楽しいバス旅行

 予報通りの天晴れで高校クラスマッチは決行結構、今年度の私は上京不可にキレ散らかしてる不良教員なので年休は権利だと中年の主張、一週間前の宮崎に続いてぶらり独り旅の行く先は北九州市、3歳から12歳を過ごした都市(F校進学後の私の在所は事実上、K市~東京~K市)を軽い里帰り気分で散策します。時間はたくさんあるので8時台に出発のJR鈍行でK駅~小倉駅は2時間超、車内では窓際の席で珈琲を飲んだり車窓を眺めたり本を読んだり。通勤ラッシュとはズレていますが流石に博多~小倉間は座れない乗客も多い混雑、しかし声を出す人は皆無で何メートルかは離れた大学生(?)のイヤホンからの小さな音漏れすら聞こえるレベル。

 10時45分に小倉駅着、脇目も振らず早足で平和通りまで直行したら11時開店の8分前に一番乗り、昼食は名店「田舎庵」の鰻です。ここは外食嫌いの母君も例外的に好んだ店でした。一番乗りの私は1階席一番奥、ガラス越しに中庭が見える特等のテーブル、4人掛けを独り占めです。注文はうざく・天然鰻のせいろ蒸し、「日本酒チャレンジ」で大分「西の関」(純米)を1合。
 うざくをつまみに冷酒をチビチビとやっていると、開店10分後には1階席のテーブルは全部埋まりました。出張会社員の「孤独のグルメ」、人生のベテラン夫婦が2組、如何にも業界人という先輩後輩コンビは私の隣の席で日本酒をチラ見してちょっと羨ましそうなのが申し訳無い。でも、如何にも「日本酒!」な「西の関」はちょっと口に合わず、折角の観光で昼から酔っ払う気持ちは無かったので、頑張って6~7尺口にして後は残してしまいました。皮パリ中フワの鰻はかかっているタレが(K市と比べればかなり)あっさりなので、セイロぎっしりの御飯も無理せず完食できます。肝吸いも美味、お新香は普通。

 最初の観光はリバーウォーク14階にある「ZENRIN MUSEUM」、小倉在住のベテラン数学先生からオススメされました。今年の6月にオープンしたばかりの博物館で、入館料は確り1000円の強気、ですが展示内容充実・パンフレット豪華、しかも今はコロナ禍で不可なのですが本来なら常駐スタッフが展示について解説をしてくれるんだそう。写真撮影は不可ですが、床に原寸大で再現された「大日本沿海輿地全図」、及び14階からの景観だけはOKでした。小倉城や図書館が見渡せます(私の通った西小倉小学校や住んでいた金田団地のある方向です、って言って通じる人は多くないでしょうが)。映画『図書館戦争』でも使われた緑屋根は磯崎新の代表作の一つと言えるのでしょうか、小学生時代は足繁く通って色々な本や紙芝居(!)を借りたものです。
 私の入館と入れ替わりで出て行った3人組は居ましたが、私の滞在中は客は私だけ。附設の喫茶店の無料チケットをもらったので帰りにアイスコーヒーを飲みました。店員さんに伺えば、今日は午後に団体の予約が入る(社会見学だそうです)など、客足は徐々に上向いてきているとのこと。小倉までの電車の車窓から「ZENRIN」の自社ビルが見えましたが、以前はここに会社が入っていたそうで、移転に伴いオープンしたのがこの博物館だということでした。サービスチケットをもらったので、最後には1階にあるミュージアムショップで少し買い物も。

 リバーウォークから市バス、小学校時代の同級生の実家のお寺だとか、小6の春休みに『金田一少年の事件簿』の第「Ⅰ」巻を買った「中尾書店」(中尾ミエの出自に関係のある書店だと聞いたことがあるような)だとか、小学校時代には御馳走の代名詞だった到津三叉路「Volks」だとかを通り過ぎて、30年ぶりに訪れたのは「到津の森公園」(嘗ては「到津遊園地」の名だったような記憶)。動物園ではなく自然公園というコンセプト、平日ですが小さな子どもを連れた家族や(多分)大学生のカップルがいっぱい。危なくない動物については触れるほど近くに寄れますし、これは30年前と同じでヤギにエサ(キャベツ)をやることも出来ました(昔から、やつら、めちゃめちゃ貪欲なんです)。様変わりの園内でしたが、ヤギの臭いは少しだけ「懐かしい」を喚起させてくれたような気がしたり。

 今回の旅行の主目的は、到津からタクシーで10分程の山の上にある北九州市立美術館、初訪問です。双眼鏡型のユニークな建築は小倉の図書館と同じく磯崎新作で、入口のデジャブ感の理由を(Wikipediaで)調べたら、ここも映画『図書館戦争』で使われてたんですね。目的は特別展の「GIGA MANGA 江戸戯画から近代漫画へ」、水木チルドレンならマストの素晴らしい展示。年末年始の東京会場開催は訪問が出来るか甚だ怪しいので今の内に是非観たかったのです。

