舞台の上で必死に生きるのみです

 何せ実家のあった街ですので、まさか小倉でホテル泊の日が来るなど思いもよりませんでした。駅2分のビジネスホテルが「テレワークプラン」という名称で朝食込み3200円という破格。サンドイッチのBOXはミックスサンド・カツサンド・サラダ・ヨーグルト、可愛らしくて美味しかったです。ドリンクバーもありました(簡易のビニル手袋が義務づけられていました)。私は本を読みながらイートインコーナーで40分ほど座っていましたが、その間にやって来た数人の男性は皆部屋に持ち帰って食べることにしているようでした。

 遣都沼ズブズブのパイセンからタダでチケットを譲り受け、緊急事態宣言の福岡県から緊急事態宣言の兵庫県まで舞台鑑賞に出掛けるという蛮挙、後ろ指は必至やもですが、こうなったら開き直って(感染対策に気をつけながら?)楽しんでくるしかありません。
 新神戸への新幹線は東京行き(5時間)と違って建ったの2時間ですから車内でやれることは多くありません。緊急事態宣言下につき車内販売は休止で、旅行中だけ自分に許すコカ・コーラは今回は諦め。「のぞみ」車両内は土曜の午前中だというのにガラガラで、私が座った車両には僅か5人の乗客しかいませんでした。
 車内では、マスクをずらして缶コーヒーを飲みながら、音楽を聴いたり小説を読んだり。読了本は旅行の最終日に。

 車内で聴いたCDは20年前の作品の初視聴で、大友良英山下毅雄を斬る 大友良英 プレイズ・ザ・ミュージック・オブ 山下毅雄』。60~70年代のヤマタケサウンドを手練れの友人たちとカバーした作品、★★★★★。ヤマタケですから伊集加代(←大好き)とチャーリー・コーセーとの参加はまぁそうなんでしょうけれども、大友氏縁故採用(?)のメンバーの混沌が凄くて、エンケンが「ジャイアントロボ」(どパンク)で山本精一が「涙から明日へ」(弾き語り)でPhewが「ガンバのうた」(サイケ)、聴いてて目眩がしそうです。総じて格好良いアルバムですが、「悪魔くん」のヴォーカルだけは本歌の水島早苗に軍配、異論は認めん。

 新神戸駅で乗り換え、の前に駅徒歩10分の「布引の滝」を観てきました。山の中の駅だとは思ってましたが、まさか駅裏にこんな自然観光ポイントがあるとは。参道石段は去年9月に伏見稲荷で転倒の過去があるので慎重に。
 タクシーで宿泊先の三宮に移動後は、先ず腹拵えをインド料理「ショナ・ルパ」にて。ここは2度目の来店で、カレー(昨日がチキンだったので今日は海老を)が美味しいのは知っていますが前回はライスにして失敗した(苦手なタイプのサフランライスだった)ので今回はナンを注文。野菜コロッケにはたっぷりのチャツネ、チャイは無糖だったので最後の一口にだけ砂糖を一掬い。人気店に1時間の滞在、土曜なのに私を含めて2組の客入りだったのは宣言の影響なのかなぁ。

 その「ショナ・ルパ」から徒歩5分の場所に宿があって、その隣が三宮では有名な観光地である「生田神社」だったので、先ずはここに参拝をして敷地内の森を散策。ここが「蒲鉾」発祥の地(諸説あり?)だというトリビアは面白かったです。合格祈願鉛筆が売られていたので、30本購入しました。これは受験生69回生用、直前期まで「ボラ添」を出してきた方に差し上げましょう。2次試験はマーク式ではないので使い途はないでしょうが、御守ということで(あ、東大は英語でマークがあるのか)。
 14時にホテルチェックイン。夕方の観劇まで時間があるので、三宮を徒歩散策することに(宛は全くありません)。

 異人館通りの方へぷらぷらと歩いたら、「神戸ムスリムモスク」~「ジャイナ教寺院」~「北野天満宮」とちゃんぽん(?)出来ました。
 「ムスリムモスク」は中に入って見学が可能で、「東京ジャーミイ」の絢爛に比べたら大分素朴な印象ではありましたが、内部(写真禁止)のシャンデリア・カーペット・内壁等々の装飾は美しく、父子の礼拝する姿も見られました(何だか申し訳無くて距離を取ってしまいました)。「北野天満宮」は高台の上、展望台からは神戸一望です。近くの公園ステージで春節の音楽イベントが行われていましたが、無観客配信にするということで会場はシートで囲われていて音が聞こえてくるだけ。

 異人館通りは殆どの施設が緊急事態宣言を受けて休業でしたが、「風見鶏の館」と「萌黄の館」とだけは公開されていました。「風見鶏の館」の方は館内の至るところに折り紙で作られたアニメ(ゲーム?)のキャラクターが飾られているのに違和、係の方に伺えば館を舞台にしたアニメが大流行で神戸市も協力とのこと、これはこちらの不見識でした。

 2時間程街歩きをした帰り道に、小学校を改装した「きたの工房のまち」という建物が。中に入れば要は商業施設なのですが、建物内を(木の床をギシギシとさせながら)歩くだけで「あの日」に帰れそうなノスタルジー。和蝋燭を扱った店があったので、匂いや見た目で母君を楽しませそうなもの(蝋燭・線香)を幾つかお土産に買い込みました。

