この歌の中に 私は生きている

 オツカル様との幸せいっぱい渋谷「カラ鉄」150分デート!

 池①King Gnu「Prayer X」(2018年)
 オ①ゆらゆら帝国「夜行性の生き物3匹」(2003年)
 池「これって、最近の歌?」 オ「何言ってんの? ゆらゆら帝国なら2000年ちょっとってとこじゃない?」 池「それって最近じゃんか」 21世紀の歌なら「最近」だと感じるアラフォーですが、一聴で恋に堕ちた正真正銘の最新曲にもチャレンジしてみました。声高い、歌詞の乗せ方むずい。そう言えば、はっぴぃえんど(細野晴臣)史観に貫かれた『MUSIC MAGAZINE』の50年の邦楽アルバムベスト100、4位にゆらゆら帝国『空洞です』が食い込んでいたのは驚きでしたね。

 池②森山加代子「白い蝶のサンバ」(1970年)
 オ②ダーク・ダックス「銀色の道」(1966年)
 私は48年、オツカル様は39年の時を飛び越えて選曲。お互い『ものまね王座』世代ですからね、古い曲にも目端が利いています(普通のアラフォー世代よりはずっと詳しいという自意識はあります)。森山加代子は大好きな歌手だったので追悼。「白い蝶のサンバ」はともすれば「おば歌謡」扱いされそうな珍曲ではありますが、「じんじろげ」「ぱいのぱいのぱい」のイメージを核に据えて極端な艶歌化を防いだ手際が光る初期阿久悠の代表作。池「『白い蝶のサンバ』を検索したら」 オ「したら?」 私「案の定一青窈がカバーしてた」 オ「してそう!」 一青窈がカバーしたら、極端な艶歌化が起こるんじゃないかな。聴いてないから知らないけど。

 池③荒井由実「曇り空」(1973年)
 オ③sumikaソーダ」(2014年)
 ユーミン大好きを公言していた最初期の矢野顕子が好んでカバーしていた「曇り空」、20年ほど前のキリンジのカバーも良かったですね。キーはそのままで男性(男声)が歌うとメチャクチャ格好いい曲なのです。人に歌えと強制することはできないので自分でやるんですけど。オツカル様は、直前に私が披露した話(とんねるずに「モノマネ王子」と命名された素人くんが長じてsumikaのキーボードになった)を受けて代表曲を歌ってくれました。「人に歌えと強制することはできない」と書いたばかりなんですけれども。

 池④折坂悠太「平成」(2018年)
 オ④CHAGE&ASKA「夢の番人」(1993年)
 私は2018年にブレイクした最高のSSWのアルバム表題曲(早く全曲カラオケに!)。オツカル様は、メチャメチャ売れてた(というか日本一売れてるアーティストだった)時代のシングルカップリング。様は90年代初頭のチャゲアスをよくお歌いになります。そのたびに、私「これは、もうキメてる頃の曲?」 オ「海外に行って覚えてしまった直後くらい」というやり取りをするんですね。松本人志の「ドーピング」発言流に解釈すると……?

 オ⑤槇原敬之「お嫁においで」(1997年)
 池⑤井上陽水「旅人よ」(2001年)
 先攻後攻交代で、何故か2人ともカバーバージョンの加山雄三。オツカル様のマッキーは確実にお薬繋がりで選んでるな、と。このバージョンはマッキーが捕まる前、加山雄三の還暦を祝ったトリビュートアルバムの一曲でした(同アルバムには、ASKAさんも参加していますし、TUBEも参加しています)。私もつられて井上陽水。『UNITED COVER』は邦楽界にカバーブームを巻き起こしたアルバム、或る種一つのジャンルのパイオニアだったのかも、と今になって。

 オ⑥筋肉少女帯「氷の世界」(1992年)
 池⑥サザンオールスターズエロティカ・セブン」(1993年)
 オ「筋少の『氷の世界』ってもう四半世紀前なのか!」 池「本家はさらにその20年前だけどね」 35歳過ぎた辺りから、リアリティを持って使う日常語の中に「四半世紀」が滑り込んできました。「エロティカ・セブン」も同じ頃(私、後4年ほどあとの曲だと勘違いしていました)。タイトルから解るとおりの歌詞なんですけれども、知らない人は検索して読んでみて、凄まじい才気だから。

 オ⑦W「Missラブ探偵」(2005年)
 池⑦さだまさし「関白失脚」(1994年)
 池「Wってさ、最近再結成したんでしょ?」 オ「もうね、泣いた。泣いた」 TwitterのTLが一時オツカル様と松さん(お二人ともハロプロ愛が凄い)の感泣tweetにジャックされましたからね。辻ちゃん加護ちゃんも色々ありすぎた人たちですから、その「物語」込みでファンは感泣出来るのでしょう。私は「関白宣言」の後日談。前半3分のパロディ部分が終わった後の「そして今日も君たちの笑顔守る為に~」以下は、池「ここから3分半ほど、完全な『蛇足』が続きます」 オ「(大笑)」

