風が吹く予感 内からかけた鍵をあなたが

 6時に健康的に起床(朝食の準備をしないでいいというのは、母君には申し訳ないけれどもとても楽です)、入浴後に着替えてホテルを出発、徒歩3分の場所にあるお気に入りのネカフェに入って日記更新など。

 昨日の日記には「ノープラン」と書きましたが、聖地巡礼は真っ先に果たさなければならない義務なわけでして、「ジュンク堂」本店へ開店と同時に。最初に地下、その後でエレベーターで最上階まで上り、1フロアずつ背表紙読書の逍遥をしながら1階まで下りていきます。
 絶対買おうと思っていた本は北田暁大の『終わらない「失われた20年」』だけだったのですが、流石年末は新刊ラッシュであれもこれもと次々に欲しい本が見つかり、1時間とちょっと歩けばもう籠はいっぱいです。レジで会計の後、持ち歩かずに自宅に配送する本に関する手続きを。会計は30000円弱だったのですが、もらえたコーヒーチケットは2枚ではなく1枚だけでした(以前は2枚貰えたような記憶。10000円毎に1枚ではなく、10000円超なら1枚に変わったのかな)。

 池袋北口の人気店「ベジポタつけ麺えん寺」で辛つけめん(麦芽麺・大盛)を肴に缶ビールを2本。ホテルに荷物を置いた後、ぽわっと気持ちいい足取りで池袋~御成門、目的地は東京タワーです。
 4年ぶりの東京タワーですが、目的は眼下東京一望ではなく(いや、高いところは好きなんですけど)、お土産用の買い物。4年前に63回生高3の担任をしていた時にも買ってクラスで配布したのですが、東京タワーの展望台では「高得点」という名称の受験生向けのお守りが買えるのです(金色で東京タワーの形をしています)。これを我らがB組41人分(予備も合わせて45個)購入するのが訪問の主目的。東京タワーにはメインデッキ(150m)とトップデッキ(250m)の2種類の展望台があり、勿論人気は後者なのですが、私が購入したのは前者までしか上がれない安いチケット(「高得点」はメインデッキで購入できるので)。
 さて、タワーで私がやることは、昇る、買う、降りる、という三種類の動詞で説明し尽くせるのですが、この昇る・降りるをエレベーターで済ませるのか外階段を使うのかという選択がありまして。4年前の初訪問でもそうしたように、今回は昇りも降りも徒歩階段(各600段)という選択。途中に休憩場所も水分補給場所も排泄場所もないので十分な準備が必要、という注意書きの横には酒気帯び厳禁という文言もあったような気がします。が、38歳もやしっ子、冬空寒風の外階段だったこともあって汗一つかくことなく元気に往復できました。やったね。展望台に滞在したのは「高得点」を購入する10分弱だけ。

 御成門~神保町の移動、今度は古書街逍遙。文庫・新書の買い込みは主に配布用で、これを卒業生への知の拡散・贈与の霊の力を世に解き放つ行為だと思っている私は、ヲタの配布芸を愚行と嗤う資格を持っていません。集めた筆者は、上田三四二加藤周一斎藤緑雨・霜山徳爾・なだいなだ・別宮貞徳・森銑三山本夏彦……。
 そう言えば、昨日56回生Nくんトークの中で、Nくんが定期的にお兄様に本を差し上げているその本のネタを紹介してほしいと言われまして。お兄様はF校に関係のある方ではなく私は全く存じ上げないので先ずはその為人(ひととなり)を……伺ったところ真っ先に頭に浮かんだのが『柿の種』だったのでそれを紹介しようとしたら先手を打たれて「これまでいちばん喜ばれたのが寺田寅彦でした」と。次善は百鬼園先生だと思ったらそれも既にお渡しだそうで、要するにNくん結構分かっておられる流石兄弟という話だったわけでして。結局私の方からは山本夏彦中島敦を紹介したんですが、斎藤緑雨『緑雨警語』(冨山房百科文庫)も面白いと思っていただけるかも知れませんね(F校卒業生の中野三敏氏が編ですし)。

 池袋に戻り、聖地「ジュンク堂」のカフェで先程のコーヒーチケットを使った後、ホテルに戻って大浴場の湯浴み。それから中野に向かえば待ち合わせジャストの時刻に到着できる……という読みまでは完(カン)が璧(ペキ)ってたんですけれど、「ぶり中野」に向かうためには「中野駅東口」ではなくて「東中野駅」に行かなければならないという事実を見誤っていたのが痛恨でした。中野駅に東口なんてないじゃん。仕方ないから、集まった4人は中野駅からタクシーで直接店へ移動。

