どうなってしまってもいいさ 飛び出せレディーゴーで

 今日のお見舞いは早朝7時半。母君は運良く起きてお出でだったので、宮崎に「出張」してくることをご報告。美味しい南国ドリンクをお土産にします(凍らせて食べても美味しいよ)、と身体をさすりながら。介護士の方が、朝の洗顔と歯磨きとをして下さるのにも立ち会えました。大切にされています。

 さて、出……じゃない、宮崎1泊2日の旅行。親不孝を天が罰するつもりか、K市は曇天。どころじゃなくて、宮崎は今日の昼から台風が通過する算段です。夜に67回生Fくん(宮医1年)と食事に行く時間にはもう通り過ぎた後で多分傘も要らないと思われますが、昼に車…じゃない61回生Hくんと市内観光をする時刻は最中も最中という予測。無論、Hくんには「土砂降りドライブばっち来い」と、運転する方の都合など一切考えない連絡を送っており、死ぬときは一緒よという気概。
 朝8時の時点では、K市から新八代への新幹線(8時17分発)は通常運行でしたが、そこから宮崎までの山越え高速バス(8時57分発)の運行が不透明で、会社のHPでは「条件付き運行」となっています。まぁ、現地が嵐だろうが到着したらこっちのもんだし、取り敢えず新八代までは行ってみよう、と到着した新八代(駅前、「東横INN」以外何もない!)は曇天ながら雨はまだ降り始めて居らず、高速バスは無事に発車。
 高速バス2時間というのは、中高の寮生時代(まだ九州新幹線が走る前)の小倉(実家)~K市(寮)の往復を思い出して何となく浮き立ちます。本は古今亭志ん生『びんぼう自慢』(滅法面白く)、車窓からの眺めも楽しい(崖から下を見下ろすのは時に怖い)。

 さて、宮崎市内に入った辺りから「あ、窓に水滴が」となり、そろそろ降り始めるのかな~、と思ったその直後に嘘みたいな勢いの豪雨に(一気に車窓が洗い流されて何も見えなくなりました)。その10分後に宮崎駅に到着した際には少し弱まりましたが、俺が本気出したらこんなだぜ、と空から警告された印象。実際、バスを降りてHくんと合流し、取り敢えずコンビニで雨具を買っとこうかという時に、私は70cmの傘を購入したのですが、Hくんは「この後の雨と風とは傘じゃ無理なやつじゃないですか? 僕はレインコートにします」と宣い私とは別の選択。どっちが正しかったか(或いはどちらも正しかったか、どちらも間違っていたか)は後述。

 Hくんがなぜ陸の孤島宮崎に居るのか、無論私の足になるためではなくきちんとした理由があって、それは昨日宮崎で開催された山下達郎のコンサートを観るといものだったそうで、つまりはもう目的を果たしたあとの残りカスみたいなイベントが今日の台風ドライブということでして。南国宮崎の台風ですから、風が吹き千切る植物もフェニックスとか規模のデカいのが多くて、踏んだらタイヤがパンクするんじゃないのこれ、などと。土砂降りにワイパーが完負けして前もよく見えないし、人に運転させててなんですけど助手席の居心地はなかなかに悪い(怖い)。
 取り合えず、ドライブと言えば「海が見たいわ」だと相場が決まっているので、海岸沿いを日南の方に行こうということになり、夕方までに往復できそうな目的地として「サンメッセ日南」及び「鵜戸神宮」を設定、帰りに時間があったら「青島神社」に行こう、と。