 オ⑧DREAMS COME TRUE「決戦は金曜日」(1992年)
 池⑧TOKIO「本日、未熟者」(2007年)
 ドリカム自体にはそんなに興味が無くても「決戦は金曜日」だけはいついかなる時に聴いてもイントロ一瞬でテンションが爆上がりする、アウトロで昇天する、というアラフォーは多いはず。世に言う「神曲」ってやつですね。私はこの辺で「Make-up Shadow」を歌いたくなり、さっきの加山雄三の安易なカバーを後悔しました(一日に1アーティストは1曲の縛り)。

 オ⑨Hysteric Blue「春~spring~」(1999年)
 池⑨氷川きよし「浅草パラダイス」(2005年)
 筋少は別ですが、加護ちゃんとかドリカムとかこのヒスブルとか、不祥事引退謹慎系のアーティストを集中して選んできている底意地の悪さがありますなぁ、とオツカル様に言ったら、オ「陽水・サザン・TOKIOもそうやで?」と返されました。結論、芸能界が怖い。オ「氷川きよしだって暴力系だし」 私「いや~ん!」 この「浅草パラダイス」はオツカル様のレパートリーなんですが、何だか楽しい歌なのでレクチャーしてもらいながら歌いました。

 オ⑩L'Arc-en-Ciel「HONEY」(1998年)
 池⑩小島麻由美エレクトラ」(2001年)
 ラルクも逮捕されたメンバー、いましたよねぇ。芸能界が怖い。私はこのあたりのバンドには全く関心が無く、この曲についても覚えているのはますだおかだのネタに「ラルクみたいな鳴き方をする猫」というのがあってそれが「にゃぅお~ん……にゃぅお~ん……きゃぅわいとゎ~♪」と歌うヤツだったというのだけです。小島麻由美は次から入れる2曲のためにただただ裏声の練習がしたかっただけ。

 オ⑪中島美嘉「Love Addict」(2003年)
 池⑪ちあきなおみ「星影の小径」(1992年)
 2人とも性別も歌唱力も無視して原キーのまま絶唱。「Love Addict」は事務嬢さんが完璧に歌えてもうメチャメチャ格好いいんですよ。でもって、2人ともこの曲の作曲者の名前が思い出せず1分悶絶する(正解は大沢伸一)。

 オ⑫電気グルーヴ「人間大統領 ningen president」(2017年)
 池⑫倉橋ヨエコ「赤い靴」(2004年)
 満を持しての電グル。連打されるニュースのせいでしょうか、それとも曲自体のせいでしょうか、もう完璧にキメてるとしか思えません。私は久しぶりに倉ヨエ歌謡、裏声駆使して頑張りました。

 オ⑬ゲントウキ青い車」(2002年)
 池⑬小沢健二「ラブリー」(1994年)
 先程の中島美嘉と今回の小沢健二、改めて思ったのですが、私・オ「「曲が、長いよね」」 どちらも尺が長いので、カラオケの残り時間が気になる時には気をつけないといけません。実際、この曲を歌ったあたりで、2時間の予定を30分延長することを決めました。オツカル様の選曲はどっかで聴いたことがあるなぁ、と思ったらスピッツのカバー。っつこた、ユーミンが「楓」で参加したあのアルバムに入ってたわけね。じゃあ、1回は聴いてます。

 オ⑭RHYMEBERRY「MIRRORBALL」(2015年)
 池⑭中谷美紀「エアーポケット」(2001年)
 『R-17』は名作ドラマだったと思います。中谷美紀は(顔が)大好きな女優なのですが、彼女が出た作品で覚えているのはドラマなら『R-17』、映画なら『電車男』『阪急電車 片道15分の奇跡』くらいですもんねぇ。オツカル様推しの地下アイドル、ライブ映像だったのですが客がメチャメチャ盛り上がっていました。私「このグループってさ、確かメンバーが一人を残して全員辞めるとかいういじめ案件があったとこだよね?」 オ「前にね。その後再結成して、また解散」 私「えっ、舞台衣装が買えなくて?」 オ「それは別のとこ」

 オ⑮SING LIKE TALKING「離れずに暖めて」(1993年)
 池⑮水森亜土アレアレアラレちゃん」(1981年)
 一度歌ってみたかった水森亜土ちゃん。あの可愛らしい声で高い高いと勘違いしてしまいますが、キーを1つ下げれば男性(男声)でも充分歌えます。今日初めてのアニソン……だと思ったら、冒頭のKing Gnuが深夜アニメのEDでした。彼我(2018年と1981年と)の差が凄いですね。オツカル様も同様にキーを1つ下げ。竹善さんの歌は普通には歌えません。

