角を曲がってしまったなら 何もかも風景が新しくなる

 本日は久々に仕事をしない一日と決め、学校には入らず、母君と二人で人生初のバスツアー(日帰り)に参加することに。行き先の決定から予約の手配は私が行ったのですが、基本は母君の「コスモスが観たい」という要望にお応えするという観点で探しました。具体的には、元乃隅稲成神社、角島大橋、リフレッシュパーク豊浦(ここがコスモス)、の3箇所を軸に山口県を巡る旅。空は生憎の小雨模様(ギリギリ傘が要るか要らないかというところ)で、母君のために新調しておいた長靴も紙袋に携えて出発です。

 朝9時の集合場所には、50代~70代の夫婦連れ、女性中心の友人グループ、を中心に100人以上の人がびっしり。我々のツアー以外のバスに乗る旅客も居るとは言え、雨よけのビル軒下は立錐の余地なしという混み具合です。西鉄K駅近くのビル前、休日朝9時はいつもこのような状態なのだと推測されますが、その時間帯なら私は学校ですし、果たして偶然ここを通ったからと言ってこの集団に興味を向けるものかどうか。
 高速バスは、K市に来る前に既に大牟田羽犬塚やといった各集合場所からのツアー客を乗せているので、我々のK駅待ち合わせ場所に到着した時点で既に半分の座席が埋まっており、最終待ち合わせ場所のK市で我々が乗り込むと、50人超が座れるバスは1つの空席もなく満員になってしまいました。昼食付きのバスツアー、一人あたり7000円の破格だということもあり、先ずはその人気の高さに驚かされます。

 旅行前、母君は9時にK市を出発して再びK市に戻ってくるのは19時過ぎという旅程をご覧になり、若干怯んで居られました。現在の体力で、そのような長時間外に出ることは可能なのだろうか、と。とは言え、旅程を受け取った時点では申し込みが終わっていましたし、多少の無理は身体のためにも今後の自信のためにもやっておいて損はないだろうという算段で、割合気軽に「大丈夫大丈夫」と答える私、にじゃあ絶対の自信があるのかどうかといえばそれは「大丈夫」に根拠が全くないくらいですから推して知るべしで、小雨曇天空模様との景情一致、若干の不安含みの高速入りなのでした。
 が、基山PAでトイレ休憩、その時間を利用してロッテリアで朝食(私は店舗限定の「華味鳥バーガー」、母君は朝食を済ませているのでホットコーヒー)を買い込んできた辺りから、母君は「案外大丈夫」だと思い始めたご様子、割合饒舌に車窓の感想など口にされ、私は毎週この高速バスでK市の寮と小倉の(今はなき)自宅とを往復していた中学・高校時代を思い出したり。
 それにしても、添乗員さん(恐らく50代の女性)、見える景色に土地の謂われに名物にと、どこを走っていても喋る喋る喋る。行かない降りない果ては車窓から見えるわけでもないあちらこちらについての蘊蓄を怒濤のように喋り散らします。中学高校の修学旅行引率体験から想像していたレベルを遙かに超越し、大人向けのバスツアーは大抵そうなのかそれとも彼女個人の資質なのか。

 最初に訪れたのは北長門のお土産店で、バスツアー客専用の超巨大レストランが付設された大型施設。駐車場には、二十台以上のバスが並び、我々50人はバスからレストランへとコンベア式に移動を促されます。着席即頂きますのお昼ご飯は、ウニかカニかを選べる海鮮おこわを売りにした御膳で、小鉢のトコブシから茶碗蒸しから瓦そばから刺身の甘エビから貝汁からおこわから……とこの分量は(朝にハンバーガーまで食べた)私には無理(何しろ普段は朝食も昼食も取らないんですから)、小食偏食抗癌剤副作用の母君にも当然無理……だと思ったら、こういうのは気分が身体を引っ張るんですかね、母君の方が私よりももりもりとお召し上がりで、何だったら食後にドリンクスタンドでソフトクリームまで注文なさるほどです。ここでは、皆が定期テスト勉強に勤しんでいる中担任だけがヘダラヘダラと遊び呆けてごめんなさいね甘い物をあげるから許してね、という我ら高2B組諸氏へのお土産を購入。母君も、リハビリステーションのお知り合いにお持ちになるお菓子を幾つか買われていました。

