一夜に燃え落ちて 甘い夢見て

 早朝起床、大浴場で入浴、朝食は摂らずにチェックアウト。朝食が通常通りのバイキングなんだったら折角の高級ホテルだから、と思っていたのですが、コロナの影響でバイキングが中止になり、和洋の定食形式で予めメニューが決まっているものしかないそうなのでやめておきました。

 チェックアウトのフロントにお願いしてタクシーを呼んでもらい、京都駅まで。途中、道路の看板に書いてあったのが目に入り。
 私「今通ってる道、富小路っていうんですね」
 運「ご存じで?」
 私「『方丈記』の」
 運「あぁ、昔の富小路はこの道と違う道のことを呼んでたらしいですよ。お客さんが乗られたホテルのあった道」
 私「あ、じゃあ火元は」
 運「お客さんのホテルの方が火事場に近い」
 運転手さん、お強い。京都のタクシー運転手さんって、「大戦の時に」とか「豊臣さんの時に」とか、歴史に強い方が多い印象があります。

 倉敷への電車で、67回生某くんから、後期医学部合格報告が。一浪で工学部進学を目指していたのですが最終的には医進を決定。銀メダリストが歓びを爆発させることはないので安易に声が駆けづらいところではありますが、後期受験後には力を出し切ったと言っていたしその上で採ってもらえたならそこが行くべき場所だったということなのでしょう、と。

 ①カフェ「有鄰庵」
 倉敷駅から美観地区までは徒歩10分ということろで、到着時がちょうどお昼時(色々なお店が開店する時刻)だったので、「有鄰庵」という人気の古民家カフェに入りました(私が入った後で凄い勢いの行列が出来ていましたが、一巡目で入れる順番で並べました)。
 注文したのは「鯛のおひつごはんランチ」。ゴマだれで漬け丼、黄ニラ醤油で卵かけご飯、鯛のアラ出汁でお茶漬け、と3度美味しいひつまぶし方式。黄ニラ醤油がもの凄く美味しかったので、これを購入して事務嬢さんへのお土産にすることに決定。
 ランチにはデザートとドリンクとがついていたのですが、これがお店の名物だそうで。デザートは「しあわせプリン」、倉敷の有名な名物だそうです。透明な瓶に入ったプリン、一つ一つに目(点々)と口(ニッコリ)とが描かれていて、真上から採ったら映えるよ、と訴えています。提供時に店員さんが「食べてから2週間後に、プリンを撮った写真を眺めながら倉敷やお店での楽しかった記憶を思い出せれば、その人には幸せなことが起こる(大意)」というジンクスを教えて下さいます(そういうタイプの「フレンドリー」なお店です。SNS拡散を無言の内に促されています)。
 ドリンクは桃ジュース、とろとろで美味しかった……んですが、注目は入れ物で、ピンク色のガラスは、底の部分がプリンプリンのお尻の形に割れててこれがメチャメチャ可愛らしい(ガラス作家が一つずつ手作りしているそうです)。これに惚れて、自分用のお土産に小さい物を購入することに(これで母君のお供えを出したら怒られますかねぇ)。

 さて、カフェ隣接のお土産屋で買い物(自分には桃尻小グラス、事務嬢さんには黄ニラとパクチーの醤油セット)をして外に出て改めて見回します、と。
 先のカフェについて「凄い勢いの行列が出来て」と書きましたが、三連休中日の倉敷美観地区、人、めっちゃ多い。家族連れ、カップル、フレンズ、お一人様(皆無)、等々がハチポチのごった返しです。自粛何処吹く風、岡山からコロナがまだ出ていないというのもあるんでしょうか、初訪問なので解りませんがこれで通常の半分とか7割とかの人出というんなら普段は満員電車ですよ。昨日の清水寺でも思いましたけれども、自粛疲れで自棄糞反動の外出と呼ぶには、道行く人の顔が皆穏やかで幸せそうなんですよ(言い訳めいてますかね。或いは清水や美観地区の雰囲気にそうさせる力があるのかも知れません)。