 往路でその「青島神社」を通過するのですが、その近くに店を構える老舗「岩見」にて観光前の昼食は釜揚げうどんとお寿司。店内には巨人軍の選手の写真がいっぱい貼られていて、流石に私だってキャンプ場があるということくらいは知ってるんですが、Hくんはアンチ巨人で私は野球に無関心だもんで話題の種にもならず。私「巨人だね」 H「嫌いです」と3秒。さっき車内で山下達郎のライブが如何に素晴らしかったかということを嬉々として熱弁していた時の熱量との落差が激しい。因みに、実家八女・現住所東京某所というHくんが何故に宮崎でライブ鑑賞なのかというと、日本全国申し込んでやっと宮崎「だけ」当選した(それでもかなりの幸運)というのが山下達郎なんですって。
 因みに、釜揚げうどんとお寿司とについては「まぁ名物だね炭水化物が不味いわきゃないよね」という程度の感想。助手席の私は飲んでもいいよね、と注文したビールを瓶1本で終わらせたのは、炭水化物だけを肴にそんなにゃガバガバ飲めんぞというのが理由なのですが、この選択が後々の自分を救うことになったと(身体で)理解するのは今から一時間後のこと。

 辛うじて夏と強弁してもいい9月末、海岸沿いをドライブするそのBGMにこそタツローは相応しい、はずなのに曇天暗雲暴風波浪のくねり山道はタツローを拒み、Hくんは早々に車内BGMを中島みゆきに変えます。「嵐明けの如月 壁の割れた産室」……これは「やまねこ」のライブバージョン、DVD音源を焼きましたね。

 宮崎を代表する観光地「サンメッセ日南」の入り口で捥りのおじさんに「本当に寄ってくの?」と軽く確認される程度の暴風(雨は大したことないです)。私は既に傘をさすのを諦めてさっき買ったやつを持ち腐らせるつもり、到着時のコンビニでの雨具選択について少なくとも私が間違っていたことは確定です。ただし、だからと言ってレインコートを選んだHくんが正しいのかといえばそれはまた別の話になるわけで。
 H「あっ、あっ、いや、手が入らない、目が、目が、前が見えない、あれ、あれ」
 なぜ車外に出てから羽織ろうとしたのかは知りませんが、フェニックスを吹き千切る暴風の中で薄い布を動かぬよう固定させるなど到底不可能で、風に煽られたくった薄いビニールはHくんの統御を離れ一反木綿(宮崎ではなく鹿児島の妖怪です)のように体に巻き付き。この人もうちょっとで窒息するんじゃないのと(雨に濡れながら)傍観している私をよそに5分ほど格闘した後で「もう無理! 濡れていきます!」とビニールを引っぺがしてポイしたHくん、彼も私と同じく間違っていたことが確定しました。
 二人とも間違っていたというのが必ずしも観光決行の選択自体が間違っていたことを意味しないということを証明するためにはこの「サンメッセ日南」を楽しみ味わい尽くすというのが絶対条件になると思うんですけれども、駐車場を出て歩き出そうとした段階で、同じようなことを考えていたのであろう7、8組の先客(大学生グループとか家族づれとかカップルとか)の悲鳴が丘の上から聞こえてくるんですもの。
 私「遊園地でコースターに乗ってる人の悲鳴だね」
 H「何がそんなに怖いんですかね」
 私「風に決まってんじゃんかそんなの」
 H「あ、結構な山道ですね、ここ」
 宮崎を代表する観光地「サンメッセ日南」は、イースター島公認のモアイ像群や現代芸術の彫像など、広大な敷地内に点在する映えスポットを巡る施設なのですが、その敷地が基本丘陵でスポット間の移動は結構な坂道を歩いて上り下りしなきゃいけないという明らかに晴れた日向けにのみ作られた場所でして。結構な坂道でこんな暴風に曝されたらそら悲鳴の一つも出るし上り始めて5分後には私もHくんも絶叫してる。
 H「先生助けて滑る、滑る!」
 私「アホかお前は素面だろこっちなんざさっきビール飲んだんだぞ!」
 マジで1本で止めといてよかったあそこで調子に乗ってたら間違いなくここで死んでたぞ、と坂道を上った先にある最初の映えスポットが、
 私「……海を見つめて並ぶ7色の等身大の人物像。成安造形大学滋賀県)の今井祝雄名誉教授の作品で、その一部が寄贈されたものです。『ヴォワイアン』は『見る人』の意」
 「見る人」を見る観光客。なんかニーチェみたいですけど。これが現代芸術、足組んでベンチに腰掛け海を見つめる7体のグラサンおじさんは、全身が青・水色・緑・黄緑・黄色・橙色・赤、の7体7色。シュール。一応、写真は撮りました、が。
 H「ヴォアイアン……」
 私「ドラえも~ん! ヴォアイアンがいじめるよ~!」
 H「……恥ずかしくないですか?」
 私「どうせ風で誰にも聞こえん」
 絶叫しながら映えスポット(どこも微妙)を巡っているうちに風に加えて雨まで酷くなり、たまらず山頂の建物(レストランとかイースター島に関する展示物とかがある)に駆け込み、私が「こんなん観光じゃなくて避難じゃん!」と軽く叫んだら、先に入ってた大学生3人の笑いが止まらなくなって人の幸せに貢献した気分。
 雨脚が弱まるのを待って恐る恐る坂道を下り、最後にして最大の映えスポット、オーシャンブルーをバックにそびえる7体のモアイ像のもとへ。辿り着いた時にはまた雨脚が強くなっていたので、像から30mほど離れた屋根付きベンチの下に避難。現在この「サンメッセ日南」に居る客のほぼ全てが集まってると思われますがそれでもせいぜい20人弱。一人が決死の覚悟で像まで走って2、3枚の写真を撮って戻る。また一人が決死の覚悟で像まで走って、というのを繰り返します。勿論私もやりました。背景の空と海とが灰色なもんで、何枚撮ってもモアイがシルエットでしか映らず顔の造作は一切分かりません。パンフレットのモアイ像はオーシャンブルーをバックに多少の愛嬌がありましたが、目の前の像は水木しげるイースター島奇譚」(第2期鬼太郎)のそれ、倒れて人を圧し潰すやつです。

