏み出したのが13時45分。

 舗装されているとは言え山頂ロードは上がったり下がったりの勾配が激しく且つうねうねとカーブだらけで歩きにくいったらありゃしない。新年に買ったばかりの靴もまだ足にフィットしてない状態で、どうか靴擦れ等起こりませんように、ととぼとぼ独歩独歩。

 で、散歩をすると思わぬ収穫がある、とはよく言ったものでバスなら確実に通り過ぎたチェックポイントは「摩耶山天上寺」。孝徳天皇の勅願で開創され、弘法大師が摩耶婦人像を奉安したことから「仏母摩耶山忉利天上寺」となったお寺、というのはパンフレットの写し書きですが、兎に角女性のために御利益があるのね(入口にでっかく「女人高野」って書いてるし)、ということでふら~っと境内へ。摩耶夫人は女性のあらゆる難病・苦しみをお救い下さるという御利益通り、「女性の癌・難病を祓う手ぬぐい」というものが販売されていておぉ私はこれを手に入れるために神戸に来たのか、とまでは思いませんでしたが導かれたのは間違いないよね、と500円のご奉仕。本堂では、訪れた(少数の)参拝者のためにお坊さんが寺の縁起をお話しになっており、横から少し話を聞かせて頂く(祀られている恵比寿さんのお力など)。5年前、まだ中学41回生だった頃の生徒と京都・奈良の修学旅行に行った時のことを思い出しますね。

 大きなバッグは持たず肩掛けバッグのみの人生を昨秋から始めておりますので、売られていた状態から半分に折り曲げないと手ぬぐいはバッグに入らず、それも縁起が悪そうなので手ぬぐいは左手に握りしめたまま、再び残り3㎞弱の道を歩き始める私。14時とは言え曇天の山頂、寒い上にオフシーズンだからかすれ違う車が全く無い、という圧倒的孤独の中歩き続けている内に、思考は内省的に、自己の内奥へ内奥へと沈んでいき、だいたい薄っぺらい人間だということを思い知らされることになります。
 英国紳士然、183cmのくるぶしの位置まですっぽりの黒のロングコートを着てるんですけれども(我ながらお寺の境内では浮きまくってました)、確かにこれは生徒の言うようにハリー・ポッター。だったらこんな山道は歩くんじゃなくて箒みたいなのに跨がって飛んでいけるんじゃねーのか、とか。
 全くの無人でいったいここがどこかも分かんない山道を歩いて歩いて向かってる先が「山の牧場」って死亡フラグがびんびんなんじゃないのか……意味が分からない人は、角川文庫から出てる木原浩勝・中山市朗『新耳袋 現代百物語〈第四夜〉』を読んでね……、とか。

 六甲山牧場の受付のお婆ちゃん、もう本当に優しそう気弱そうな方でして、車でもないバスも来てない状態でいきなり183cmのハリー・ポッターが歩いて門を潜って来たのを観て「ひいぃっ!」とは言いませんでしたけれども明らかに怖がってる不審がってる、という顔で怖ず怖ずと私の方へ近づいて来られる。舐められ侮られ馬鹿にされる経験なら豊富ですが怖がられる経験に欠ける私はそれだけでどうしていいか分からず挙動不審になり。
 受付「あの……ここは……六甲山牧場なんですけれども……お客様、でいらっしゃい……あの、中に入られるんでしょうか?」
 ハリ「あ、えっと、はい。あの、羊……いるんですよね?」
 受付「あ、あ、はい。おります。えっと、今日はどうやって? お車……ではない」
 ハリ「あ、えっと、ロープウェイから歩いて……」
 受付「えっ、歩いて? じゃあ50分……あ、あの、それじゃあ、入場ということで……」
 ハリ「あ、はい、で、で、入場はするんですけど、帰りはバスに乗りたいので、バスの時間と場所とを……」
 受付「あ、バ、バスですね、はい、えっと、こちらの紙にですね、時刻表が……この、オフシーズンなので本数が少なくて……申し訳ありません」
 ハリ「あ、いえ、僕が勝手に来ただけなんで。で、乗り口は……」
 受付「あ、はい、あちらの丘の上に登って頂いた向こうが北園になっておりまして、あ、こちらが南園なんですが……その北園の出口を出て頂いたら、直ぐです」
 ハリ「あ、ありがとうございました! それでは……」
 受付「あ、あの、お、お客様、入場料……」

 日本人のカップル1組、日本人大学生仲良しグループ1組、中国人の家族1組、同じく中国人の女性グループ1組、そして私。これでこの日この時間の客の全てだと思います。
 レストランや売店やには用事が無いので、真っ直ぐ歩いてまずは南園の羊コーナーへ。オフシーズンだから当然放牧などはされておらず、羊小屋近くに集められた何十匹ものsheep(複数形)がぎゅうぎゅうの押し寿司状態。至る所にある糞(鹿の糞みたく丸くて可愛い)を踏まないように気をつけながら、意外と体中薄汚れてるのね驚きの白とかじゃないのね、というメーメーさんをそれでもお触りし放題。逃げないし噛まないし、お、これ、意外と可愛いぞ。もふもふ。写メもパシャパシャ。「飼育係のお姉さんが、もふもふ相手に敬語で話しかけながらお触りして喜んでいる183cmのハリー・ポッターを薄気味悪そうに眺めている様子が目に浮かぶようじゃないですかこりゃ」ともふもふに話しかけながら。