 一旦ホテルに戻って16時、荷物を置いて直ぐに外出の目的地は三宮「阪急」です。地下の食料品売り場は今日一の「密」で、私は三宮観光の貴重な1時間をここで惣菜・酒選びのためだけに蒸発させたのです。だって、夜の観劇、終演後に三宮に戻ったら既に20時半過ぎ、ホテル着は21時です。緊急事態宣言下の街はゴーストタウンになっている筈ですもの。ホテルでコンビニ飯「だけ」は嫌ですもの。食べ物は100gずつ6種の洋風お摘まみ、ナッツ類。お酒は京都の地酒を300ml、ビールを2缶。
 ホテルに戻って買い込んだ食料品を冷蔵庫にしまい、満を持して舞台『フェードル』に出発です。会場最寄りは西宮北口駅、これは阪急電車で1本ですから余裕ですね……

 ……と思ってたら、阪急構内にて愕然、人身事故で電車が止まっています。駅員さんから17時半過ぎまで電車は動かず、これを待っていたら開演18時には確実に間に合いません。西宮北口駅への移動方法を駅員さんに尋ねたら、阪神電車で今津に向かってそれから乗り換えとのこと。
 阪急だ阪神だJRだとややこしいんじゃ! と切れ気味に構内をダッシュして(下品)、何とか今津に向かう17時22分の快速に乗れました。今津着が17時39分、そこからは電車を乗り換えるよりタクシーの方が早いかな、いや、全く同じ状況の人が今津のタクシー乗り場に並ぶかも。

 結局、阪神電車を今津の前の西宮駅で降り、そこからタクシーに飛び乗って兵庫県立芸術文化センターへ行ってもらいました。渋滞でやきもきしましたが、天とパイセンとへの祈りが通じたのか、辛うじて開演1分前の17時59分に着席出来ました(開演直後に少なくない人数の客が入ってきたのは多分電車の犠牲者)。
 キャパ800の座席は8割強の入りで私の両隣は空席でした。緊急事態宣言前に市松模様の空席を取らない全席発売でこれは瞬く間に完売でしたから、宣言後にキャンセルが出たということでしょう。無論、検温・マスク・無言等々の対策は取られています。

 ギリシア悲劇「ヒッポリュトス」に想を得たジャン・ラシーヌの作品。神話の道具立ての馴染みの薄さで混乱しそうになりますが、物語の筋自体は実に単純です。「好き」を矢印にしたら、「谷田歩(アテネ王)→大竹しのぶアテネ王妃)→林遣都(王の息子・王妃の義理の息子)→瀬戸さおり(囚われの王女・アテネ王の政敵)」という。当然、「憎しみ」を矢印にしたら、「谷田歩→林遣都」「大竹しのぶ瀬戸さおり」ということになります。他の重要な登場人物はキムラ緑子アテネ王妃の乳母)で、王妃が義理の息子を誘惑した事実を誣いて、義理の息子が王妃を誘惑したと王に吹き込む役割。

 筋立てが単純だから、安心して演者が舞台で生きる姿に身を委ねられるんですが、殆ど全ての登場人物が120分(休憩無し)叫びっぱなしなんじゃないのかという凄まじい熱量でした(少し疲れました)。パイセン注視の林遣都の出番は実はそんなに多くはなく、大竹しのぶとの絡みは1場面だけですし(パイセンは演技で食われないかとご心配でしたが、何せ大竹しのぶに告白されて食われそうになるという筋だったので問題なしでした)、最期は所謂「ナレ死」でした。あ、見目は麗しかったです、確かに。
 でもってやっぱり、結局は大竹しのぶ劇場(激情)になってしまう。ラストシーンの断末魔は夢に出るレベルで、そう言えばこの人『黒い家』の住人だったわ、と久々に「あれ」を思い出しました。加えて、悲劇悲劇とばかり思っていたので数ヶ所以上で客席を笑わせるシーンがあったのが意外。特に、最後にフェードル(大竹しのぶ)が破滅に向かうそのトリガーが弾かれた瞬間の演技で笑わせに来たのにはびっくりしました。
 7度のカーテンコールの最後に、大竹しのぶが「舞台の灯を消さないように」と挨拶。観て良かったと思いました。

 当然パンフレットは2冊購入、チケット代を頑として受け取られないパイセンに「じゃあ、お土産奮発します」と言ったら「パンフだけでいいの。パンフに遣都くんが載っているだけで十分だから」とのこと。申し訳ないので、ホテルに戻る電車の中でもホテルに戻ってからの部屋でもLINEで「生遣都くん」だとか「遣都くんと生で」だとか節操の無いメッセージを連打されても、「あんた節操の無さが段々フェードルに似て来とるぞ」という返信を送るのは自重しました。

 2/13も「自粛御膳」はお休み、ホテルの部屋でデパ地下惣菜の夜を。
 洋風惣菜6種・ナッツ。
 パイセンからは「飲み過ぎて林遣都の美しさを忘れるな」との厳命だったので、パンフを読みつつ記憶を反芻しながらの独酌です。
 318蔵目・京都「玉乃光」(純米吟醸 祝100%)。

 健康睡眠。