そして今 わたしは思っています 明日からも

 「合格体験記」の原稿を誰に依頼するのかは、各クラスの担任が選んで10人を決めます(5クラスだから50人。これに浪人10人を加えた60人に依頼します)。我らがB組は文理半々の混合クラスですから、文系5人、理系5人ということになります。
 文系は、東大文ⅠのAさん、東大文ⅡのSくん、東大文ⅢのHさん、京大総合人間のSくん、筑波大人間学群のTさん。
 理系は、東大理ⅡのTくん、東工大工学院のMくん、阪大基礎工学部のNくん、九大医学部のKくん、同じく九医のMくん。
 男子:女子=7:3。内進:外進=7:3。大学なら6種類、学部の別を考えたら9種類の進学先を示せたのは正に文理混合クラスならではの多様性なのではないかと考えています。文ⅠAさんは中学が東京「O中学」だから彼我の違いなど面白いかもしれず、京大総合人間のSくんは国際言語学五輪日本代表、九医の2人は文化委員長に副委員長ですから、話題も豊富でしょう。

 少しだけ筆を滑らせますが、本当は私は電通大に進学するNくんに書いて欲しかったんですね。コミュニケーション能力お化けで文章も(3分間スピーチが証明するように)面白い、英語6語の自己紹介で「Yes I can, but I won't.(私はできる、だがやらない)」と書いてのけた漢です(教員一同爆笑しました)。ただ、まぁ、学校が要求する学習態度をへえこらと貫いたかと訊かれたら……ね……という人。まぁ、受験勉強よりはテーブルゲームが好きですよね、と。定期も上から数えた方が時間が掛かる(←迂遠)順位だし、提出物が間に合わない時は学校へ向かう足が重くなったりもね。って、担任がそんなこと言ったらNくんに失礼だろ、と思われる向きもあるやも知れませんが、何しろそのことを本人に言ったら「『体験記』は僕じゃダメですよ、後輩が受験を舐める!」とカラカラ笑ったような人柄ですから。最高かよ。
 結論から言うと、担任団(の一部)からNGが出ました。『合格体験記』はやっぱり学校の言うことをよく聞いて課題を全部こなして、地頭じゃなく努力で通った人のストーリーを載せたい(地頭も良くて努力もした人ならなお良い)、というのは運営側の言い分としては一理も二理もあります(実際、私も簡単に折れたんですけど)。でも、時に激しく叱られながらもくじけず折れず67回生を続けて、外部からの進学直後のハシビロコウTくんに(内進・外進の壁をひらり飛び越えて)引くくらいの勢いで懐いて遂には2人で合格報告にやって来るくらい仲良くなるようなコミュ力で学校楽しんで、最後はしっかり勉強してちゃんと現役で立派な大学に通ったなんていう人、絶対後輩の灯りになりますよね。
 大体、学校の言うこと全部聞いてこなしたら合格するなんてこと、皆知ってます(少なくとも私はそれで東大に通ったんで、単にお題目ではなくて身を以て知ってます)。それは素晴らしいことですが、それだけ集めたら、60の文章、全部同じになっちゃうんですね(私、10年校正やってるんでよく分かるんです)。

 『合格体験記』を神々の本紀列伝にしたい教員も居ますし、それに後輩が憧れるのは何ら悪いことではありません。でも、「神々」が通ったような東大だ京大だ医学部だを目指すというのはですね、学校の言うこと、例えばF校の蓄積が準備した授業特講という「上げ膳据え膳」を残らず平らげたら良いわけですから、或る種の「型」に身を任せればいいという意味では受け身の受験であるわけです(無論、必要な努力の量はとんでもないですよ)。
 ところが、各人が独自の興味関心で選んだ「F校推し」ではない、要するにF校側に特講だ授業だのフォーマットが十全な形で完成しているわけではない進学先を目指すのには前述の「受け身」ではない前傾姿勢が必要になります。そんな進学先を目指した生徒が、授業特講といった「上げ膳据え膳」がない環境を生きて遂にその進学先への合格を勝ち取った強さは、「F校推し」の進学先を目指す生徒も含めた全ての後輩の鑑になると、少なくとも私は思います。
 阪大基礎工学部のNくんに依頼したら「僕は『下』担当ですか?」と訊かれました。筑波大人間学群のTさんには「私なんかで?」と言われました。そう思わせた・言わせた私の担任としての非力は申し訳ないばかりですが、彼らの強さ・誠実さを文章として書き残すことで少しは報いたいので、半ば強引な説得で承諾してもらいました。自分で必要な特講を精選して、残る時間の独学では倦まず弛まずを貫いて、職員室では英数の教員を質問攻めにして、進路指導室では部長を通じて予備校と連絡をとって模試の問題を手に入れて……その殆どに手を貸せなかったのが申し訳ないです(結局、高3担当者としては「神々」の答案の添削に時間の殆どを持って行かれた冬でした)。

 5クラス全てが東大・京大・国公立医学部だけで優に10人の定員を上回ってしまう合格実績で、固めようと思えば本当に本紀列伝になるというのは凄いことですよ。卒業生(対母校)としても教員(対勤務校)としても誇らしいです。
 でも、出来れば、風通しの良さであるとか多様性であるとかは担保したい。私は67回生に(中1からではなく)高1から入った新参者ですが、この学年が周囲から厳しい厳しいと言われながらも実際には割と多様が認められ風通しも悪くなかったことを知っています。だから、先生方はそっちの方も「恥ずかしがらずに」(←強調)形に残して良いんじゃないかなぁ、と思うわけです。そして、こんなだらだらとした(日記になってない)文章を書いた理由は、お分かりの通り、どさくさに紛れてNくんの「体験記」のほんの一部(上澄み)を私が代わりに書きたかったからです。

 6時半起床、母君の朝食を準備してから入浴、出勤。鹿児島大・九州大の後期添削をしたり、続々やってくる合格組と挨拶したり。63回生の時もそうだったのですが、凱旋の挨拶は、出来るだけ早い日付の出来るだけ早い時間帯に来たほうが良いですね。何というか、合格者が多いから、半日も経つ頃には「おめでとう」を言うのに飽きてくるんですね。他ならぬ自分自身の合格に喜んでいるあなたには申し訳ないんだけれど、はっきり言って東大生なんて別に珍しくもありません、みたいに扱いが雑になります。

 一浪合格組も続々とやって来ます。予備校時代にも微力ながら現代文・漢文の添削をお手伝いした66回生SRくん・SHくん・Kくん等々。共に文系東大のSRくん・SHくんからは予備校に関する面白い話、貴重な情報を頂きました。
 K予備校トップのSHくんにまつわるエピソード。あの悪名高き(?)ラウンジの、入って真っ直ぐ進んでテーブルに座って駄弁貪り始めたら受験は終わりという動線とは異なる、入って右側のテーブルエリアとは隔てられた自販機コーナーに向かう動線、あからめもせず颯爽と自販機に向かうその動線がいつしか「Sロード」と呼ばれるようになったという話、多分飲みながら聞いたら腹抱えてたな。因みに、今年のK予備校一浪組は、確か東大・九医ともに全勝だったということです。素晴らしい。

 夜は居酒屋「A」で読書独酌。