 オ⑯しまじろう・とりっぴい・みみりん・らむりん『ハッピー・ジャムジャム』(2009年)
 池⑯中島みゆき「マンハッタン ナイト ライン」(2017年)
 オツカル様の選曲は全然知らない歌だったんですが、有名なアニソンで「子どもなら大抵歌えるよ」とのこと。とても良い曲だったので、こういうのをみんなが歌えるようにする番組の力っていうのは凄いなぁ、と。ちょっと最近の歌を歌おうと思ったときには、みゆきさんのアルバム曲に限ります。

 オ⑰T&Cボンバー「HEY! 真夏の蜃気楼」(2000年)
 池⑰GACKT「Vanilla」(1999年)
 事務嬢さんとのカラオケ(FKC)ではしょっちゅう歌っている歌を、オツカル様の前では初披露だったというのが我ながら意外。歌ってないかどうかを確認するためにこのブログ内の「GACKT」を検索したら、全て1月1日の記述でした。そらそうか。オツカル様は最後までハロプロ愛。それにしてもつんく♂さんの曲作りはリスナーへのサービス精神が端々まで行き届いていて芯から感動しますね。

あたし 悲しいあやつり人形

 今更「キャンディ・クラッシュ」とか始めちゃったのは、毎回の上京旅行では必ず何か「人生初体験」をするという自分縛りのネタが尽きかけてるからなんですけれども、これ、落ちゲー好きの私には割と違和感。何というか、自分の計算とか意思とかの介入が不可能な大いなる力に操られてるような感覚がどうしてもなくならないんです。

 でもって本日は新年度のスタート。今年度の私は、70回生高1Aの副担任、及び進路指導部主任を命じられました。授業としては、70回生高1の古文(週10コマ)、68回生高3の漢文(週7コマ+特講1コマ)を担当します。

 本日の日記は後程。2日のカラオケ曲目もアップしましたが、2日の残りの日記もその時に更新します。

明日からは身軽な私 風のように自由に生きるわ

 朝から旅行準備に大童。今回は自宅に母君をお一人残して行くので、4日分の日程に合わせた下準備が常にない分量になります。
 朝から私、母君の順番でお風呂に入り、一度お湯を捨ててから溜め直しました。母君の入浴については、明日はパス、明後日は自宅で(今溜めたお湯を訪問看護の方に追い炊きしていただきます)、明明後日はリハビリステーションで、という流れ。その翌日については私が帰宅するので、私の帰宅後に入浴の有無を選んでいただきます。
 明明後日のリハビリステーションに持って行く荷物を準備。着替えにタオルに洗面具、連絡帳にメッセージを書いて鞄に詰めました。また、明後日の自宅入浴に際してのタオル・着替え・洗面具も一式まとめて袋詰めに。薬は、朝晩それぞれのものを小分けの袋に詰めて「1日朝」「2日夜」等々のラベリングを。小分けの袋は市内の「パッケージセンター」という専門店で購入したのですが、私はこういう専門店があることを全く知らず、こないだまで担任をしてた67回生B組Nくんから教えてもらって初めて店の存在に気づきました(ずっと素通りしてました)。Nくんはテーブルゲームのカードを保存するために利用しているって言ってたかな。使い途は色々ですね。
 朝・晩の訪問看護(介護)、昼・夜の配食(朝食は訪問看護の人が購入してきて下さいます)、合わせて一日4人の訪問者がいるので、来客インターホンの応対方法をメモする必要。母君はこれがなかなか覚えられずお出来にならずなのですね。そこで、インターフォンが鳴った時には、まず応対タッチパネルの「応答」を押す、続いて玄関の自動ドアを開ける「解錠」を押す、という順番に①・②のシールを貼って場所を示しました。流石にこれで大丈夫だろうと思ったら、やっぱり最初は失敗なさっていましたけれども……。
 続いて、緊急事態に備えて自宅徒歩1分のところにお住まいの飲み友達Hさんに自宅の鍵をお預け。Hさんには「品川珈琲」を大量購入してお土産(御礼)にします。
 母君の夕食(お弁当)を購入して、昼食を作ってお出しして、これで晴れて準備完了となった後、自分の荷物(着替えと本とCDとその他)は10分程度でバッグに詰め込んで自宅を飛び出しました。

 自宅徒歩2分の中華料理「H」で麺類のランチ、今日は昼酒(ビール)は我慢。タクシーと高速バスとを乗り継いで福岡空港に到着したところで母君に電話(最初の安否確認)。初めて母君をお一人で自宅に残すということで、やや緊張しています。ただ、まぁ、小忠実に連絡はしますけれども、基本的には距離が隔ててどうにもならないわけですから、腹を括って遊び倒す覚悟(?)は出来ています。
 因みに、「飛行機怖い>母君心配」でした。

 今回の宿は駒込。山手線沿いの中では最も安いホテルを試しに(今回と黄金週間との上京で2度)選んでみましたが、寝に帰るだけだと考えたら多少のボロさや狭さは気になりません。ホテル館内ではないものの、向かいのサウナ施設(姉妹店)の大浴場とサウナとは無料で利用できますし。
 17時にチェックイン、大浴場で湯浴みの後、山手線で渋谷へ。今夜のお相手は今日までは一応F校生、卒業ほやほやの67回生我らB組のAさん(東大)・Mくん(東工大)です。外進A組出身なので、私が3年連続で担任を務めた生徒ですね。

