ずっと ずっと 描いてよ

 母君が電話で「ガンサイ」を始めたい、と仰有る。リハビリステーションに教えて下さる先生がお出でになり、道具を借りてやってみたら大変面白かったの、と。聞いた私は「ガンサイ」の意味が分かりません。漢字で書いて「顔彩」よ、と言われても浮かぶのは化粧関係のものばかりで母君は個人的な志向と介護職という職業もあり化粧には全く興味が無い方なので恐らく違う、となれば一体何であるのか見当もつきません。
 ただ、何であろうが母君がご自分の意思とご自分の体力とご自分の財力とでおやりになりたいことなのだったら、それと独立の息子がそれを邪魔立てする道理はありませんので「はいはいどうぞおやりになって下さい」とお応え。「で、その『顔彩』をなさるにあたって息子さん(←一人称)は何をすればよろしいか?」

 昼前の西鉄電車でK駅から天神へ移動。昼食は、K駅構内のうどん屋「Y」で済ませました(母君が絶賛していた「ちゃんぽんうどん」というのを食べてみたかったのです。味は普通でした)。
 天神から徒歩10分のところにある「山本文房堂」という専門店が目的地で、ここで買うのは母君から頼まれた筆・絵の具・紙(はがきと色紙と)。「顔彩」というのは日本画の一ジャンル(?)なのだそうで、母君は和紙に筆で花の絵をお描きになりたいと仰有るんですね。K市には、そのような画材を売る専門店がありません(美術の先生に伺ったら、小売店はどんどん潰れているようです)ので、福岡天神に出て初めて専門店に辿り着けるのです。母君は、地理に不案内ですし体力的にも不安なので(抗癌剤の副作用で足の親指が膿んでいます)、代わりに私がお買い物をする次第。漢字を聞いても何のことか解らない素人なのですが、壁面に瓶に入った絵の具がずらりという専門店ですから、店員さんが一から詳しく(筆の選び方から、どのはがき・和紙はにじみやすいにじみにくい等々の紙毎の性質の違いまで)教えて下さり、迷うことはありませんでした。

 その後は、ジュンク堂とネカフェとを廻って、最後に初訪問の天神LOFTへ。ここでは母君にお土産の和紙千代紙を購入したのですが、同じフロアに「九大生ノート展」なる展示があってちょっと面白かったです。高校時代にどんなノートを取っていた生徒が九大に合格したのかを、主要五教科全てのノートを展示して見せようという試み……現代文以外。
 リハビリステーションに画材をお届けするか電話で伺ったら、明日の朝自転車で私の自宅に取りに来たいと仰有ったので、天神からは自宅に直行。帰りの電車と自宅ソファとで、瀬尾まいこ『あと少し、もう少し』を読了、★★★★。面白かった。中3生4人の精神年齢が高すぎて気になったり、陸上部顧問のとある生徒への台詞が残酷すぎてドン引きしたりというのはありましたが、瑣事かな。最新作『君が夏を走らせる』が面白かったので、その前日譚である本作も読みたくなったのです。ただ、5年前の小説なのに文庫ではなく単行本で買ってしまったのはうっかりでした。

