啐啄同時

 ホテル起床、朝風呂、博多駅前のホテルを8時前にチェックアウト。博多駅まで歩いて地下の粥屋で中華粥のモーニング。本日から1泊2日で広島旅行、博多から広島は新幹線で1時間強というところ、ご近所感覚。
 広島駅着、先ずは駅構内のお土産売り場で事務嬢さん・Hさん・「もりき」さんらへのお土産(日本酒・焼酎)及び、広島の未踏破蔵のお酒を自分用に数本購入。一気に重たくなった荷物を軽くするため、先ずは路面電車で移動して宿泊ホテルのフロントに荷物を預けました。「ドーミーイン」、平和公園及び夜の飲み屋(予約済み)から徒歩圏内ということで選びました(大浴場にサウナがあるのが魅力です)。

 取り敢えず、平和公園に来たなら先ずは原爆ドームを……と歩いていたら、おじさん(業界風)がにへらにへらと笑いながら近づいてきて道を遮る。曰く「映画撮影中なんで迂回を」と。他意無く「何の映画なんですか?」と問えば、苦笑いで「言えないんです」だって。ということで、ちょっと迂回したところにある橋を渡ってドームに近づく途中、ふと振り返ったら撮影待機中の俳優さんらしきシルエットが、というか髪型とコスチュームとが見える。おいおい業界風、あそこは「言えないんです」じゃなくて「言う勿れなんです」って答えるとこじゃんかね。確かに、広島が舞台の章がありましたね、あそこが映画化されるのかぁ。
 原爆ドーム峠三吉詩碑(これを見るのは実は初めて)、資料館。平日だからか、資料館の訪問者は圧倒的に海外の方が多く(私の退出後に、修学旅行の団体が入れ替わりで入りました)。入口の壁一面に大きく原爆投下以前の広島市の写真、街頭の看板に関屋敏子のリサイタル告知があるということは、開戦(パールハーバー)より前の写真ということですね。数年後の関屋敏子自死も、その4年後の広島壊滅も、この時には知る由もだったんだなぁ、など考えながら展示場へ。広島自体は数年ぶりながら資料館に入るのは30年ぶりくらいのことでしたが……職業柄か年を取ったのか、児童生徒学生の悲惨な最期を連続して突き付けられる展示に半ば精神が堪えられず。辛かった。「生きてる僕の影だけ動く」はF校卒業生の歌会始入選歌、彼はここの「人影の石」の前に立って戦禍を思ったんでしょうか。

 資料館を出たらお昼時、ですが朝食を摂ったので昼は抜いて、代わりに次の目的地まで歩いて行く途中にあったミスドでコーヒーを2杯。
 「ひろしま美術館」の常設展示が最高でした。マネ「灰色の羽帽子の婦人」もルドン「ペガサス、岩上の馬」もルオー「ピエロ」もローランサン「二人の女」も鴨居玲「協会」も全部撮影OKって太っ腹が過ぎませんかね。私の他に訪問客が居ないタイミングで写真を撮りまくり。接写(部分)8枚をFacebookにアップしたら、何だか作者・作品当てクイズみたいになってしまいました。

 その後、再び徒歩で広島城方面へ。広島城縮景園広島県立美術館を見学。途中で某コンビニチェーンの店舗にATM利用のために入ったのですが、入口にの張り紙にちょっと驚いてしまいました。「当店ではマスクの着用は任意です/皆様の自由意志を大切になさって下さい」と日本語・英語で。
 県美を出た後で捕まえたタクシーの運転手さんは「広島城はがっかり名所でしょう?」と仰有る。確かに復元は(国体開催に乗じた)突貫だったのかも知れませんが、天守閣内の展示はずっしりと重かった。とんでもない広さ(何せ120万石)の平城が後に日清日露の大本営(広島が兵士の出発地)となり、最後は原爆で完全に倒壊する(木材はほぼ全て持ち去られて人々の雨よけ小屋普請に使われたそう)、という歴史には感じるものがあります。
 縮景園と県立美術館とは隣接(入場券を同時購入)。広島現代美術館(公立初の現代美術専門、広島市には立派な美術館が沢山!)が改装休館中ということで、2館の合同企画(比較展示)が開催されていました。1箇所で両方楽しめてお得なその特別展には、出口休憩所に2館のソファーを並べて展示するといった遊び心が随所にあって楽しく。

