もう子供でもなくて 大人でもない

 5時前起床、1階大浴場で入浴。今回のホテルは、上京時に定宿にしている池袋北口のホテルの系列で、池袋と同じく1階に大浴場があるのですが、池袋のシャワーブースが12人分あるのに対してこちら新大阪は3人分のみ。湯船の大きさも池袋の半分程度で、実際に私が入浴をした5時半~6時は完全に一人で浴場を占拠の状態でした(池袋なら絶対に3~5人は入ってます)。
 新大阪から三ノ宮へJRで移動。7時前の電車には、お盆明けで働き人がいっぱい。電車内では米原万里の書評集を読んで殆ど感極まっていたのですが、その感極まった眼に嗚呼職業病どうしてこんな間抜けな誤植が飛び込んできちゃうかねというべき「虚勢された男」なる語を見て一気に脱力。で、脱力したならその脱力下で読むべき本は他で、取り出したのは北大路公子の最新刊。公子さんの本を読みながら、電車は7時過ぎの三ノ宮へ。

 三ノ宮では、まず90分ほどネカフェで書き物。その後、灘へ移動してコンビニで「怖い絵」展のチケットを購入し、そのまま徒歩10分で県立美術館へ。10時開館の1時間前に着いて、近くに喫茶店くらいあるだろうと思ってたらこれが全くなし。仕方がないので、近くにあるJICAの施設に入り、持ち込みOKの資料室に自販機のコーヒーを携えて入り、読書。読んだのは自前の本ではなく資料室の書架で偶然目に入った長倉洋海マスード 愛しの大地アフガン』。長倉氏はこないだ高2現代文で扱った文章の筆者で、マスードと寝食をともにしつつ彼の人生・思想を正確に捉えた撮り手による写真集は素晴らしく、あっという間に読み終えたものの気づけば時間が10時5分前だったのに「あっ!」となりました。
 慌てて走って美術館、既にチケット売り場は大行列でこれは先にコンビにチケットを買っていたのでスルー、でしたが到着の時点で会場入り口には数十人の行列で、結局入場できたのは10時10分頃でした。

 「怖い絵展」は、中野京子氏が10年前から刊行しているベストセラー『怖い絵』シリーズに想を得た展覧会で、目玉は例えばドレイパー「オデュッセウスとセイレーン」だったりフューズリ「夢魔」だったりホガース「ジン横丁」だったりドラローシュ「レディ・ジェーン・グレイの処刑」だったり、シリーズ内でも特に印象に残ったであろう諸作品なのですが、勿論本に登場して今回の展覧会に集められなかった作品は膨大ですし、逆に本には登場していない作品も多々出品されているわけで、それを怖さの多様化と捉えるのか『怖い絵』的世界観の希薄化と捉えるのかは多分人によって別れるところでしょう。私は、このために関西に来たと言っておきながらなんですが後者に傾いた感想を持っています。
 展示数は膨大、客はすし詰め。これは東京で観に行ってたらえらいことになってただろうなぁと思いながら、私は完全に逆を張って入場した直後にゴールに行き、誰もいない最終展示室で「レディ・ジェーン・グレイの処刑」を凝視してから、順路を逆にたどるという見方をしました。展示後半の作品約半数については、殆ど誰もいない空間で見たことになります。それでも、半分を越えて入り口の方に進んでいくと徐々に人が増えてきて、ゴールの絵(1枚目)は最も人口密度が高い環境で見なければなりませんでした。全部見るのに90分ほどかけましたが、順路どおり進んでいたらあと1時間くらいかかったんじゃないかな。
 『怖い絵』は、その絵のどこが怖いのか、を歴史的背景を絡めて中野氏が解説するというのが売りなので、今回は思い切って音声ガイドも借りてみました(最後まで、それが吉田羊の声だとはわかりませんでした)。けれども、殆どの絵に音声ガイドと同じレベルの解説がついているので実際には不要でしたね。