 夜は「もりき」。大阪旅行のお土産の梅酒を届けがてら。

打ちのめされるようなすごい本

 関西旅行中に読了の本、以下。
 米原万里『打ちのめされるようなすごい本』読了、★★★★★。量質圧倒的、申し訳ありませんでしたとしか言いようがありません。彼女の書評によく登場する結びが、あらゆるテーマの本を読んでは「私も○○してみたくなった」というもので、これは凡百の人間が書いたなら実感のない紋切り型と斬って捨てるべき文言なのですが、彼女の好奇心分析力表現力なら本当にやってみたいと思っているんだろうしやったらできるんじゃないだろうかと思わずには居られません。「趣味は読書」というのも、彼女が言えば無趣味の表明じゃなくて本当のことなんですね。読書家というのは、例えば米原氏であるとか、米原氏が本書で絶賛している斎藤美奈子氏のような人のことを言うのです。
 平岩弓枝『肝っ玉母さん』読了、★★★★★。さて、米原氏の書評に特徴的なのは、本を読んでいる最中なら自宅だろうが外だろうが爆笑号泣憤怒とあらゆる喜怒哀楽が本から引き出されたという記述の多さ。これも凡百が書けば実感のない大袈裟と斬って捨てるところですが、彼女の場合は本当なんだろうなぁと思わずにいられず。でもって、その書評集に続いて一気読みした人生初の平岩弓枝小説で、私本当に号泣してしまいました(酔ってたのもあるけど、兎に角本当に涙が止まらなくて、あぁホテルで良かったと)。米原書評に、私は「本の読み方」で影響を受けた様子。因みに、この本、読みながら「橋田壽賀子の世界だよなぁ」と思ってたら、本当に石井ふく子の手がけたドラマだったんですね。寡聞でした。
 北大路公子『私のことはほっといてください』読了、★★★★★。今回読了の文庫3冊はどれもこれも傑作ですが、誰彼構わず人に勧められる1冊ならこれでしょう。兎に角面白い。自己を取り巻くあらゆる他者、どころか妄想内に構築した他者の眼にすら「脱中心化」できる視点の融通無碍で、自己に降りかかった全ての出来事を(というか降りかからなかった出来事まで)笑いに変えられる力は、読んでいて時にゾッとするくらいです。
 長倉洋海マスード 愛しの大地アフガン』読了、★★★★。何がきっかけなのかは解りませんが(アラーキー『裸ノ顔』かなぁ)、最近、画集や写真集(文字の少ない本)を読んで「いいなぁ」と思うことが増えてきました。年の問題ですかね。

 午前中は自宅でだらだらと過ごし(この「だらだら」には読書・TV・DVD・「DQ11」・風呂掃除・トイレ掃除・入浴・洗濯……等々が含まれます)、昼過ぎに自宅を出発。したのですが、学校に行きたくない余りに出勤準備をして歩き出した通勤路の途中にあるラーメン屋で食べたくもない昼食をとってUターンしてしまいました。
 昼食のおともは古市憲寿『大田舎・東京 都バスから見つけた日本』。古市キュンをバスに乗せて「ちょっとだけ上から目線」と言わせたい・読者に「お前はバスから降りてもそうだろが!」とツッコませたい(だけの?)雑誌企画は、都バス車窓コラム集。最近、上京旅行中に都バスを使い始めたこともあり、面白く読めます。

 学校に行きたくない理由は、唯一に近い仕事が喫緊でもない職員飲み会の案内状作成だから。火曜の職員研修会の後に開かれる有志慰労会(2学期への決起集会?)の幹事を、昨日の63回生飲み会中に(生徒指導部長からの)電話で依頼され、その場で居酒屋「K」を押さえたのです。その場でこなしたのを見て卒業生が「凄ぇ」と言いましたが、私に言わせれば逆で、その場でやんなきゃこの後ビールビールビールビールビールを飲んで全ての現実が酒霧の向こうに消えていく運命が見えているんだから、でもってその後に28人とかが参加する大口の飲み会の予約を取り付けるなんて無理に決まってるんだから、その場でやるのが唯一の正解なんです……ってまぁ、若しかして今の私ならば気絶している間に小人さん的な何かが勝手に予約してくれてたりするのかも知れませんが。

 でもって、結局16時頃に学校に入って、高3の添削と案内状(日時・会場・予算・地図等々)の作成印刷配布の仕事を行いました。夜は、帰り道すがらの肉料理「I」で独酌読書。私より年若いマスター、来年には隣接店舗に姉妹店として魚料理「I」をオープンするそうです。頑張れ~。