 今日のお店は渋谷「かつ吉」。2軒目は「日比谷bar」を選びましたが、この流れは63回生我らA組を卒業させた直後にBくん・Eくんと3月末の東京で遊んだ時と全く同じ。もちろん、あの時のBくん・Eくんも、今日のAさん・Mくんも未成年ですからお酒は全く飲んでいません。「かつ吉」ではリンゴジュースやコーラで豚カツを食うという私からしたら信じられない取り合わせを楽しんでいただきましたし、「日比谷bar」でもノンアルコールカクテルを作ってもらいました。
 あ、私は飲んでますよ。めっちゃ。2軒目の「日比谷bar」でダイキリを少しこぼして旅行初日からジーンズ濡らしとるがな、って程度に酔っ払ったり。ちゃんと酔っ払って益体もないこと喋くってたから、二人とも呆れてもう遊んでくれないかなぁ、とか思ってたら後日次の約束を申し込まれて安堵。

 黄金週間にお会いする場合は大学生活の感想を聞いたりできるんですけれど、何せ3月末は高校は修了して大学は始まっていないという宙ぶらりんの時期。お会いしてお話しするのも「大学生活ってどんなんなんでしょうねぇ、怖いねぇ、緊張するねぇ」ってことに尽きるわけでして。ただ、東大組はもう既にいくつかのイベントをこなしている様子で、今は私の頃には存在しなかった「女子オリ」なる行事が行われているそうです。「何なの、それ?」という私の疑問に、参加した当事者であるAさんも「さぁ……?」と片付かない顔をなさっていましたが、入学した後になって「女子だけのオリエンテーションが必要だなぁ」と思わされる生活が待っているということなのでしょうかね(後日、入学式の上野千鶴子さんの祝辞が話題になった時に真っ先に浮かんだのは、この時のAさんの片付かない表情でした)。

 Aさんの「和食」という希望をこねくり回して結果的に豚カツ、自ら「万年体調不良」を任じるMくん(何せ、本名の中に「やまい」という語が入ってます)は完食できるのだろうかと案じていましたが、流石に若いなぁ、という食べっぷりでした(おっさんはコース完食が無理)。っつか、2軒目でピザとか頼んでるし。お二人にはサークルの話を聞くのを忘れていましたが(あれ、聞いたのに忘れてるのかな?)、東工大には弓道のサークルってあるんでしたっけ。

 初日ですし相手は上京直後の未成年ですし、22時過ぎには解散。ホテルで健康睡眠。
 あ、「かつ吉」は禁煙席でしたし、二次会の「日比谷bar」も個室スペース利用でした。一応、気を遣ってるんです(誰に言い訳をしているんでしょうか)。

永遠をお探しですか。

 63回生Iくんは春4月から「東京大学大学院新領域創成科学研究所人間環境学専攻W・F・Y研究室」の所属になるそうでとにかく長い(アルファベットは人名です)。東京大学大学院新領域創成科学研究科といえば、私が在学していたミレニアム当時にそんなのが出来るんだか出来たんだかが話題になっていたところですから、極めて新しい研究科ですね。
 そのIくんが職員室に遊びに来られ、旧担任団の数学先生・化学主任先生・国語私などとお話を。私が「大体『人間』『環境』『情報』って看板に入れときゃ人が集まるよねぇ、Iくんところは2つも使ってる」と言ったら、「『W・F・Y研究室』は『人間環境情報学分野』ですから、コンプリートしてます」と返ってきました。で、彼や彼の指導者である方が研究しようとしている内容(というか、目的)を聞いたときの文系私の最初の反応は「それ、無理じゃね?」だったのですが、無知なる素人が「無理じゃね?」と思うようなことを可能にしてしまう力を、研究所はともかくIくんは秘めているのではないか、と思ったり。
 67回生我らB組Mくん(4月から九医)は、例えばウェアラブル血圧計の機器開発であるとかそういう方向に興味がある、という話をついこないだ私にしてくれました。どんな人が研究開発に携わってるんだろうねぇ、とか言ってたんですが、まさしくIくん(の進む研究所)がそれでしたね。

 夕方までデスクワーク。母君の夕食を少し早めにお出ししてから、上京前最後の夜のイベントはユーミンのツアー。13年ぶりのアリーナツアー『YUMI MATSUTOYA TIME MACHINE TOUR TRAVELIMG THROUGH 45 YEARS』@マリンメッセ福岡、です。