 一旦電車で三ノ宮に戻って昼食は「ショナ・ルパ」でカレー。例えば横尾忠則に言わせればここが日本最高のカレー屋らしい等評価は高く、そして実際にとても美味しいのですが、やっぱり「Sally」ですよ。今は失きK市の「Sally」がいちばん美味しかった(これは、思い出補正抜きの評価です)。因みに、「ショナ・ルパ」のライスは私の苦手な味なので、次に行った時には絶対にナンにしよう思いました(備忘)。
 再び電車で灘へ。駅から南に進めば美術館ですが、北に進めば王子動物園、日本で唯一コアラとジャイアントパンダとの両方が見られる動物園です。これは行かない訳にはいかない。ライオンもジャイアントパンダもゾウもコアラもオランウータンも、ペンギンとフラミンゴとを除くほとんどありとあらゆる動物は真夏の灼熱の中でぐったりと倒れているだけで、わんさの家族連れも「全然動かんやないか」「こらあかんわ」「サービス精神っちゅうもんがないねんな」等々流石関西人の言い垂らしたい放題でしたが、ぐったりした姿を見るというのもまた一興なんじゃないだろうか、と。園内には懐かしい以外の感想が出てこないタイプの遊園地コーナーがあって、「37歳が独りで乗るのはアリですか?」と尋ねたら係員のおいちゃんが「勿論です」と答えてくれたので観覧車に乗りました(何年ぶり?)。「暑いから、これ」と入り口で渡された団扇は、でも高いところをゆっくりゆっくり進んでいくのが実は結構怖くて、結局一度も使いませんでしたね。

 折角童心に還った37歳ですが、動物園を出たら即座に童心をぶち捨てる!
 阪神電車大石駅まで出たら、そこから灘の酒蔵めぐり、合計1時間以上歩いて汗だくだくになりながら、日本酒造りに関する資料館(酒蔵経営)を3ヶ所周りました。
 先ずは「沢の鶴」資料館。ここでは、古い酒蔵と酒造りの道具とが(酒蔵工程に従って)ずらり展示されています。面白い。杜氏さんたちをはじめとする職人たちが様々な道具に命名した隠語に「蛙」「燕」「猿」等々動物名を使ったものが多く動物園延長戦の様相(前述のように童心はぶち捨ててますけれども)。資料館を一通り巡った後はショップに入る設計になっていて(当然ですね)、そこでは日本酒・梅酒等々の試飲も出来ますし買ったものを配送依頼することも出来ます。ここで、事務嬢さん・Hさん・「もりき」マスターへのお土産を全部購入して配送手続き。梅酒と、酒蔵がプロデュースしている奈良漬を選びました。酒めぐりは楽しいし、試飲も徒歩の権利でぐいぐい行けるんですけれども、私は実は灘の酒はあまり好きではないのです(だからお土産も梅酒を選びました)。灘で美味しいと思ったのは「仙介」くらいかなあ。
 続いて「神戸酒心館」、だったのですがここの工場見学・資料館見学は事前予約が必要だったそうなので外観の写真を撮ってショップを素見したらおしまい。滞在時間は20分程でした。
 最後は「櫻正宗記念館・櫻宴」。ここで面白かったのは、大正末期に撮影された古いフィルムが上映されていたブース。伝統的な酒造りの様子を後世に残す映像、100年前の酒造りの様子が活写されていて楽しかった。ショップでの試飲も。

 動物園で童心に還って、酒蔵で童心をぶち捨てた37歳が、さて次に訪れた場所では再び童心に還ったと言って良いのか悪いのか。田舎の進学校国語教師が次に目指したのは、だって歩いて20分で着くんだもん、JR住吉駅という帰りに乗る駅への道すがらにあるんだもん、進学校教員なら行ってみたいと思っても仕方なくない? という聖地・灘中学校高等学校。
 中学記念受験で見事に不合格、以来高嶺の存在です。でも、東大に進学して卒業生と知り合ったり、後にF校の教員になって国語の先生方とお話しする機会を得たりして、良くも悪くも「意外に普通なんだなぁ」と思ってました。そんな私ですが、しかし実際に校門を目の前にするとやっぱ興奮しますよね。すぐ脇の電柱には塾の手が伸びて大きな広告が出てるところも進学校っぽい。でもって、その校門ですよ。閉まってるものだと思ってたら開いてるんですよ、17時なのに。開いてたら……入っちゃいますよねぇ。
 「お~じゃ~ま~し~ま~す~」と寝起きドッキリ風に潜入、構内無人(中庭清掃の業者の人はいました)なのを良いことに、「うをぉ、流石柔道場が広い!」とか「教室の机はレトロ!」とか「すげぇ、生徒用のジムがある!」とか「職員用トイレのウォータークーラー使ってやったぜなんだか偉い先生になった気分」とかやってまして客観的どころか主観的にだって完全なる不審者だなぁと思ってましたら、事務室から出てきたベテランの事務員さん(だと思われる方々)から「何!?」「何か用!?」と誰何されまして。「純粋観光ですさーせんミーハーで!」とバラエティに出たときの神木隆之介ばりに頭を下げたら、不信感は露でしたが見逃してもらえました。

 いや~、日本一の高校の雰囲気を浴びたぜぇ。と大満足のJR、住吉→梅田。昨日は串かつ今日は餃子、ということで梅田駅高架下の安い餃子屋で飲んで、新大阪のホテルに帰ってまた飲んで、21時の健康睡眠。