 ②大原美術館
 外はごった煮の人出、言葉は悪いけれど「モンスターハウスだ!」って感じだと言うなら、この美術館の敷地には巨大な「聖域の巻物」が置かれてるんじゃないか、という。口に出して「嘘っ?」って言いましたもん。何でこんなに人が居ないの? 最後に入った(美術館を経ずにそこだけ訪れることの出来る)併設グッズショップは芋洗い状態で、私も20代はその口だったから解るんですけど結局美術館には興味がないグッズだけ欲しい、なんですよね(63回生リクルートEくんに「コトよりモノってのが人情なんじゃない?」って言ったら怒るでしょうかね)。だって、エル・グレコ「受胎告知」の前に15分立ってたのに、他にだ~れも来なかったんですよ?(京都同様、倉敷も外国人観光客は皆無でした。そうでなかったら、或いはもう少し鑑賞者が多かったのかも知れません)
 で、結論。これまで訪れた美術館・博物館の中でいちばん居心地が良かったです(空間全体でも、一つ一つの建物でも)。分館の前に広がる庭園で休憩したり散歩したり、っていうだけで入館料を払えます(実際、庭のベンチに腰掛けて30分くらい読書が出来ました)。以下、箇条書き。
 本館はギリシャ建築風、左右にロダンの彫刻が飾られた入口。展示場の幅は11.5m、これはレオン・フレデリック「万有は死に帰す、されど神の愛は万有をして蘇らしめん」(7枚画)をぴったり飾れる長さ。この作品もモネ「睡蓮」も勿論エル・グレコ「受胎告知」(これだけ、専用の展示コーナーがあり)も、全てが留学中の児島虎次郎が足で稼いで買い集めた作品だそう。
 前に広がる庭園で30分以上の足止めを食らった後で、分館。近現代の日本の芸術家の作品が展示、岸田劉生イサムノグチ横尾忠則草間彌生草間彌生の作品を観るのは初めて)、等々。地下1階の現代アートコーナーには、私よりもずっと年若い20代そこそこの作者のものも。
 米倉改装の工芸・東洋館。工芸館、棟方志功濱田庄司・バーナードリーチ、等々。1階2階と入り組んで階段も急、米倉の生活感そのまま、の空間に用の美の「民藝」がぎっしり。余りに狭いので、ここだけは他の鑑賞者と接近して、空間を譲り合う必要あり。東洋館、栗の木レンガが床でぐらぐら、歩くと木の音。東アジアの古代美術、甲骨文字の実物と解説(解読)の読み比べが楽しく。

 ③美観地区
 倉敷川の両側に白壁の住居・蔵(を保存した施設)がずらり。嘗ては運河だった倉敷川の川舟船頭体験に申し込み(2時間後の16時の舟が2席だけ空いていたので予約)。
 倉敷民藝館は江戸建築の家屋そのままの中に、年代も地域(世界中の「民藝」が集合)も区別されずキャプションも無い状態で種々の展示物が「放置」された様子に、柳宗悦も説いた「知る道」ではなく「見る道」を追究する強い意思。館内撮影自由。
 川舟体験。船頭氏による倉敷の仔細な説明を聞きつつ、6人乗りを埋める5人(カップル・私・カップル、という地獄の3列)は両岸ずらりの観光客にバシバシ写メられながら川の上を滑る。偶然にも花嫁舟(結婚式の後、新郎新婦を乗せた舟が倉敷川を滑り、皆の祝福を受ける)とすれ違うなど縁起が良く。
 倉敷はデニムの聖地、デニムストリートのショップでジーンズをリメイクしたバッグを購入、そのまま使用。「青色は食欲減退!」がキャッチフレーズの「デニムまん(350円)」はどうしても食べる気が起きず。
 某雑貨店が『ゲゲゲの鬼太郎』と組んでフェアを。2階スペースに手作り感溢れる(ややチープな)お化け屋敷、1階のデニムコーナーでコラボグッズを発売。棚ごと持って行きたい中から、Tシャツ・コースター・トートバッグを精選して購入。
 ずらり並んだ住居蔵改装施設の中に「学校法人加計学園 学校法人順正学園 加計美術館」なる建物があったことには誰も気づかぬ様子。入口看板のみ写メ。

 倉敷では、20000円出したら総大理石の浴室がある広いツインに泊まれるそうですよ(今日はキャンセル補填価格の6000円です)。浴室とシャワー室とが別だというのは、それこそ教え子警察官僚のポケットマネーで泊まらせてもらった恵比寿「ウェスティン」以来2度目で、これだけで安月給田舎教師の分際を超えてます。このセパレートを良い角度から写メるためだけに催してもないのにズボンを履いたまま便座に腰掛けるという滑稽、これが「体験」を買うということなのかしら。

 夜は、当て勘で予約した「居酒屋寿hisa」という店のカウンターで『孤独のグルメごっこ。「お試しコース」3800円を肴に瓶ビール2本、半合の冷酒を5種類。先ずは秋田「雪の茅舎」、島根「王祿」、栃木「鳳凰美田」、の結局そこかよという「もりき」セレクション……が打ち止めの後は、個人的に好きな宮城「乾坤一」と、初体験の山形「山形正宗」……これが気持ちイマイチな味だったのが引き際でした(これがヒットしてたらまだ飲んでたかも)。割とお高いお店なんだと思うんですけど、昨日の京都3軒(with67回生Yくん)の総計と比較したらお会計は1/4です。
 帰路、20時半の美観地区、無人。有名なアーティスト(名前失念)がプロデュースを手がけた建造物ライトアップは圧巻の美しさ(特に、ギリシャ建築風の大原美術館本館)、今日の川舟で船頭さんが「夜景こそが綺麗なのに皆日帰り」という嘆きは本当でした。酔い覚ましの川縁散歩の心地よさ、缶ビール片手に歩きつつ「ホテルではツインのどっちで寝ようかな、二度寝ならベッド移ってもいいな」とか下らないことを思いながらホテルへ。

 結局、ベッドの寝心地が良すぎて、8時間以上昏々でした。