 1.ベルベット・イースター 2.Happy Birthday to You~ヴィーナスの誕生 3.砂の惑星 4.WANDERERS 5.ダンデライオン~遅咲きのタンポポ 6.守ってあげたい 7.Hello, my friend 8.かんらん車 9.輪舞曲 10.夕涼み 11.春よ、来い 12.Cowgirl Blues 13.もう愛は始まらない 14.Carry on 15.セシルの週末 16.ハートブレイク 17.結婚ルーレット 18.月曜日のロボット 19.ダイアモンドダストが消えぬまに 20.不思議な体験 21.Nobody else 22.ESPER 23.COBALT HOUR 24.宇宙図書館 25.カンナ8号線 26.DESTINY 27.ひこうき雲

 2012年・18年の2枚のベストアルバムが入り口になった若い観客は演出の派手さに度肝を抜かされたかも知れませんが、しかしステージの仕掛けやストーリー(?)はユーミンのライブにしてはかなり大人しいもので、45年のライブから印象深いシーンを切り取るという構成上仕方がないのかも知れませんが一つ一つのパートの繋がりもそんなにはナチュラルでなかったり、私ごとき四半世紀のファン(新参者!)ですら色々と言おうと思えば言えないこともない。っつーか今日はかなり良く声が出ていたとは言えそもそもの歌唱に注文をつけようと思えば簡単なんです(中島みゆき矢野顕子のライブの声の出方と比較してみます?)。
 しかしそれでも、10000人の観客の視線を360度から集めて(今回のツアーはセンターステージです)、65歳が27歳を歌い踊り切ったことは感歎の一語です。
 2011年の『ROAD SHOW』ツアーの時に私は奇蹟を観た、ユーミンのファンで良かった、と芯から思いました。そして2013年の『POP CLASSICO』ツアーで奇蹟は2回起きる事実を目の当たりにしました。ただその時は、ユーミン自身がアルバムを「アンセム」と表現し、かつ収録された「シャンソン」「MODEL」の2曲が遺言みたいな歌詞だったこともあり、今度こそこれで最後だと覚悟しました。そこへ2016年に『宇宙図書館』のオリコン1位とツアーです。ポップスのフロントを駆けながら「輪廻(REINCARNATION)」まで実演してみせたこと、アーティストのライブで泣きそうになったのは初めてでした。それ以降、ユーミンに関しては「無理じゃね?」の念が兆すことはなくなりました。2018年は、苗場でサンバを踊り、ヒット曲の入っていない3枚組自薦ベストでオリコン1位を獲り、フェスに初出演し、『紅白』の舞台上で苗場のサンバを即興再現しながら桑田佳祐を煽る、というキャリア・ハイです。

 90年のユーミンが『天国のドア』でゴールドディスク大賞を獲った(日本一の歌手になった)時のキャッチフレーズは「永遠をお探しですか。」でした。それから約30年、(この括りにあまり意味はありませんがとにかく)一つの元号を跨いだ果てに再びキャリア・ハイを持ってきた。
 99年に大学に入った時、上クラの先輩方が我々一年生下クラの自己紹介集(冊子)を作って下さったのですが、「尊敬する人」の欄に「松任谷由実」と書いて引かれたことを覚えています。偉人・学者・両親、以外を書いたのが一人だった上に、挙げた人物が当時の感覚では「オワコン」の芸能人だったからです。奇を衒って外した、と言われもしました。20年経て、今はあの時の自分をこそ尊敬したいくらいの気分です。永遠が見つかりそう。

スシ食ってんじゃねェ!

 今日と明日との2日間かけて、業者が入って職員室の床にワックスがけをします。新校舎移転で新しい職員室に変わってから8年で初、いい加減床の汚れが目立っていたので良い機会……ではあったのですが、床に置いてある私物(私用・仕事用問わず)を全て職員室の外もしくは職員室内の床よりも高い場所に移動させる必要があり、私物(本・プリントその他)が多い教員は大変、要するに私。昨日、国語科研究室の掃除と同じくらいの時間をかけて私物(殆どが紙類)を避難させています。昼過ぎに職員室に行ったら、職員室の床半分がピカピカに輝いていました。
 終日デスクワーク。

 夜は、58回生Fくん・Sくんと飲み会。Sくんの弟くん(66回生)が今年東大に合格してくれたおかげで、心置きなく「おめでとう!」の乾杯をすることができて大変結構。店は肉料理「I」で、今日は29日(にくの日)なので特別コースが安価に注文できます。
 今年から福岡で研修医のSくんは、今朝の飛行機で北海道から福岡に帰ってきたばかりだそう。しかも、福岡から北海道に向かったのは昨日の午後で要するに1泊2日の弾丸旅行。何しに行ったの? と聞けば「寿司食いに行った」という話でどこのセレブやと思ったら、医学部時代の先輩で今は北海道で医者をやっている人から「寿司食いに来い! 旅費は持つから!」と当日急に呼び出されたそうでだからどこのセレブや。そんな話をいきなりかまされたら「にくの日」だから安価にコースがみたいな店で金出してやってるぞおらみたいな雰囲気醸そうとした私が恥ずかしくなるじゃないですか。いやしかし医者すげぇ。