 「ぶり中野」は二度目(人に勧めたことも一度)で、コース料理の内容は全て覚えています。これは記憶力の問題ではなくて、本当にブリしか出ないから知ってるブリ料理を全て挙げたら良いという事実の問題。ブリしゃぶ・ブリ刺し(養殖と天然との食べ比べ)・ブリカマ焼き・ブリなめろう・ブリ燻製・ブリ大根・ブリ茶漬け。
 で、店までタクシーに来た一行が、教員私、61回生Aくん(東大文学部)・Gくん(慶應医学部)・Sくん(東大医学部)……ってスペックが高すぎるな……という4人。61回生には私は担任として関わったことがなく授業も高3で週1の漢文だけ、という「通りすがり」の「陰キャモブ」だったはずなんですが、Sくんが卒業後も何かにつけて遊んで(飲んで)くれるんですね。Sくんと飲むのはもう5回目くらいですし、Aくんとも2回目、でもって以前から一緒に飲みに行きたいと言って下さっていたというGくんとは今回が卒業以来始めまして、なんですけれど、も。

 G「いや、あの、先生のですね、2017年12月28日のブログでですね」
 私「??(絶句糊塗の笑顔)」
 G「前回の『十徳』にAとSと行かれた時の話が書いてありまして」
 私「えっと、あの、あれ(ブログ)は成りすましが書いてまして(←絶句で出遅れて無意味になった常套句)」
 G「えぇ(無視)、そのブログでのAとSとのやり取りがあんまりに面白くてどうして自分がそこに居なかったんだろうか、と。いや、僕に用事があったんであって先生がどうだとか言いたい訳ではなくてですね」
 という最初のやりとりから頭に「??」が浮かんでたんですけれども、何と申しましょうか、若しもそのブログに書いてあることが書かれた人間の全てであると仮定するならばという条件つきではありますが、色々と喋っている内に、
 S「……お前、先生より先生のこと知ってない?」
 A「ファンか」
 我ながら書いててちょっと恥ずかしいんですけれども、まぁそういうツッコミになりますよねぇ。っつかさ、
 A「今年は絶対折坂悠太が良くて」
 S「『夜学』が最高」
 私「って、自分らも大概じゃないか」

 何というんでしょうか、喩えるなら「『徹子の部屋』に呼ばれたら徹子が3人居た」というような状態で、そういう状態をオツカル様が喩えたら「吉田豪による徹底リサーチ済みのインタビューを受けている」となるそうです。
 まぁ、要するに、終始3人から出てくる「私の」話に相槌を打つだけの聞き役。後でSくんから「Gがもっと色々お話がしたかったと言っていた」と聞かされたんですけど、でもってそれは私から提供される情報が少なかったという意味なんでしょうけれども、確かに今日の私は完全に殺された芸人でした。申し訳無い。次は、もうちょっとこっちから色々喋ろう、と思う次第。こんなに供給役を果たせなかったトークは久しぶりでしたからね、これはもう絶対にリベンジですよ、リベンジ。
 だって、二次会のカラオケの選曲も「接待かよ勉強済みかよ」ってくらい私がオツカル様の前で歌った(とブログに書いた)曲が頻出でしたから。「K.U.F.U」のデュエットをまさか63回生Mくん(私にRHYMESTERを教えてくれた師匠)以外の人とやるなんて想像だにしていませんでした。あと、前回約束していた通りにSくんがMy Hair is Badを披露してくれたんですが、それはあ~んまり印象(記憶)に残りませんでした(ごめ~んね)。

 そうそう、前回の「十徳」では首から上がそんだけ恵まれてて何だったら彼女までいるというのにまだモテたいとか褒められたいとか色々拗らせてたSくんが、今回の「ぶり中野」では「自分は『ぼんぼん』であるのか否か」というテーマでまたも拗らせ倒してたのは面白かったです。とりあえず私から一言言うなら「隣のGくんは私大医学部だ。気遣え」っていうね。
 2軒4時間半、楽しゅう御座いました。この3人の何が良いって、お酒に強いところですね。あ、今日買った古書の中から1冊ずつを3人へのお土産にしました。あと、6年生のSくん(もうすぐ国試)には「高得点」も。頑張ってね~。

 健康睡眠。