小人ばこ

 5時にホテル起床、入浴・帰宅準備。6時半オープンのホテル朝食バイキングで栄養を摂って、徒歩5分の新大阪駅を7時15分に出発する「さくら」に乗車しました。新大阪発なので、自由席窓際を悠々確保です。昼前には自宅に着きますが、昨日灘の酒蔵から送った荷物(お土産)が14時に自宅に届くのを受け取る必要があります。それ受け取ったら14時から昼酒でも出来るよなぁ……とか童心の欠片もないことを考えていたら、携帯に覚えのないメール履歴があって、18時から63回生飲み会が入っていることを知りました。普通に「マジか?」と声に出して近くの乗客に振り向かれてしまいました。いや、本当に覚えがない。
 昨日は梅田の餃子屋で飲んで、ホテルで飲んで、21時には寝てたはず。なのに、22時に63回生体育先生から届いたお誘いメールに対して、23時に「行きます!」と返信した誰かが居る。その誰かは、その後もさらに飲み会の時間・場所に関して体育先生と数回のやり取りをしている。誰だよ。私、あれか、念ずれば通ずで、遂に泥酔時用の小人さん的な何かを生み出すに至ったのかしら。

 というわけで、昼前に自宅に戻って14時に自宅で荷物を受けとった後は、市内のネカフェで書き物(このブログの更新や仕事や)をして過ごし、18時約束ジャストで指定された居酒屋「K」へ。63回生のB組担任体育先生を囲んで、B組出身Iくん・Kくん・Sくん・Hくん、ゲスト私、の6人体制です。
 卒業生4人とも私と飲むのは初めて……なんですけれども、Iくんのお母様とは1年前に偶然イタリアン「B」でお目にかかってそのまま一緒に飲んだ、Kくんのお母様とはついこの間来校なさった折に主任化学先生と一緒にお話をした、Hくんのお母様とは「B」でIくんのお母様と同席されていて一緒に飲んだ挙げ句2人で二次会まで行った(上に京都のHくんに二人で悪戯電話を掛けた)、みたいな感じで要するに何やってんだ私はという感じなんですね。若しかしたら、私が生みだした小人さん的な何かが密かにSくんのご家族とすら連絡を取っていたりするかも知れない、など考えながら6人で和やかに乾杯。飲み放題の生ビールはエクストラコールドで、お店としてはこれを売りにしているようです。だから私がお代わりをするときに「僕は2杯目を瓶ビールでお願いします」と言ったら店員さんに超怪訝な顔をされました。「エクストラコールド……ではなくて、瓶で良いんですか?」みたいな。私は瓶ビール派ですし、エクストラにコールドされててもされてなくてもどうせ瞬殺だからエクストラに対してプレミアム感を覚えたりすることもないんです、と説明はしませんでしたが「はい、瓶で良いんです」とにっこり。

 Sくんは外進高1A組出身で、その時も担任は体育先生。入学者説明会の受付を体育先生と私とで行って、Sくんと最初に出会った時……
 私「に、全参加者の中で一人だけイヤフォンつけてふら~っと歩いてたから」
 体「即座に『あ、こいつは要注意や』と解った」
 私「二人で、『『来たね~』』って」
 体「そしたら、ドンピシャやったやんか」
 S「え~っ、そんなの全然覚えてない! そんなに目立ってました?」
 私「個性は無意識の時に漏れるの。初日1秒で3年間が見えた」
 体「まさかあそこまで(←全授業爆睡派)とは思わんかったけどな」
 まぁ、どんな個性的な子だって自分は普通と思いがちですよね。それが証拠にSくん、内進出身で高2からB組クラスメイトになったYくんを指して「Yくんは全然理解できなかった。何て言うかもう、宇宙人だよね」だって。私、「あのね、星が違ってるだけよ?」とまとめて二人を宇宙人認定。
 因みに、Sくんと私は、高1Aの中でよく「顔が似てる」と言われていました。ので、一度授業で「俺があいつであいつが俺で」ごっこをしたことがあります。授業開始時から寝くたばってるSくんを起こして「寝てんなら教壇に立て僕がきみをやる」と教壇に送り込んだ後、私は即座に爆睡するという。もう5年近く前の話ですから、ここ(はてなブログ)ではなく一つ前(ココログ)の日記の時代ですね。懐かしい。