 でも、医者すげぇっつったって、飲んで酔っ払えば正体は同じで、二次会のライブバー「A」カラオケ三昧は盛り上がったこと甚だしく。上京オツカル様カラオケで披露予定の曲(森山加代子・荒井由実)を練習できたし、FくんのSBM(Super B'z Mode)の元祖であるところのSくんが「太陽のKomachi Angel」を熱唱するのも聴けたし(スマホで撮影しようとしたらめっちゃ寄ってきてライブビデオみたいな映像が撮れました)。

 江口夏実鬼灯の冷徹(28)』読了、★★★★。よく同時に発売になる『きのう何食べた?』の方は、上京中にじっくり読みます(明日は大事なイベントがあって本を読む暇はないので、次の「読了」は上京最終日になります)。

寿司屋に行って 素直な僕は 何でもビックリ

 明々後日の3月31日から4泊5日で上京します。これまでは上京の間、握力の関係で料理がお出来にならず、且つ肺癌脳転移の治療中で数度の緊急搬送の経験がおありになる母君を、自宅にお独りで残すことを避けていました。最初に選んだのは介護施設ショートステイで、母君が通っておられる「S病院」系列の施設に数度お世話になったのですが、何度目かの後でその施設がどうしてもお嫌だと仰るようになりました(理由は深く伺ってはいません)。そこで、介護施設へのショートステイではなく病院への短期入院という形に変え、市内の幾つかの病院を体験していただきました(その時ベッドが空いている病院は必ずしも毎回同じではないのですね)。そうしたら、一ヶ月前の退院時に足腰が動かなくなるというアクシデントに見舞われまして。
 諸々考えて、結局は自宅に居ていただくのが心身とも最も安心して頂けるのではないかという結論に至ったわけですが、およそ100時間誰の様子伺いもないまま料理の作れない母君が自宅独居というのが可能だとはとても思えない訳でしてさあどうしようとケアプランナーKさんにご相談申し上げた次第。
 4泊5日だけ特別に訪問看護を(要介護度に合わせた自己負担減額で)お願いしたいというのは役所から無情にも却下されてしまいました。普段から訪問看護を利用している訳でもないんだからそういう事情の時はショートステイか短期入院かを使えということです。「役所は渋りますので……」と申し訳なさそうに仰るKさんですが、役所がケチで融通がきかないとかいう最初から判り切った理由で私の上京に傷をつけるなど論外で、私は即座にこっちが全額負担さえしたら訪問看護をお願いして何の問題もないんでしょう? と返しました。要は、要介護度に合わせた金銭の補助とか期待しないから、朝と夜と看護師・介護士の方に母君の様子を見るための訪問をして頂き、必要な代金はこっちが全額負担すりゃいいというだけの話。聞けば病院に短期入院することを考えたら遥かに安い出費だということです。朝食は朝訪問して下さる介護士の方にコンビニ等で買ってきて頂く、昼食・夕食は配食サービスを利用する。
 という訳で本日夕方、私・母君・ケアプランナーKさん・介護士さん・看護師さんお二人、という6人が自宅リビングに集まり、3月31日夜から4月4日昼までの看護・介護の計画を立てる会議を。契約まで諸々合わせて1時間以上かかる長丁場でした。

 自宅での会議以外は学校でのデスクワークだったのですが、夜にちょっとしたイベントがありまして、これが63回生の保護者理事(PTA的なやつ?)の方々と担任3人(主任化学・ベテラン体育・国語私)との小宴だったのですが、その場所が……赤間! K市からは電車で片道1時間です(往復2時間って、最早小旅行ですよ)。ちょっと早めに夕食を準備して16時に家を出る私に、まさかこの時間に出掛けて飲み会とは思われない母君は「お仕事、大変ねぇ」と仰る。まぁ、2割方はお仕事でもありますけれども。
 で、赤間のビブグルマン「K」にて寿司懐石。カウンター貸切で7人ずらり、ここでも67回生の爆発的合格をお褒め戴きましたが、それ(東大現役36人)が63回生(東大現役30人)を塗り替えた記録であるだけに、「保護者理事としては複雑なんですよねぇ」と正直なお父様お母様。ビール・日本酒・焼酎で和気藹々。
 さて、お開き。美味しかったで寿司、楽しかったで寿司、全く文句は無いのですが、会計はどこがビブグルマン(5000円以下)やねん、という値段でした。今回の幹事は理事さんの中のお一人(お金持ち)で流石だなぁ、と。諭吉1枚じゃとても足りない料金を支払ってちょっと罪悪感(卒業生に奢るときは何にも感じないんですけどね)。蛍烏賊、河豚、蜆、公魚、梭子魚、鮪、鯛、雲丹、鮹、松葉蟹……。