 鵜戸神宮の本殿は洞窟の中にあるから雨に濡れないという事前情報は得たり、なんですけどもう既にずぶ濡れですし(さっきの「サンメッセ日南」の売店で糞ダサいモアイTシャツを購入)、本殿に入るまでに結構歩かないといけないから結局濡れるし。海岸沿いのむき出し岩肌(ずぶ濡れ)の上を暴風に煽られつつ歩くというのは攻略難度が高く、あまりの風でHくんの眼鏡が吹っ飛んだ時には他人事なのに心棒がしなって軋む音が聞こえた気がしました。雨風だけでなく、海沿いだから岩肌で砕け散る波の飛沫がどんどん飛んできて身体にかかるので、比喩ではなく額面通りの意味で「しょっぱい」観光になってます。一周して楽しい。
 洞窟内の本殿を観た後(あんまり記憶がありません)、売られていた「運玉」を5つずつ購入。「ご本殿下の磯に、母君豊玉姫が出産の為に乗って来られたと言われる霊石亀石(れいせきかめいし・桝形岩)がある。この亀石の背中に桝形の窪みがあり、この窪みに男性は左手、女性は右手で『運玉』を投げ入れ、見事入ると願いが叶うといわれている」(HPより引用)そうで、来た以上はそりゃやりますけど、そんなもん端から入るわきゃないわけで、「運玉」は投げた橋から風に煽られあらぬ方向に昇天(ほんとに落下すらしねぇレベル)していきます。
 H「先生、何願って投げたんですか?」
 私「これ以上濡れたくない」
 H「叶うわけないじゃないですか」

 帰りも暴風、海座頭が出てきそうな海を横目に狭い道を一時間。先ほどスルーした青島神社を観光したら今回のノルマ(?)は達成です。徒歩で渡れる「珍島物語」みたいな島の中に本殿と元宮。鬼の洗濯板と呼ばれる海岸の風景は時化のせいでモノホンの地獄、それなのに信心というのは恐ろしいもので、ご老人の乗った車いすを押す参拝者の姿すら。お参りの願い事は、ここは素直な心で全て母君のことです。
 Hくんに市内のホテルまで送ってもらった時点で午後16時過ぎ。彼には、予め宮崎駅の土産物屋で南国フルーツジュースの詰め合わせを買っておいてもらいました(母君へのお土産にします)。これから高速で八女まで帰るというHくん、数日後にF校の同窓生・教員と飲むらしいのでそこに交ぜてもらい、その支払いでお礼をすることに。