 美術館から七条まで市バス3分、ここで乗り換えて黒崎へ向かうのですが、これが八幡高校(かな)の生徒下校と完全に被ってしまってバス停は大行列。目の前に並んだ女子3人組の1人がやたら元気で、「いやそれは授業中寝るというのは私が悪いよ反省してるのよ本当にでも私が寝るような授業をしている××先生にも少しは悪いところがあると思うのよそれを一方的に私が悪いって叱るってのはどうかと思うわけよっつかあのバス××乗ってんじゃん××せんせ~! バカヤロ~!」とマスク越しでも判る満面の笑顔でバスのガラス向こうに両手を振りたくってたのは大変感じが良かったです。

 黒崎駅ビル隣接のホテルにチェックインして大浴場で入浴、部屋に戻ったら17時40分で時間調整は完璧です。着替えてホテルから徒歩10分、黒崎一の人気(と言って良いと思います)割烹「O・M」へ。初訪問のここで、何というか色々と勉強させて頂きまして。
 そりゃね、こちらの方ときたら最初の一皿(白味噌に栃餅)を見て大将(←同じ年くらい)に「もしかして『ミスター味っ子』ファンですか?」と訊きそうになったレベルのダボですよ、ミシュランお一つ星の料理群にはただただ目と舌とが眩むばかりでなんらの文句も無いです。でもですね、あちらにだって2万円のコース・700円のビール1杯・5000円の日本酒ペアリング(税別サ込)で最後の会計が37000円になる道理は無いと思うんですよ(実は「サ別」だったとしても計算は合わないですよねぇ)。今日の日本酒ペアリングが如何に素晴らしいかを2時間ずっと力説されましたけれど、それがどんなにプレミアだろうが原価馬鹿高値だろうが、メニューに書いてある以上の値段取ったら(或いはこっちの承諾無しに勝手に追加注文取ってたら)押し売りなんじゃないかなぁ。というか、今回のペアリング、所詮「黒龍」一蔵が高い順から勢揃いしたってだけでしたもんね。普通じゃ買えないお酒だというのは解りますし、蔵の社長さんとの個人的人脈作り等々は乙かも知れないけれど、言ってみれば今日の趣向は単なるコンプ厨、客に色んな酒蔵紹介するより自分がやってみたかった遊びを優先しただけって感じ。先月は「而今」祭りだったとか聞きましたけど、それ、面白いのかなぁ。
 とまぁ、「日本酒チャレンジ」とか言ってるスーパーコンプ厨の脳天に特大のブーメランが刺さってますけど。「黒龍」は当然「チャレンジ」完了の蔵。念のため、昼の「田舎庵」で未踏破の「西の関」を注文してて良かったです(お陰で「チャレンジ」は継続)。
 というか、もしかしたら私がフィンガーボウルの水をチェイサーと間違えたみたいな地雷踏んで暗に出禁食らっただけなのかも知れませんけど(大将、最後は店の外まで見送りでとても感じが良かったんです)。それとも、高級店では当たり前の暗黙の会計ルールを素人が知らないだけなのかしら。
 最初から37000円だって聞いてたら全く問題ない味と雰囲気とでした。払ったお金に不満があるわけではなくて、ただ腑に落ちないだけなんです。

 というわけで、11/05は黒崎の夜で「自粛御膳」をお休み、割烹「O・M」の後はバー「クラスター」で軽く飲み直し。時節柄アレな店名ではありますけれど、素晴らしい空間でした。雑居ビル2階、スナック居抜きで11年目(カウンター6席と、低めのテーブルのソファー席が幾つかと)、極力灯りを落とした店内に小さめの音量でジャズ。カウンター越しで(恐らく私より)お若いマスターの隙無しの所作に見惚れつつ、豊水のカクテルとモヒート(ミントは千葉産)とを注文。飲み終わったモヒートはチェイサー(ミントウォーター)にしてもらえ、最後はアイリッシュウィスキーを。チャームが無いので最初にスモークチーズを注文、ドリンク3杯と合わせて4000円。
 1軒目の「O・M」では釜炊き御飯の余りをお結びにしてお持ち帰りというのが恒例(翌朝食べたらこれがまた旨かったんですわ)なんですが、最初に着席して店の名前が小さく入った紙袋を床に置こうとしたら、マスターが「食べ物ですから、どうか隣の椅子に置かれて下さい」と一言。それが台詞も声質もタイミングも目線まで完璧なのに唖然……で、そのまま唖然とした状態で1時間強を過ごしちゃいました。格好えぇ~。

 ホテルに戻って健康睡眠。