人の絆は付かず離れず 希薄な方がいい

 毎年3月27日は国語科の会議。午前中に会議、昼に科研究室の掃除をして、夜は年度末の慰労会(幹事私)というのが恒例の流れ。教育実習生が来てその慰労会をする場合を除き、国語科が飲み会を開くのは年に一度だけです。F校内には様々な集合がありますが、その中では極めて淡泊な方ですね。
 私はセンター・東大・京大の現代文の今年の出題内容をお話しするプレゼンを20分ほど。今年度高3の二次対策を担当なさった先生方がそれぞれ古文・漢文に関して同じ事をなさいます。その他、報告・審議事案をこなして会議自体は2時間もあれば終了。研究室の掃除というのも、各出版社から大量に持ち込まれる「審査用見本」という問題集・参考書をきびって(方言)捨てる「だけ」です。せっかくの「審査用見本」を捨てるなんて失礼なと思われるかも知れませんが、来年度、全ての問題集・参考書について少し内容を改めただけの改訂版「見本」が届くのだから仕方がありません。毎年「何とかならんのかね」と愚痴りながら、性別年齢を問わぬ肉体労働従事の2時間です。

 午後15時から、母君が週一でお世話になっているリハビリステーションに出向き、医師・介護士・ケアマネKさん・母君・私、の5人でリハビリプランを検討する会議。終了後は、母君と一緒にタクシーで自宅に戻りました(通常の送り迎えはステーションの方にお願いしています)。来週の長男(私)の4泊5日上京の時に、母君が初めての独居に挑戦する(朝夕と介護士・看護師の方が訪問、昼夜は配食サービス)というお話をしたら、医師・介護士の方から前のめりな応援をされました。
 帰宅後に母君の夕食を作成してから国語科の飲み会へ。居酒屋「K」の2階フロアを借り切って小宴、乾杯の時に科の最年長の先生から67回生の成功を祝い担任団であった私を労うお言葉を頂戴して恐縮。
 2時間の宴会の後、近くで飲んでる58回生Fくん・Eさん・同窓同僚数学に顔見せ程度に合流して、タクシーで帰宅、失神。

蜂がうらやましいよお ああたまんねえ

 通常出勤で、昨日の日記にも書いた東大やセンターの現代文の解説プリント作成の続き、進路指導室のデスクに設置したPCの調整諸々、等のお仕事。国語科会議の大学入試検討会は京都大学も扱うのですが、今年の京大現代文は筆者が金森修大岡信谷川俊太郎吉田秀和の4人で「京大にしては随分『若い』人たちだなぁ」という印象を持ったのですが、それでも存命なのは谷川俊太郎だけなんですよねぇ。

 その谷川俊太郎は座談も面白い人で、特に年上の女性相手にはにかみながら喋っている時に印象に残る(昔YouTubeで観た野上弥生子との対談がとても良かったことの影響かも知れません)んですけれども、今日読み終わった本の中での向田邦子との対談も楽しめました。詩人は朝起きてから見える景色からして常人と違うのではという向田氏の理想化類型化を遠慮がちに且つきっぱりと否定する谷川氏に対して、向田氏は重ねてではこれまで使ったいちばん下品な言葉は? と斬り込む。巧い。それに谷川氏が返した(子どもの頃の)思い出話も深かったのですが、ネタバレ防止で割愛。
 向田邦子向田邦子全対談』読了、★★★★★。男性十六人、女性一人(澤地久枝)との対談。この男女比も然もありなんという感じ。男性陣十六人は錚々、なのですがここでは「手玉には取られまい」とすらしていない方々ばかりでちょっと吃驚するほどです。あと、向田邦子黒柳徹子評が一流だったことも付言(自分のドラマでは使わないと言いながら、絶賛)。

 上京準備諸々。今回は、私が持って行く荷物というよりも、その間自宅滞在(独居!)の母君のための準備の方が(物を準備するにも、手続きをするにも)大変です。
 夜は、「もりき」~「actor」。月末までの予定を考えたら、上京前に「もりき」に寄るのは無理そうで、次の訪問は上京後にお土産を持ってということになりそう(4月5日ですね)。

まめがほしいか そらやるぞ みんなでなかよく たべにこい

 今日は午前中が新年度から始まる学年の担任団会議、午後は寮監会議なのですが、前者について新高1(70回生)は先週末に前倒しで終了させており、後者は私には無関係なので、今日は一日フリー。明日も会議がないので、今日と明日とを使って明後日の国語科会議に提出する資料を作ることにします。具体的には、センター試験・東大二次の現代文の解答解説資料作成。これは、その年の高3担当者が作ることになっており、センター・東大の今年の問題の傾向を詳述するという決まり。京大・一橋大・九大等に関しては、顕著な特徴(変化)があれば適宜、という程度です。解答解説資料については教員ごとに作り方は異なっていますが、私は実際に高3を担当する場合に生徒に配る解説プリント(本文分析と解答試作とをB4用紙1枚にまとめたもの)を出すことにしています。東大文系第4問(是枝裕和)が藤田省三「或る喪失の経験」と同じだったことはちょっと前の日記に書きました。文理共通第一問(中屋敷均)はパッと浮かぶ類題をこれと提示するのは難しいですが、実際に解答するに当たっては「虚への志向性」というフレーズに傍線部を引いた2015年の問題など想起した受験生も居たのではないかと想像。生命・個人・知性、等々の定義を運動態として捉える文章は、ここ10年ほどで手を変え品を変えて出題されており、近年のお家芸といっても良いかも知れません。