 2軒目までは行ったんですが、途中で声が潰れちゃって全然話せなくなったので、私だけ離脱をする形で解散してしまいました。申し訳無い。

もう子供でもなくて 大人でもない

 5時前起床、1階大浴場で入浴。今回のホテルは、上京時に定宿にしている池袋北口のホテルの系列で、池袋と同じく1階に大浴場があるのですが、池袋のシャワーブースが12人分あるのに対してこちら新大阪は3人分のみ。湯船の大きさも池袋の半分程度で、実際に私が入浴をした5時半~6時は完全に一人で浴場を占拠の状態でした(池袋なら絶対に3~5人は入ってます)。
 新大阪から三ノ宮へJRで移動。7時前の電車には、お盆明けで働き人がいっぱい。電車内では米原万里の書評集を読んで殆ど感極まっていたのですが、その感極まった眼に嗚呼職業病どうしてこんな間抜けな誤植が飛び込んできちゃうかねというべき「虚勢された男」なる語を見て一気に脱力。で、脱力したならその脱力下で読むべき本は他で、取り出したのは北大路公子の最新刊。公子さんの本を読みながら、電車は7時過ぎの三ノ宮へ。

 三ノ宮では、まず90分ほどネカフェで書き物。その後、灘へ移動してコンビニで「怖い絵」展のチケットを購入し、そのまま徒歩10分で県立美術館へ。10時開館の1時間前に着いて、近くに喫茶店くらいあるだろうと思ってたらこれが全くなし。仕方がないので、近くにあるJICAの施設に入り、持ち込みOKの資料室に自販機のコーヒーを携えて入り、読書。読んだのは自前の本ではなく資料室の書架で偶然目に入った長倉洋海マスード 愛しの大地アフガン』。長倉氏はこないだ高2現代文で扱った文章の筆者で、マスードと寝食をともにしつつ彼の人生・思想を正確に捉えた撮り手による写真集は素晴らしく、あっという間に読み終えたものの気づけば時間が10時5分前だったのに「あっ!」となりました。
 慌てて走って美術館、既にチケット売り場は大行列でこれは先にコンビにチケットを買っていたのでスルー、でしたが到着の時点で会場入り口には数十人の行列で、結局入場できたのは10時10分頃でした。

 「怖い絵展」は、中野京子氏が10年前から刊行しているベストセラー『怖い絵』シリーズに想を得た展覧会で、目玉は例えばドレイパー「オデュッセウスとセイレーン」だったりフューズリ「夢魔」だったりホガース「ジン横丁」だったりドラローシュ「レディ・ジェーン・グレイの処刑」だったり、シリーズ内でも特に印象に残ったであろう諸作品なのですが、勿論本に登場して今回の展覧会に集められなかった作品は膨大ですし、逆に本には登場していない作品も多々出品されているわけで、それを怖さの多様化と捉えるのか『怖い絵』的世界観の希薄化と捉えるのかは多分人によって別れるところでしょう。私は、このために関西に来たと言っておきながらなんですが後者に傾いた感想を持っています。
 展示数は膨大、客はすし詰め。これは東京で観に行ってたらえらいことになってただろうなぁと思いながら、私は完全に逆を張って入場した直後にゴールに行き、誰もいない最終展示室で「レディ・ジェーン・グレイの処刑」を凝視してから、順路を逆にたどるという見方をしました。展示後半の作品約半数については、殆ど誰もいない空間で見たことになります。それでも、半分を越えて入り口の方に進んでいくと徐々に人が増えてきて、ゴールの絵(1枚目)は最も人口密度が高い環境で見なければなりませんでした。全部見るのに90分ほどかけましたが、順路どおり進んでいたらあと1時間くらいかかったんじゃないかな。
 『怖い絵』は、その絵のどこが怖いのか、を歴史的背景を絡めて中野氏が解説するというのが売りなので、今回は思い切って音声ガイドも借りてみました(最後まで、それが吉田羊の声だとはわかりませんでした)。けれども、殆どの絵に音声ガイドと同じレベルの解説がついているので実際には不要でしたね。