 県美前からタクシーで向かったのは平和公園側の器屋「ピロレイッキ」。北欧雑貨や国内食器を扱っている小箱で、ネットで見つけて寄ってみたくなったのです。広島に地元の焼物があるのかは分からないのですが、折角ならセレクトショップの1軒にでもと。
 北欧雑貨には興味が向かず、欲しいのは食卓を楽しくしてくれそうな食器。持ち帰る手間を考えたらせいぜい2、3種類しか買えないんだからじっくり吟味を……と種々の食器が所狭しの棚を見ていったのですが、こういう時に買うべき物というのは始めからちょっと光っていて見た瞬間に一目惚れするというのが「あるある」のよう。せいぜい10分程度眺め渡している内に、とあるプレート・ボウルのセットに釘付け。18cmのプレートは小皿にもなるしボウルの受け皿にも、ボウルには例えばセブンイレブンカップデリくらいのお惣菜だとか少量のスープだとかが入りそう。5~6色あった中で光っていたのはピスタチオグリーンのもの、即決。で、レジの店員さんの元へ持っていったら、私が以前気に入って別のボウル3種を購入した「イイホシユミコ」さんが木村硝子と組んで作ったシリーズなのだそう。冒険できない人間です。他に、両の掌ですっぽり包めるサイズの木製のボウルも。

 ホテルに戻って16時、チェックインの後で入浴(大浴場・サウナ)。着替えてホテルを出発したのが17時。徒歩15分の場所にある「福屋」でウィンドウショッピング。旅行先では百貨店の食料品売り場を見るのが面白い、地元色が出ますものね。朝、広島駅構内でお土産を買っておかなかったら、ここで手を出してしまいそうなものが沢山並んでいます(勿論、主に酒)。
 17時45分に「福屋」を出て、歩いて15分の場所にある割烹へ。今回の旅行の2本柱は、平和公園とここなのです。

 日帰り回避はここで飲んだくれるため、「馳走 啐啄一十」。
 TV他のメディアでもお馴染みの料理人・平野寿将氏が、広島の軟水に惚れ込んで移住・開店した割烹。昆布も魚も日本酒も「寝かせ」が命、一皿ごとに昆布・水を変える手数も厭わずです。そのお料理ですが、1品目のお出汁を一口飲んだ瞬間に、コの字型カウンター満席9人(18時一斉スタート)の口々からほぅとため息が。私以外の全員が常連(または大将と馴染み)の様子でしたが、きっと何度訪れても最初の「ほぅ」は変わらないんでしょうね。
 全国から取り寄せた食材を自在に操る大将と、日本酒の徹底管理とペアリングとを行うソムリエールとの二本柱で、他に女性アシスタントが2名。アシスタント2名にきびきびと指示を出しつつ2時間超休みなく調理を続ける平野氏は宛ら選手兼監督のアスリート、カウンター9人の料理・盃の進み具合を確かめつつそれぞれに合わせて(つまり客ごとに別々の順番で)日本酒を選んでいくソムリエールの眼力と機敏さとにも驚かされました(しかも、未踏破の蔵が2蔵もありました)。
 前日にアレルギーや苦手の有無を確認する連絡が届く気働き。高い確率で白子が出るだろうからどうしようかな、と思いましたが全て店任せにしました。果たして一皿目から河豚の白子でしたが、やっぱりお店に任せたのが正解。私、白子嫌いの看板をおろします(他の店で食べたらやっぱり駄目、となるかも知れませんが)。美味しいお店に好き嫌いを矯正されるの、最高に幸せな体験です。因みに私、香箱蟹(人生初)を食べている途中で、平野さんに「美味しそうに食べるね~」と半ば呆れ気味に声をかけられました。アヘ顔だったんでしょうか。
 コース料理は、以下。
 ①大根・河豚白子(羅臼昆布・竹原の軟水硬度20)
 ②丹波の香箱蟹(地中海塩・土佐酢)
 ③倉橋の真魚鰹・唐墨(鰹は5日寝かせ。⑩までがお造り)
 ④愛媛の白甘鯛(利尻昆布は6年寝かせ)
 ⑤広島の虎魚(2日寝かせ)
 ⑥山口の鮃(5日寝かせ)
 ⑦大間の鮪(10日寝かせ)
 ⑧大根
 ⑨江田島の寒鰤(8日寝かせ)
 ⑩岩国の鰆(7日寝かせ)
 ⑪宇治煎茶(安佐南区の軟水硬度8)
 ⑫榊山牛(内腿の生ハム)
 ⑬岩国の鰆ソテー(広島醤油と野菜6種とのソース)
 ⑭榊山牛しゃぶしゃぶ(海参・鯖・鰹・アゴ・昆布)
 ⑮生唐墨とろろ飯
 ⑯広島のシャインマスカット
 未踏破のお酒も2蔵。
 637蔵目・香川「川鶴」(NORA MIZUMOTO-K)。
 638蔵目・広島「神雷」(夏生原酒 純米酒 八反錦)。

 歩いてホテル帰還、ビール1缶だけの飲み直しは店の記憶だけを摘まみに。値段は2倍超でしたが、K市いちばんの懐石「G」と同じくらいの満足感を味わったのは、若しかしたら初めてのことかも知れません。季節を変えてまた行きたいなぁ。
 幸せで健康的な入眠。