 66回生理系Iくん、東大漢文特講でしかお付き合いがなかったんですけれども、何彼と話しかけてくれまして、今日の夜も一緒にご飯を食べましょうという話になり、市内の魚料理「O」にて3時間。私は飲みますが、Iくんは未成年なので当然ソフトドリンクです。
 先ずは、理系ながらいちばんの興味が心理学だというIくんがその両義を股にかける進振り先をきれいに射止めたというお話に感心しつつ、話題は彼が所属している東大謎解きサークル「AnotherVision」(略称「アナビ」)のお話へ。

 私はTQC(東大クイズ研究会)のメンバーだったので、最近の『東大王』だとかいう派手な活動こそ仰ぎ見るばかりで縁遠いものだという認識ですが、クイズ自体に対しては普通の人よりは関心が高いのではないかと思います。この場合のクイズというのは、所謂知識を競う感じのものですね。で、昨今それとはやや趣の異なる「謎解き」と呼ばれる分野のクイズが流行ってて、東大に大きな団体があるというのをうっすらと聞いたことがあったのですが、当のその団体に所属しているIくんからお話を聞いて、漸くそれがどういうものかを知ることになりました。多湖輝『頭の体操』とか、初期『マジカル頭脳パワー!!』的な発想クイズなんですね。昔からあるやつじゃんかと思ったら、企業その他と組んでそれらクイズを組み合わせた体感型のイベントが大人の趣味として大ブームになっているんだとか。twitterのTLでよく流れてきて意味がわからなかった「脱出」という言葉が何だったのか、ようやくうっすら想像できるようになりました。私は観たことがないのですがそういう謎解き専門のクイズ番組があって、東大謎解きの本もバンバン出ている、と。ほうほう、その団体、もうサークルじゃなくて会社みたいなもんなのかしら。「アナビ」と「TQC」とがコラボしたりする日が来るのかしら。
 ……等々お話していたら、Iくんが『マジカル』をご存じないと仰る。「じゃあ『あるなしクイズ』とか知ってる? こういう問題なんだけど……」と、即興のクイズを怒涛の勢いで出してそれで180分潰すなどして。おっさんが日本酒飲みながら童心に還るのに19歳をつき合わせる夜。楽しい。

倍率8.4倍の 見える 見えるよ

 30日のユーミンのライブのチケットをコンビニで発券したら、スタンド席の前から7列目でした。これは嬉しい。今回のライブは会場の中央に正方形のステージが設置され客席がそれを360度取り囲むという形式なのですが、アリーナ席10列はステージより低い位置に椅子が置かれていて近いけれども見通しが悪く、スタンド席は一列ずつ高くなっていくので7列目くらいの高さになるとステージ全体を少し高い位置から見下ろせるのです。
 ライブについては出来るだけ情報をシャットアウトしているのですが、それでもセットリストを数曲知ってしまいましたし、例えば「ひこうき雲」は絶対に披露されるとか想像がつく部分もあります。先日卒業したB組のMさんはお母様と一緒に観にいくと言ってましたが、18歳は知らない歌ばっかなんじゃないかなぁ(それでもビックリするくらい凄いショーなんですけど)。

 本日日曜、午前中は書斎で作業、午後は学校に出てデスクワーク。文集の校正(遅々)、及び春4月のど頭に出題する課題テスト(高1A組用の古文)を作成しました。血痰ネーミングショッピングモール「You Meタウン」に出て買い物。「タワレコ」で『MUSIC MAGAZINE』を久しぶりに購入。

 『MUSIC MAGAZINE』は50周年の記念号で、創刊号が復刻同封されています。で、今月号の特集は細野晴臣で、さらに50周年記念ランキングとしてここ50年の邦楽アルバムベスト100が発表されていたのですがこれが完全に「はっぴぃえんど史観」というかもう全てを細野晴臣が支配していると言っていいんじゃないかというリストでいっそ潔い(スージー鈴木が見たら呆れ返って笑いそうな感じ)。はっぴぃえんどで始まって星野源に行き着くわけですから。そんな中2018年のアルバムから折坂悠太『平成』がランクインしていたのは(まだインパクトが残っている時期だからというのがあるとしても)嬉しいですね。

 オツカル様とのカラオケが近づいてくるのに、持ちネタ曲が全然浮かんでこない。400曲以上封じられてますもんねぇ。でも、苦し紛れに「世界にひとつだけの花」みたいな思い入れのない曲を歌うのだけは絶対に嫌だし……。