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元気でと 何度も 何度も

 3時半起床、5時学校入り。高3の特講添削をガシガシ……ですが、事前の予想通りに(以上に?)出来ておらず平均点は30点中9.9点。
 特に酷かったのが「匹夫猶不欲食言、況至尊乎」の現代語訳。例え「匹夫」「食言」「至尊」を知らなくても、「猶・況」で抑揚形だとは気づかないといけないのに、それが出来た人が本当に少なかった。

 私が前回高3漢文を担当したのは2年前の我らが63回生。あの時は上記の抑揚形、流石に半分くらいは気付けました。1月末の二次対策授業でこの教材を扱った時、センター爆死でテンションだだ下がりだった文系A組Bくんが完全答案を書いて、あれで担任の私が「逆転」を確信したこと、今でも覚えてますもんね。
 私「この(一)の抑揚形が完訳できてるだけで、センターの失点は逆転できました。本番も、多分大丈夫だと思うよ」
 B「……」
 E「お~、マジだ。すげぇ。俺、全然分からんかったぁ」
 私「Eは、ここが0点。センター9割2分のアドバンテージは完全に失われました」
 まぁ、両方とも通ると思ってましたけど(でもって通りましたけど)。

 さて、6時過ぎからは、無人の職員室でスマートフォンNHKニュースライブ中継をラジオ代わりに。やっぱり受信料って払っておくもんですね……って、そんな悠長なことを言っている場合ではありませんが。1m超の津波を知らせるアナウンサーの声は緊迫、中継先で鳴り止まぬサイレンの音も緊迫。「東日本大震災を思い出してください!」

 朝のSHRの後、F校親玉大学の大学病院で肺癌の定期検診を受ける母君の介添え。本日は血液検査とCT。10時に検査が終わり、その後1時間ほど待たされて主治医先生とお話。結果は全くの異常なしで次の検診は来年の1月17日。肺癌の手術・脳転移のガンマナイフを終え、3度目の正月を無事に迎えることができることとなりました。今年5月に小脳転移の(2度目の)ガンマナイフがあったとはいえ、ステージⅣの肺癌手術後、無治療(抗癌剤なし)経過観察が2年以上続いているというのは大変に有難い話です。
 病院を出て、近くのパン工場イートインで昼食。母君は来年9月のお誕生日をもって職場(介護)の60歳定年を迎えられます。その後の単年契約の再雇用を雇い主から請われておられるそうで、その返答を今日の検査まで保留なさっていたとのこと。で、今日の「異常なし」を受けて、9月以降の契約要請を受けることを決心なさった、と。そう来なくっちゃ、ですね。

 母君とJRの駅でお別れの後は、タクシーで学校に戻って5限授業(高3文系東大漢文)、6限会議、7限HR活動、SHRと掃除、放課後は17時~18時で会議。
 18時の疲労、ピーク。これは仕事というよりも、病院に心身のエネルギーを持って行かれた影響が大きいですね。居るだけで疲れますし(なぜか、何もないところで躓くという経験をよくするのです)、母君の検査結果を待つ間の緊張感も身体に良くない(と、患者を差し置いて付き添いが言うのはいけませんが)。

 「もりき」でHさんとお話しながら湯豆腐。その間、58回生・64回生とメールのやりとり。
 64回生Tくん(東大文Ⅰ)は「渋谷・酒あり・冬らしい料理・予算5000円」で「食べログ」をやれ、と。今回は、最初に直感した「ていふ庵」で良いと言ってくれたのでかなり楽でした。これが予算7000円だったら、飲み好きな若者が飛び上がって喜びそうな冬料理があるんですけど、それは彼がもう少し大きくなったら教えてあげよう(連れてってもいいかな)。
 58回生Fくん(F校親玉大学医学部)とは、「今から飲みましょう!」「ごめん、もう飲み終わってる」「じゃあ、明日行きましょう!」「了解」というやりとり。後で聞いたら、酒を飲もうと外に出たのに財布を忘れたことに気付いたから「『財布』を呼びだそうとしたんでしょ?」「言い方はあれですけど、まぁそうっす」