 チェックイン後はとにかく入浴。大浴場があるホテルにしておいて正解でした。広々とした浴槽に浸かったら、本日の疲労(いや、楽しかったんですよ)が全て湯に溶け出していくような気がします。
 復活。
 本日2件目のメインイベントは、67回生宮医1年Fくんとご飯を食べに行くこと。こんな陸の孤島(失礼)からわざわざど田舎K市(失礼)まで職員室訪問をして下さったのにも関わらず3度すれ違ったお詫びにこっちから宮崎に乗り込んだるわ、というのが今回の1泊2日のそもそもの発端でした。ホテルを出る時刻にはあたりは真っ暗、但し雨も風も止んでいました。
 居酒屋「もも鐵 えん」、完全に直感で選んだんですが、宮崎名物一通りというメニューラインナップで良いお店でした。刺盛には「ひむかの本サバ」入り、地鶏焼き、宮崎牛ステーキ、冷や汁。飲み物は知識としては知っていた(冬虫夏草入りの)「金霧島」等々。カウンターで2時間、「チキ南」(とFくんは略してました)以外は全部食べたような気がします。

 Fくんは宮崎大学医学部1年生でバレー部に所属、趣味は筋トレ。外進A組出身で高1の時は私が担任でした(高2・3年は学年主任地理先生が担任)。外進男子の中でも際立つ硬派・真面目なタイプで、教員と(少なくとも私と)積極的に喋ってコミュニケーションをとって、という人ではなく。だから私は専ら観察するだけで、「あ~、真面目に勉強してんな~」と遠望、器用とか適当とか効率とかいう世界と縁のない彼の愚直貫徹と天運御褒美とを祈っておりました。合格したから書きますけど、高2の途中あたりで「あら?」と思う時期があったので、担任を離れてから1回だけ話しかけたことがあったかな。っつっても、何回目かの定期がやや不調だったというチャンスを捕らえて授業終わりに「次でリベンジね」「はい」くらいのやり取りをしただけですけど(その後、ちゃんとリベンジしたから偉い)。
 そういう関係ですので、今日カウンターで並んでよく2時間も喋れたな、と。こっちが大学生活のことを聞くばかりでこっちから有益な何かを差し出すみたいなのは全然なかったんですけれども、部活のことに勉強のことにと色々と。「大学の勉強は楽しい?」の質問に「物足りない」という返答は二重丸でした。

 オッサンだけほよほよに酔っぱらって、絶対断れないの判ってて「2軒目に行こ~」と未成年をカウンターに座らせて(2軒目店名失念)、さらにさらに「辛麺食べてない!」と終電逃す時刻まで連れまわして3軒目に入って。ドロドロの39歳に辛麺屋の作法(辛さの度合いの違いなど)を教えつつ、私が注文した瓶ビールをグラスに注いで下さるFくん。こういうの部活でやってるのかなぁ、などと考えつつトロトロ軟骨を肴に。軟骨も蒟蒻面の辛麺も美味しかったです。
 最後はタクシー。私のホテル経由でFくんちまで。タクシー代は多めに渡した気がするんですけれど、酔っぱらってたから自信がなく。まぁ、もしFくんに手出しを強いてたなら、次に宮崎に来た時にまた奢るってことで帳消しにしてもらおう。いや、宮崎、サンメッセも神宮も神社も楽しかったし、何より夜に食べたものが全部美味しかったし、車さえあれば最高の観光地だって解ったんで。次は晴れた日に来たいなぁ、そしたらもうすぐ車の免許が取れるっつってたFくんに色々連れてって貰えないかなぁ、などと考えながら健康睡眠。身体は疲れ切ってましたんで、もうほんとに、泥のように。