 一旦電車で三ノ宮に戻って昼食は「ショナ・ルパ」でカレー。例えば横尾忠則に言わせればここが日本最高のカレー屋らしい等評価は高く、そして実際にとても美味しいのですが、やっぱり「Sally」ですよ。今は失きK市の「Sally」がいちばん美味しかった(これは、思い出補正抜きの評価です)。因みに、「ショナ・ルパ」のライスは私の苦手な味なので、次に行った時には絶対にナンにしよう思いました(備忘)。
 再び電車で灘へ。駅から南に進めば美術館ですが、北に進めば王子動物園、日本で唯一コアラとジャイアントパンダとの両方が見られる動物園です。これは行かない訳にはいかない。ライオンもジャイアントパンダもゾウもコアラもオランウータンも、ペンギンとフラミンゴとを除くほとんどありとあらゆる動物は真夏の灼熱の中でぐったりと倒れているだけで、わんさの家族連れも「全然動かんやないか」「こらあかんわ」「サービス精神っちゅうもんがないねんな」等々流石関西人の言い垂らしたい放題でしたが、ぐったりした姿を見るというのもまた一興なんじゃないだろうか、と。園内には懐かしい以外の感想が出てこないタイプの遊園地コーナーがあって、「37歳が独りで乗るのはアリですか?」と尋ねたら係員のおいちゃんが「勿論です」と答えてくれたので観覧車に乗りました(何年ぶり?)。「暑いから、これ」と入り口で渡された団扇は、でも高いところをゆっくりゆっくり進んでいくのが実は結構怖くて、結局一度も使いませんでしたね。

 折角童心に還った37歳ですが、動物園を出たら即座に童心をぶち捨てる!
 阪神電車大石駅まで出たら、そこから灘の酒蔵めぐり、合計1時間以上歩いて汗だくだくになりながら、日本酒造りに関する資料館(酒蔵経営)を3ヶ所周りました。
 先ずは「沢の鶴」資料館。ここでは、古い酒蔵と酒造りの道具とが(酒蔵工程に従って)ずらり展示されています。面白い。杜氏さんたちをはじめとする職人たちが様々な道具に命名した隠語に「蛙」「燕」「猿」等々動物名を使ったものが多く動物園延長戦の様相(前述のように童心はぶち捨ててますけれども)。資料館を一通り巡った後はショップに入る設計になっていて(当然ですね)、そこでは日本酒・梅酒等々の試飲も出来ますし買ったものを配送依頼することも出来ます。ここで、事務嬢さん・Hさん・「もりき」マスターへのお土産を全部購入して配送手続き。梅酒と、酒蔵がプロデュースしている奈良漬を選びました。酒めぐりは楽しいし、試飲も徒歩の権利でぐいぐい行けるんですけれども、私は実は灘の酒はあまり好きではないのです(だからお土産も梅酒を選びました)。灘で美味しいと思ったのは「仙介」くらいかなあ。
 続いて「神戸酒心館」、だったのですがここの工場見学・資料館見学は事前予約が必要だったそうなので外観の写真を撮ってショップを素見したらおしまい。滞在時間は20分程でした。
 最後は「櫻正宗記念館・櫻宴」。ここで面白かったのは、大正末期に撮影された古いフィルムが上映されていたブース。伝統的な酒造りの様子を後世に残す映像、100年前の酒造りの様子が活写されていて楽しかった。ショップでの試飲も。