 海沿いの山道は道幅とバスの幅が殆ど同じ、それを遙々何十分もかけて縫い登るだけの甲斐があるのかといえばどうやらありそうな絶景、SNSを中心に主に海外で話題になった「元乃隅稲成神社」は、絶壁海岸から神社までの岩坂道100メートルに123基の鳥居がずらり並び、高台からは鳥居びっしりの向こうに青々とした海が広がる……という「青々」は残念ながら曇天の影響で観ることが叶いませんでしたが、それでも実際に霊的空間で潮風に吹かれると俄然やる気元気が出てくるものなのでしょうか。ここでも母君、最初は絶景を観るだけと仰っていた(私もそのつもりだった)のに、是非鳥居123基を潜りたいと仰る。抗癌剤の副作用で爪が膿んで足がお悪い、のを物ともせずに傘の杖で根性をお見せになりました。登り切った果てにはお狐様、「有り難い有り難い」

 神社の散策自由時間には雨があがり、バスに乗ると雨がぱらつくという幸運で、次に向かう先は角島大橋。これは本当にバスで「渡るだけ」で、渡った先の角島では入って早々の駐車場でUターン、島には用事はないんだ島へ渡る橋を走ることに意味があるんだという本末転倒に乗客一同苦笑気味。
 大橋近くのパーキングでお土産・トイレ休憩。大橋の写メを1枚取ったら、橋を渡るロードレーサーと、橋の下の海岸で波に乗るサーファーとが映り込みました。雨は降ったり止んだり。

 さて、本末転倒と言えば、高速道路だけでなく下道もずいぶん走ったこのバスツアー、トータルだと7・8時間はバスの中ということになりましょうね。とすると、その車窓道端に、またかまたかとコスモスが咲いてるんです。母君、これでちょっとコスモスに「飽きた」。
 最終観光地のリフレッシュパーク豊浦、に着いて25分の自由時間。「さぁ、ここでアホほどコスモスが見られますよ!」という私に返して母君曰く「コスモスは、もう良いです。雨も降ってきたので、私はバスでコーヒーでも」
 一人でコスモス、100万本の「コスモスの絨毯」を眺めました。道端の野花で満足なさった母君は賢明でらっしゃったかも知れません。「凄いねぇ」「綺麗だねぇ」と言葉で景色を共有する相手が居らぬまま、北九州市の人口を超える分量の何物かを一人眺めるというのは余り精神衛生に宜しくない。というか、圧倒的でちょっと不気味なくらいです(曇天の影響もありましょうが)。

 外はそろそろ暗くなり始める18時。秋ですね。最後の目的地は、ここで観光客が大量に金を落とすという契約があるが故の7000円破格なのだろうというツアー客すし詰め状態の賑わい、山口県の名物「村田蒲鉾店」です。ツアー客が自動的に運ばれ、ここでお金を使うのは義務だという錯覚を起こさせるための事前CM(バスの中に店員が乗り込んできて、マイクを使って買うべき商品を予め説明する)を経て、いざと売り場に飛び込んだら待ち構えているのは試食地獄。これは女性陣の性(差別?)、どうぞ一口と言われて断らないどころか勧められる前からとにかく全てを試食したい、剰え爪楊枝二刀流で頼んでもないのに「ほら、池ノ都くん(←二人称)も味見して。で、これ、買う?」
 バスの中でスマホを使って検索、予めどれとどれとを買うと決めておいたので、そこほど無駄遣いはせずに済んだと思いますが、私は「もりき」マスターとHさんとのお土産に練り物のセットを2つ購入しました。で、これまた女性陣の性(差別?)なのか、あれだけ試食をしまくった母君は、ご自分用には何も買われません。

 帰りの高速バスに乗る頃には雨が本格化、メインのコスモスを結局見なかったという本末転倒はありましたが観光中だけは断続の雨の「断」に当たるという幸運もあり(念のため自賛の母君用長靴も出番はありませんでした)、総じて満足の旅行だったのではないかと。超・長時間のバス移動、母君も私も結局一度も寝落ちすることなく、バスは予定時間通りにK市の集合場所に帰ってきました。
 集合場所からは母君のリハビリステーション経由で帰宅。20時近くに「もりき」に入り、マスターにお土産を渡して軽く独酌。朝昼に食べ過ぎて、肴は殆ど入りませんでした。

 そう言えば、同じツアーの人たちと会話を交わすということは殆どありませんでしたね。そういう物なのかも知れませんし、母君が(癌治療故の外見の変化と、後は生来の人嫌いとを併せて)近寄るなオーラを出しておられたのかも知れませんし。
 いずれ、別のツアーに参加してみてもいいかな、とは。