母恋い桜

 福岡空港を出る飛行機、本日は9時15分発。7時半に西鉄K駅を出る高速バスに乗れば8時半頃には到着するはず(定刻着なら8:23)と、今回は電車・地下鉄ではなくバスを選択。しましたら乗り場到着時点で大行列、一瞬座れない可能性すら頭に浮かんで焦りましたが、何とか最後列のど真ん中に座ることが出来ました(私以降の乗客は補助席)。バスも混んでりゃ高速も混んでいて、空港に到着したのは8時43分。北ゲートまではダッシュです。
 飛行機にはもう慣れたもの、漫画以外のお堅い本を読んでも中身が頭に入ってきます。今回の旅のお供は、藤原辰史『生類の思想 体液をめぐって』、前の上京旅行で見つけた素敵書店「暮らしの思想」で購入したものです。ドリンクサービスは、旅行中にのみ自らに許すコカ・コーラ。

 モノレールで浜松町、山手線で御徒町。宿泊ホテルは上野なのですが、昼食に選んだお店が御徒町駅から行く方が早かったので。
 店の入口看板には大きく「カレーの店 自家製造 待ち時間0分」の文字。店の前の列(数人でした)に並び、入口ガラスに貼ってあるメニューを見たら、ポークカレーが650円、けんちん汁が150円、安い。店名は「サカエヤ」。
 カウンターだけの小箱スタンド、回転が速くて並んだ時間はほぼ2~3分でした。確かに注文の後、けんちん汁は30秒で着碗、カレーは45秒で着皿。人生の大ベテランご夫婦、動きに無駄がありません。隣の人がカツカレーを頼んだら、カツカレーだけはカツをあげる時間がかかるから5分、と言われていてクスッとなりました。カレーの味は優しいの一言、日本で激辛ブームが最初に起こったのは80年代半ばですが、この店は恐らくその前からあってこの味一筋なんだろうと勝手に想像。

 歩いて上野駅最寄りのホテル「T」へ。チェックインの時間はまだなので荷物を預けるだけだったのですが、そこで1~3泊の客の場合客室の清掃・ベッドメイキングをしないというルールを知らされました(タオル及びゴミ箱のゴミ袋の交換のみ)。1泊11000円も取っといてサービスレスが凄ぇな、と思いましたが我慢我慢(やっぱり知ってるホテルにすりゃ良かったかなぁ)。上野泊は初。

 月曜出発の初日は美術館・博物館が開いておらず観光が難しい、とかなりしっかり事前の調査(検索)をして、今回の上京の最初の目的地は森下駅と決めていました。上野駅からは15分。
 国語教師なら一度くらいは「勉強」を、と森下「松尾芭蕉記念館」を初訪問。芭蕉に関する(主に複製品やプレートを駆使した)解説展示を一通り見て、小さな庭園を散策。その庭園の「裏の木戸はあいている」「その木戸を通って」(←周五郎ファンなもんで)隅田川沿いに出れば、点在する芭蕉句碑に導かれるまま歩いて展望庭園に辿り着きます。展望公園で芭蕉像にご挨拶の後、川景色と心地よい川風を暫く楽しむ。何が最高かって、K市では悲惨飛散で私の鼻喉目を殺していた花粉が、こちらに来てパタッと姿を現さなくなったらしいこと(植物相が違うのでしょう)。東京大好き~!(昔のユーミン風に)
 最後に稲荷神社をお詣り。芭蕉遺愛の蛙石(記念館に展示されていました)が発見されたことを契機に芭蕉庵跡だと推定された場所に有志が建てたものなのだそう。

 森下駅から竹橋駅は地下鉄で15分。「東京国立近代美術館」も月曜開館、私はF校(親玉K大)関係者ですから、石橋正二郎(美術館設立者)詣では最早義務なのです。特別展は『下村観山展』。
 官費留学中の作品が帰国したものなども含めて150点超が勢揃い。カラスの鼻先の産毛まで書き込む拘りの超絶技巧を確り味わうには、300円でレンタルできる単眼鏡が便利でした。スマホカメラのズームとは(見え方は勿論、ピントの合わせにくさというもどかしい体験も込みで)全然違います。
 10歳の頃の見様見真似が凄いのは勿論なんですが、東京美術学校入学後に1期生として描いた線・デッサンを見て、見様見真似からの「移行」におっ、となりました。師匠と弟子と(私淑私塾)の世界から、教師と生徒と(専門学校)の世界へ。要するに彼は、その人生のいちばんの成長期に、前近代から近代への跳躍を果たした人だったんだなぁ、と。

