あなたの描くゴールにふれたとたん

 5時半起床。宿近くのカプセルホテルの大浴場・サウナで朝風呂。そのまま山手線で大塚→渋谷、井の頭線で渋谷→駒場東大前。7時過ぎに駅西口改札に到着。自販機で買った温かいお茶を飲みながらぼ~っと突っ立っておくのが本日の仕事。少ししてやって来られた担任団世界史先生とご一緒に、文系東大受験組の応援です。
 昨日に続いてですが、皆「日常性の維持」の顔でした。私は量販店で買ったチョコ、世界史先生はさすがの拘りで特別注文のチロルチョコ(受験生応援のパッケージでした)を手渡して激励。担任団数学先生が世界史先生に託けられた絵はがきサイズの紙、受験生全員に触らせていたので何なのだろうと思ったら、超ベテラン美術先生の「念」が籠もった図像だそうで何てスピリチュアル! 頼めるものは何でも頼むべきなんでしょうが、それ以上に「美術先生の念」と聞いた瞬間にフッと苦笑した生徒に生じた「余裕」「遊び」が彼らに良い効果をもたらすかもなぁ、などと。

 さて、改札の外にはビラ配りの人々が。不動産の資料や構内の地図や、そして受験当日の名物「予想問題集」も。ところがこの「名物」が今年は全然ぱっとしていない。なぜ彼らに配布を託したのだ時代錯誤社、といっそ文句を言いたくなりそうなほどに押しの弱そうな2人が、通勤通学ラッシュの大人子どもがビュンビュンと(←さすが東京で、本当にビュンビュンと)通り過ぎていく中、小さな小さな声で「予想問題集で~す」とマッチ売りの少女。集まった我らが67回生文系諸氏、「予想問題集」なら受け取らないはずもない彼らからすら完無視されている錯誤社社員が不憫で、38歳おっさんが「すみません、予想問題集を頂けますか?」と近づいたら、にこにこローンの営業スマイルを浮かべた2人が「もちろん! どうぞ! なんだったら3冊どうぞ!」と本当に3冊押しつけて来やがったから腐っても時代錯誤社。国語の問題をさらっと覗いてみたら、昨年炎上した女性政治家Sの駄文、昨年炎上した米国大統領・やんごとなきウェディング問題に関する駄逸話などが題材に選ばれています。因みに、世界史先生はこの「予想問題集」の存在をご存じなく、世界史の問題をお見せしたら大笑いなさっていました。
 その後、Twitterを開いて「よそうもんだいしゅう」と入力しようとしたら最初の変換が「装うもんだ異臭」になった私のスマホは、もしかしたら時代錯誤社についてよく弁えているのかも知れません。

 受験生が全員会場入りしてしまえば、教員にできる仕事は祈るくらいしかなく、祈るだけなら移動しながら展覧会を観ながら飯を食いながら風呂に入りながらネカフェで日記書きながらでも出来ますので、早速渋谷東大前駅から東陽町駅に移動。10時に開場する『木下直之全集』を観ます。東陽町まで出たら、お昼は「カマルプール」のカレーですね。
 東陽町のGallery A4(竹中工務店本社ビル内)で、木下直之の研究業績を一堂に集めた『木下直之全集 近くても遠い場所へ』を観ました。「多網的」とはこういうことだという興味関心を一身に体した美術史学者の頭の中をそのまま展示したらこんなカオスな空間になってしまいました、という状態。少し前に観た『筒井康隆展』の偉業(異形)にまでは若干及ばないかも知れませんが、この人の脳も相当スゴイことになってます。面白いのは、時折会場に訪れるご本人が解説パネルに手書きで色々な「注」を書き加えているところ。そして圧巻は、会場最奥部にずらり展示されたファイル(紙媒体)の数、数、数。1テーマ(そうですね、『99人の壁』のジャンルくらいの細かさ)ごとに1冊、何百冊あるんだというファイルが壁一面に並ぶ様は「紙の人」の知性躍如で感動的でした。時間が蒸発する。
 40分見学して、10分歩いて「カマルプール」に一番乗りしてランチを食べて(チーズクルチャを追加したらお腹いっぱい!)、12分歩いて(ちょっと太った!)展覧会に戻って40分見学。狭い会場ですが、時間はどんどん蒸発していきます。
 戻ってから2度目の見学で気づいたのですが、ファイルコーナーの側壁の一番下に、道ばたの小動物の死骸の写真を集めたコーナーがありました。題して「下を向いて歩こう」。今読んでる山田ルイ53世のエッセイ集に全く同じタイトルの断章がありましたが、意味するところは全く違っています。

 東陽町から神保町。ここに滞在したのはほんの30分ほどで、お目当て3軒の文庫・新書棚をチェックして目に付いた本(3軒で10冊ほど)を購入するだけ。全て、大学に進学する卒業生に餞として贈るものです。
 神保町から大塚のホテルに戻り、ベッドでしばしうつらうつら。30分ほど仮眠を取って、朝も訪れたカプセルホテルのサウナ・大浴場を利用。お風呂から上がってロビーでスマホを開いたら、今日の東大入試国語の出典が明らかになっていました。

 東大現代文は、文理共通第一問が中屋敷均『科学と非科学のはざまで』で、文型専用第四問が是枝裕和「ヌガー」でした。古文は闌更『誹諧世説』から「嵐雪が妻、猫を愛する説」、漢文は黄宗義『明夷待訪録』でした。
 じっくり本文を読むのはK市に戻って以降。現代文の傍線部(設問)「だけ」を見た直観だと、文系題四問の問四(傍線エ)から「曲者」の臭いがします。
 映画監督の文章が入試に出るのは珍しく、記憶の範囲でパッと浮かぶのは吉田喜重小津安二郎の反映画』(2005年センター)くらい。前世紀の東大200字作文に『男はつらいよ』の台詞が出た時には新聞が取り上げる話題になりましたっけ。

 渋谷の「東急ハンズ」前で待ち合わせたのは61回生の(最近「お馴染み」になりつつある)3人組。医学部Sくん・Gくんと文学部Aくん。店は、宮崎(風)料理が安く美味しく楽しく食べられる居酒屋「虎視眈々」。2軒目はSくんに幹事をお任せして近くの料理屋(小洒落たお店だったんですけれども酔っ払ってて屋号失念)に。結局、5時間以上4人で飲んでたことになります。
 別れ際になぜか一人渋谷の地下鉄駅へ階段を激走していったSくん(転倒しなかったのは偉いけど、足のボルト抜いたばっかりだったんだよね?)の姿ばかりが記憶に焼きつく飲み会だったんですけれども、Sくんが4月から研修医として愛媛の病院に行ってしまうということで暫くは会えなくなってしまいますね(Aくん、Gくん、四国旅行、します?)。
 因みに、私の手元にはなぜか今年の校内模試(最果タヒ)をAくん・Gくんが解いた答案が残されています(結構出来てます)。添削、返した方がいいのかなぁ。

 昨日ほどではないほろ酔い気分で健康的に睡眠。明朝は、東大2日目、理系組の応援です。