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殺人者死、傷人及盗抵罪。

 博多駅前の陥没事故、凄いですね。「太郎源」の辺り、お店は大丈夫でしょうか。というか、明日出発の修学旅行の「集合場所が失くなった!」とか言ってる中3の先生方、初めて聞きましたよそんな発言。

 本日高1ラブアースクリーン運動(5~7限)……は、雨天で中止確定。高1生徒は、5限授業の後、いつもより1時間早い15時に下校です。

 その、下校後の高1A教室にて、自分史を書くなら絶対に大きく取り上げる体験をしました。

 F高の規定では、生徒は朝のSHR~帰りのSHRまで携帯の電源をoff、それ以外の時間も構内では使用禁止という規定です(登下校中に家庭との連絡に使う、など用途限定)。違反発覚の場合、携帯は没収されます。その返却方法は学年裁量(のよう)ですが、私の所属する67回生高1は一定期間預かった後、着払いで家庭に送り届けることになっています(預かるのは初犯なら1週間、2回目以降は期間が延長)。
 B~E組の160人に、これを違反する生徒は皆無です。中学時にしっかりと指導されているのでしょうね。ところが、私が担任を務めるところのA組(外進組)には、この決まりを一切無視して過ごしている生徒がとても多い。遵法意識の低さは(自分のクラスだから他所事のように言ってはあれですが)驚くくらいです。その意味でも、今年の高1のA組とB~E組は逆転してますね。

 後から合流した「新参者」が、合流する前から存在したその場のルール(成員のお約束)に従わない理由は、彼らが「その場」に所属している意識を持っていないからです。「その場」に対する特段の愛着がないので、「お約束」を共有する義理を感じない。教員の前で携帯(パズドラが多いかな)を弄ってるA組生徒の放つメッセージは一つです。
 「俺(私)はここに居たくて居るわけじゃないし特段ここのことは大した場所だと思ってないので申し訳ないけれどもここのお約束に従うつもりはありません、俺(私)のことはここに居るけど居ないものだと思って下さいね」
 池ノ都はF校が好きで、それだからここに国語教員として帰ってきた人間ですので、割かし情も移ってる自分のクラスの生徒から「ここには愛着がない」とはっきり態度で示されると、少し傷つきます。担任が少し傷ついて絶句して、生徒は絶句した大人を見たら「勝った」と思いますから、なんだお約束なんて言ってるけど違反しても何にもないんじゃないか、という成功体験を積み重ねることになります。いつしか、そうですね、3人に1人くらいは教室内で携帯を使うことに全く違和感を持たなくなったんじゃないかな。こうなったら、もう「手遅れ」ですね。集団で違反すればそれが新しい「お約束」になる。携帯弄くってる生徒、後ろめたさなんでゼロですから。何だったら、「あら、ここでは私たちがルールなんですけど、ご存じないの?」みたいな顔してますよ、ほんとに。要は担任としての私の力量不足で、私は4月からずっと「このクラスの担任は私じゃない方が生徒が(短期的にも長期的にも)幸せになった」と思ってる(これは63回生の生徒に対しても同じな)んですが、今日はその話は後回し。

 勿論、私以外の(内進担当の)担任団がそれを発見した場合は、容赦なく没収します。A組諸氏も阿呆じゃないので、没収する教員の前でわざわざ違反しようなんて思わないんですけれども、違反が「当たり前」の自然状態になっている数人の生徒が、たまに教員の前で使用するという「天然ボケ」をやってしまうんです。
 没収された生徒が反省するかというと、そんなもん反省なんかするはずがない。だって、彼らの「お約束」では違反が違反じゃないんだから、取り上げる方がおかしいんです。せいぜいが、大人が駐禁やスピード違反で捕まった時に「運が悪かった」と思う程度でしょう。大人がそうなら子供だってそうに決まってます。

 予め言っておきますけれど、私、ルール違反の生徒の携帯は「全部没収されるべき」だと思ってますよ。っていうか、そこまで含めてルールが作られてるんですから。私が取り上げる能力を持たないなら、私に教員の能力が無いという、ただそれだけなんです。

 さて、本日の放課後。
 教室内で、数人の女子生徒が私に現代文の質問をしに来ました。宮沢賢治「永訣の朝」は、やっぱり理解が難しいんですよね。で、私とその女子とで色々と問答をしながら、徐々に徐々にその女子が思考を深めていく様子を眺めておりました、ら。

 その真横で懸命に携帯ゲームに勤しんでる男子生徒がいる。

 このシチュエーションは初めてでした。右を見たら現代文の教材詩の解釈に悩む女子、左を見たら阿呆面さげてパズル&ドラゴン。この落差があんまりに見事で、私、現神様(現代文の神様)がバカにされたように感じたんですね。自分がバカにされるのは最早慣れ切ってるし、学校に興味がないと言われてもちょっと傷つくくらいなんですけれども、それとはちょっと次元が違う(だって、信仰だから)。
 そして、絶句じゃなくて、一瞬だけですけど、確かに激昂したんです。

 今、クラスメイトが担任に現代文の質問してますよね? ここ、学びの空間ですよね? でもって昨日、あなたの一番の親友が別の先生に携帯没収されてますよね? 24時間くらいは気を張って生きてもいいんじゃないですかね?