 「近美」に来たら、常設展もがっつり楽しめます。今回は、五姓田若柳の明治リアル絵画に吃驚。西洋を見様見真似の遠近法・陰影、見れば完成は1989年、こんなのが欽定憲法と同じ年だなんて。後は、龍に乗った観音様(原田直次郎)を仰ぎ、黒木香然とした「裸体美人」(萬鉄五郎)からの睥睨にひれ伏して陶然。

 東京に来たら歩きます。「近美」を出た後、神保町まで歩いて「三省堂書店本店」~湯島「湯島天神」~上野ホテル「T」。
 東京は、高層ビルに(人工の力による)植物多様が特徴的なオフィス街も、民家小売店の佇まいに「生活」を思い出す下町も、「猥」の一字で染め抜かれたような繁華街も、どこを散歩しても楽しい。
 祝・リニューアルオープンの「三省堂」は私には遠い(ソレジャナイ)場所だったので早々に退散して、数軒の古本屋を素見しつつ水道橋~ドーム~本郷三丁目を歩きました(本三の交差点に向かう上り坂の途中で遠くにスカイツリーが見え始めます)。本郷キャンパスはスルーして、春恒例の「湯島天神」では74回生の受験の大成功の御礼を述べた上で75回生用の木札を求めました。歩きに歩いた果てにチェックインした(掃除一つしやがらねぇ)安宿の狭い浴槽で汗を流せば、気分は天国です。

 上京中はSNS廃人なので、風呂上がり後の30分をFacebook・Twitterの投稿で溶かして(これが、日記の文章の核になるのです)。ホテルを出発。今夜の飲み会会場は先程歩いて通った水道橋、三度目訪問はお気に入りの証拠、蕎麦「酒場 たかや」です。
 駅改札にて、61回生Sくん・Gくん・Aくんと久々の再会。コロナ禍を挟んでいますから、かれこれ7年くらいは空いたことになりますね。駅から店に歩く10分の間で、以前飲んだあの時その時はどこだったどんなことがあったと語り合っている3人、その記憶力に驚かされます(なんつったって企画者Sくんは理三様ですしねぇ)。そして、取り敢えず「懐かしい」をプレゼント出来たなら、お忙しい3人の時間をロートルが奪う罪悪感も少しは軽くなります。

 店頭に杉玉の日本酒推し、日替わり(?)日本酒10種を含む飲み放題込みのコースが5780円という良心的価格。料理は、①炙り前菜3点盛り、②八寸7点盛り、③出汁巻き卵、④唐揚げ、⑤天麩羅、⑥ざる蕎麦。①・②で1時間以上はもつんで、これは日本酒・和食好きなら行かいでかってなもんでしょう。
 さて、Sくん・Gくんはお医者さんで、Aくんも東京で働く会社員さんなんだから今夜は財布が太いぞ! とかいう恥ずかしい(というかちょっと前に書いた「罪悪感」って何だったんだよという)ことを考えてた再会だったんですが、いきなりGくんが現在求職中ということを聞いて「えっ……」となりました(本人が明るいんで気まずくはなかったんですけど)。先に書いた通り彼らは記憶力に優れているだけでなく、学生時代と変わらぬ勉強熱心さを発揮して私の日常を取材(Blog・SNS)しており、私の近況についてはほぼ正確に把握しています。翻って私は彼らの7年間について何にも知らないという非対称。話題は自然と3人の履歴(結婚育児休職放浪失業……)になりがち、私は赤べこの相づちで日本酒をグイグイ飲ってました。

 eighterの私が先導して2軒目は「鳥貴族」。オツカル様に教わった通りの注文で会話の続きを遅くまで。確り盛り上がって、最後は3人とも三次会(カラオケ)に行く気満々の様子だったんですが、寝かしつけが必要なお子様がいらっしゃるSくんを帰した方が良いだろうということで、ロートルは疲れているという建前(←45も過ぎるとこういうことも出来ますのよ)。
 3人の変わらぬ誠実さと仲の良さ(←これ大事)のお陰で心地よいひとときでした、謝。因みに、Sくんは自宅の鍵を開ける音でパートナー氏を起こしてしまい、独りでやるつもりだった家事を手伝って貰ったのが申し訳ない、と翌日のLINEで。敬、ご家族のご息災を祈念。

 ホテルに戻って健康的に入眠。