 ウサギも見た、写メった。馬も見た、写メった。山羊も見た、写メった、触った。犬も見た。牛も見た、写メった。
 乳牛が集まっていた牧舎で集合写真じゃ、と写メろうと思った瞬間、目が合った(と私は思う)一頭がニヤリと笑った(と私が思った)瞬間にこっちにお尻を向けて盛大に「いばり・しと」を迸らせ始めたのに腹を立てる。「なんだその態度はお前はF校の生徒か!」

 牧場を出た後、今度は山頂シャトルバスでロープウェイ乗り場まで(歩けば45分の道を10分足らずで)。山頂ツイ廃状態で充電切れかかり過ぎのスマホを救ってくれる「無料充電コーナー」が乗り場にあったのは助かりました(ロープウェイを待ってる間、10%分ほど充電できました)。
 ロープウェイに乗って、さらにケーブルカーで今度は坂を下るんですがその車内放送(運転手お兄ちゃん、また途中でアンチョコ取り出しました)で「最も急な勾配は29度、これはスキーのジャンプ台と同じで……」という豆知識。ロープウェイからスキー、なんて聞いたら2年前、今度は高校63回生だった生徒と北海道スキー研修に行ったことを思い出しますね。仕事を忘れて命の洗濯の筈が考えるのは仕事のことばかりでダメですね。

 摩耶ロープウェイ駅から市バスに乗って三宮、JRで大阪。一旦ホテルに戻り、荷物を置いて携帯を本格的に充電。この時点で時刻は17時45分。帰り着いた時点で携帯の充電は4%にまで減っていました。山頂充電がなかったら途中で切れてましたね。
 ホテルから徒歩15分でも良かったけれども、念のためと思い地下鉄四つ橋線で1駅(西梅田肥後橋)、と思ったのが失敗だったのか梅田駅構内は迷宮。どこをどうやって通っているのかは全く分からないまま、とにかく看板の矢印に従って歩くんですがどれだけ歩いても四つ橋線の改札が見えない、騙されてるんじゃないのかといい加減キレそうになるあたりで改札にぶつかり、そこからは流石に1駅、5分後には肥後橋の駅を出て大阪フェスティバルホールにイン。開演18時30分の10分前には座席につくことができました。

 中島みゆきコンサート2015~2016「一会」@大阪フェスティバルホール
 ①もう桟橋に灯りは点らない ②やまねこ ③ピアニシモ ④六花 ⑤樹高千丈 落葉帰根 ⑥旅人のうた ⑦あなた恋していないでしょ ⑧ライカM4 ⑨MEGAMI ⑩ベッドルーム ⑪空がある限り ⑫友情 ⑬阿檀の木の下で ⑭命の別名 ⑮Why & No ⑯流星 ⑰麦の唄 ⑱浅い眠り ⑲夜行 ⑳ジョークにしないか
 素晴らしい歌唱だったし、セットリストにも好きな曲が多かったし(②⑤⑩⑬⑭⑮⑲)、大阪まで来た甲斐のあったコンサート。全国ツアーではなく、東京と大阪とのみで行われた特別公演なのです。

 でも、舞台としての満足よりもとにかく驚いたのが、大阪東京だけでライブをやる理由が途中で見えてきた時。大阪東京とピストンするたび会場が変わる公演日程は開催が直前決定した突貫工事故だと思うんですけれども、そんな突貫ライブを急にさし込んできた理由が、後半以降の曲の流れでうっすらと感じられてきました(間違っているかも知れませんが)。
 みゆきさん、今やるしかないとお怒りなのかなぁ。これ、明確な政治活動ですよねぇ。⑫の「救われない魂は 傷つけ返そうとしている自分だ」という部分から明確に歌唱を変えた(がなり始めた)みゆきさん、次の島唄⑬は「時間が経っても全然変わらない」ことをMCで嘆きつつ飛行機の爆音をバックに入れて叫ぶ、⑭の社会派を挟んだ⑮で「Why & No」とがなり立てている相手をどう想定するのかは勿論観客次第という抽象的な歌詞ではありますが……。そして、本編クライマックスの⑯では西日本・東日本の各地から集まった(東京大阪でしか開催しないのだからそうなります)観客を前にご当地地名羅列ソングを歌う。何より驚いたのがアンコールラストの選曲が⑳だったこと。「ディストピアの希望を歌う」と近田春夫が表したみゆきさんですが、もしも「ジョークにしないか」が現「ディストピア」の唯一の「希望」だというのならばそれは末期過ぎるし悲し過ぎます。
 休憩を挟んだ後半冒頭(これだってかなりな政治的意図が見える歌詞の歌である⑩の前)、客席からのお便りコーナーで読まれた「実力テストをサボって来た中3女子」、みゆきさんは「中3には教育に悪いコンサート」と仰いましたが(今考えればこれも深い言葉です)、はいい教育を受けたって言っていいんじゃないでしょうかね。

 ホールから梅田ヨドバシカメラまではタクシー初乗り料金でした。ホテルの近くの居酒屋カウンターで、コンサートの熱気を冷ましつつ独酌読書。大阪ではしめ鯖のことを「きずし」と言うのだということを初めて知りました。