 で、いつもみたいな「電源切ってバッグに仕舞えよ」の言葉だけじゃなくて、携帯を没収したんです。没収。

 いや、そら、生徒、相当抵抗しましたよ。「渡して」「嫌っす」って20回くらい繰り返したと思う。だって、他の教員ならともかく、普段なら絶句してせいぜい声掛けくらいの雑魚キャラが突然生意気にも牙を向いたんだから、それは生徒の側も怒るに決まってます。お前、分際を弁えろよ、ってなもんです。

 しかも、押し問答の間に、渡せと迫る教員の方が既に後悔し始めてるんです。だって、これ、私憤だから。「現神様の仇!」みたいな理由で、「取り上げて困らせる」という目的で没収しようとしてるんですもん。強奪ですよこれ、暴力ですよこれ、盗みですよこれ、って私の中の私が私の耳に。
 咄嗟に浮かんだ妥協で、「初犯は1日で返すから」と嘘をついてしまいました。半日程度なら生徒も押し問答の切り上げ時かと我慢できる、私だって盗んだ(強奪した)物品なんて手元に一秒だって置いておきたくはありません。
 で、その一言で、携帯、割とあっさり没収できちゃいました。

 他の先生が没収したものを間接的に預かるという以外で、私が明確な意思を持ってその場で没収した携帯を手にするというのは、13年働いて初めての体験です(没収を拒否されて逃げられた回数なら数えて両手ですけれどもね)。

 で、その後、身体に異変が起こったんです。
 ちょっと相談が、と話しかけてきた別の男子生徒と進路の話をしながら、だんだん心臓の動悸が激しくなってきたのを感じました。原因は、もう間違いなくジャケットのポケットに入ってる携帯。
 で、生徒が帰って独りになった瞬間、もんの凄い後悔の波が押し寄せてきました。何てことをしてしまったんだろう自分は、って。36年間自分やってるんで分かりますけど、このレベルのが来たら間違いなくしばらく引っ張る。このドキドキがおさまるまでは数日かかるぞ、と。

 いや、取り上げた生徒に対する申し訳なさは、正直言って殆ど無い(私憤に巻き込んで悪かったね、肩ポンポン、くらい)ですよ。違反行為が正当に罰せられただけだから、同情の余地はほぼゼロ。
 なんですけれども、とにかく私の手、右手、左手。嫌がる相手から私憤復讐で大事なものを強奪した手。うわっ、黒っ、てなもんです。もうね、生理的に耐えられない。

 火が出る顔を隠すべく閉じこもったPC室でとりあえず140字×2ツイート。
 【あ~、も~やだ辛い。教室で級友が担任に現代文テストの質問してる横で禁止のパズドラに夢中ってさ、もう携帯没収せざるを得ないじゃん。昨日、心友が別の先生に取られたじゃん。相当抵抗したけど取りましたよ。教員生活初。こんな恥ずかしいことする為に就職したんじゃないっつ~のマジ担任辞めたい。】
 【う~、恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい。A組の諸氏に合わせる顔がない。帰って飲んで寝たいのに17時から会議で帰れない。取りあえず、明日から上京土曜までのSHRは全部副担先生に頼む、生徒面談は中止する、明日のA組試験監督も副担先生に頼む、木曜のクラスマッチは年休取る。来週から頑張る!】

 最初のtweet、本当にバカらしい嘘をついてる。「こんな恥ずかしいこと」だって。まるで、「没収による指導など程度が低いから私は信条として行わないのだ」と言わんばかりの。あのね、そうじゃないの。そういう「ルール」なんだから、違反したなら没収すべきなの。それが出来ないのは「信条」のフリしても駄目なの、アンタが無能なだけなの。
 そうじゃないでしょ? あなた、泥棒さんしちゃったんでしょ?

 教室内には、他にも生徒がいましたからね。少なくない生徒が見てる前で、私、白昼堂々の強奪犯です。うわぁ、駄目だわ。どの面さげて感が止まらないわ。
 某同僚に「普通の仕事しただけじゃん」と言われて、客観的に見たらそうなんだし自意識過剰ハンパないってのも理解してるんですけど、こういうのって「私にとって」どうなのかってのが大事なわけで、私、「殺すな・盗むな」の人間倫理を外れたんだな、って。

 放課後の会議は2時間くらいありましたしプレゼンもしたんですけれども記憶ゼロ。
 夜も、断続的に殆ど1時間くらいしか寝られませんでした。明日は高1授業全クラスがテストだからまだいいけれど、朝のSHR、どうしよう(恥ずかしくないフリ、出来るんだろうか)。

 そこまで自己嫌悪ごっこに浸りこむくらいなら、少し傷つくくらいの見逃し経験を延々繰り返してた方がまだマシだったんじゃないの? という私の中の私の冷笑に、私も全面賛成です。
 お休み、お休め、寝ろ、私。