 動物園で童心に還って、酒蔵で童心をぶち捨てた37歳が、さて次に訪れた場所では再び童心に還ったと言って良いのか悪いのか。田舎の進学校国語教師が次に目指したのは、だって歩いて20分で着くんだもん、JR住吉駅という帰りに乗る駅への道すがらにあるんだもん、進学校教員なら行ってみたいと思っても仕方なくない? という聖地・灘中学校高等学校。
 中学記念受験で見事に不合格、以来高嶺の存在です。でも、東大に進学して卒業生と知り合ったり、後にF校の教員になって国語の先生方とお話しする機会を得たりして、良くも悪くも「意外に普通なんだなぁ」と思ってました。そんな私ですが、しかし実際に校門を目の前にするとやっぱ興奮しますよね。すぐ脇の電柱には塾の手が伸びて大きな広告が出てるところも進学校っぽい。でもって、その校門ですよ。閉まってるものだと思ってたら開いてるんですよ、17時なのに。開いてたら……入っちゃいますよねぇ。
 「お~じゃ~ま~し~ま~す~」と寝起きドッキリ風に潜入、構内無人(中庭清掃の業者の人はいました)なのを良いことに、「うをぉ、流石柔道場が広い!」とか「教室の机はレトロ!」とか「すげぇ、生徒用のジムがある!」とか「職員用トイレのウォータークーラー使ってやったぜなんだか偉い先生になった気分」とかやってまして客観的どころか主観的にだって完全なる不審者だなぁと思ってましたら、事務室から出てきたベテランの事務員さん(だと思われる方々)から「何!?」「何か用!?」と誰何されまして。「純粋観光ですさーせんミーハーで!」とバラエティに出たときの神木隆之介ばりに頭を下げたら、不信感は露でしたが見逃してもらえました。

 いや~、日本一の高校の雰囲気を浴びたぜぇ。と大満足のJR、住吉→梅田。昨日は串かつ今日は餃子、ということで梅田駅高架下の安い餃子屋で飲んで、新大阪のホテルに帰ってまた飲んで、21時の健康睡眠。

恋しくて憎らしい大阪

 朝、母君が自宅に来られて30分程お話を。庭いじりはこないだの数日をかけて全て終わらせたので、呼ばれたらこちらから伺うんですが(朝もまだまだ暑いですし)。母君がステーションへ戻られた後、着る物読む物を小さな手提げ鞄に詰め込んで関西2泊の旅行準備。Hさんちにお届け物を持って行ったら、駅近くまで送って下さるとのことだったので、お言葉に甘えて市内の人気ラーメン店「H」へ運んで貰いました。
 ラーメン「H」は市内中心部の大繁盛店なのですが、私は縁が無く15年のK市滞在で訪れるのは初めて。10時半開店の15分前に着いたのですが、既に4人が並んでおり、30分の開店時には後ろに更に10人ほど並んでいました。夏休みとは言え平日なのに凄いですね。で、1巡目の客としてラーメンの大盛りを頼んだのですが……これが塩辛くて、正直あんまり美味しくなかった。話のネタってことで今日が最初で最後の訪問になります。

 気を取り直してバスでJRのK駅まで。覚悟していた通り帰省ラッシュで新幹線(さくら)は夕方まで指定は全席満席だったので、行きも帰りも自由席です。幸いな事に、座れる席は確保できましたし、博多駅で大勢の乗客が入れ替わるタイミングで窓ぎわにも移れましたし。車内では主に読書(今回はCDを持ってきていません)、読了本は明後日の日記で更新です。

 新大阪着が14時半。駅徒歩5分のホテルはチェックインが15時からなので、ホテル側の純喫茶(←死語?)で時間つぶし。大阪の純喫茶といえば注文するのは勿論「レスカ」ことレモンスカッシュで、届いたレモンスカッシュ・コンビニのレジ袋を一緒に写メってオツカル様に送る。地下アイドル・絵恋ちゃんの代表曲に「レジ打ちでスカ」というのがあり、えれにすとさん(←絵恋ちゃんファン)たちは曲に合わせてレジ袋を振りたくるのですが……。
 私「大阪なう。『レジ打ちでスカ』も略したら『レスカ』なんだから、レモンスカッシュとレジ袋との写メでもえったんこ飯になる、という命題は真ですか?」
 オ「真ですが真人間ではなくなりましたね」
 私「思い立ったがえったんこチャンス」(←1件のいいね)
 「えったんこ飯」というのは、ファンが食事映像に絵恋ちゃん関連グッズを滑り込ませて写メってオンラインにUPする行為を指します。

 ホテルにチェックイン後、新大阪から梅田に出て、今日の観光(と言っても既に16時ですが)は梅田スカイビルにある「空中庭園展望台」。階段でビルの3階へ、そこから360℃視界のエレベーターで140m35階へ、そして、35階から39階へはチューブ型のエスカレーター(近未来感!)で移動。40階展望エリア・屋上展望台(屋上回廊)で外の景色を楽しむという仕組みです。
 屋上は32℃の表示でしたが風があって爽快、来場者も数十人規模でその半分が日本人、4分の1が日本以外のアジア人、4分の1が西洋人という構成(ざっくりしてんな)。恋人同士で来ると2人の名前を刻印して飾れるハート型の鍵を作ってくれるそうです(ふ~ん)。
 以前東京タワーに行った時には「高得点」というタワー型のお守りが売られており、これは勿論受験生に縁起が良い品物だったので当時担任をしていた63回生A組全員に買って帰ったのですが、大阪空中庭園のグッズは受験生ではなくカップル寄りだったので残念。素直に自分用のポストカードだけを購入して下界へ降りました。

 そう言えば、今朝自宅に来られた母君は、ステーションの職員の方に写真を撮ってもらい、そのデータをタブレットに取り込んでいつでも見られるようにしたそうで、私も見せていただきました。何を写した写真なのかというと、和紙折り紙で折った鶴です。何羽も折って糸で繋いでレイのようにしたもの(首にかける訳ではありませんが)。自宅にも、ドアの取っ手に幾つかかけてあります。ステーションの入居者の方々や職員の方々にも好評で幾つもせがまれ、私が上京する毎に折り紙をお土産に頼まれる所以。
 という訳で、今回の旅行は割とばしばしと写真を撮っています。「空中庭園」の後で訪れた「中自然の森」(50種2000本の木が植えられた「人工的自然空間」)では何十枚も写メを。母君は植物がお好きで種別にもお詳しいので、お喜び頂けるかも知れません。

 夕方からの観光だったので訪れたのはそこだけ。梅田駅(広い!)近くで適当な串カツ屋に入ったら明確にハズレだったのでビール1杯と串カツ数本のセットで切り上げ、新大阪駅内で絶対に外れない人気店に移り(10分並びましたし、時間は1時間制でした)独酌読書。
 ホテルに戻って健21時前に康睡眠。明日が今回の旅行の核、神戸にて「怖い絵展」です。

あおい月 風に揺れ わたしを誘った

 西原リエゾウ先生が(漫画がというよりも相方のTwitter等に出てくるお姿が)なんだかもう止まらない状態になってるのは、これは仕方ないんですよね、きっと。先生、美大生だった時代から(もっと前から?)ずっと一貫してパートナーの色に全面的に染まるということを繰り返して来られたんですから(それが続々と漫画のネタを生み出してきたんですから)。

 偶然つけた朝のTVで流れたNHK『昔話法廷』、「猿蟹」の回だったのですが、寡聞を悔やむ面白さ(久しぶりに須賀健太を見ました。こんなになってたんですね)。そのままネットを漁って「3匹の子豚」「白雪姫」の回を視聴してしまいました。午前中の学校デスクワークの時間が消失。
 そのまま今日は一日学校をお休みすることにして、市役所や郵便局を廻って諸々の手続きを済ませました(母君の引っ越し・入院・通院関係の諸手続はまだまだ続くのですね)。ネカフェで書き物(ブログや仕事や)を行っていたらあっという間に日は落ちて、夜は「もりき」で独酌。明日からは(上京に比べたら大した意気込みはありませんが)ふら~っと関西旅行2泊です。

ふう時々紅く灯るたび 照らされる横顔

 雨音に気づいて早く起きた朝、呪詛よりもいっそ感嘆の声だわ、何でこんなに外さずに雨を降らせるかね野球部顧問。でもって、一瞬の雨の途切れめをよくも見分けて来ましたね母君、帰れなくなったらどうすんのよ、とツッコむ間もなく庭をちょこちょこっといじった後は「食事の約束は延期ね!」との言葉だけを残してさっさとお帰りになってしまわれました。半ば呆然で化学先生に「交流戦は中止でしょ? OB会はやるんですか?」とメールしたら、「飲むのは飲む!」と元気なお返事。望むところだ。

 武田砂鉄『芸能人寛容論』読了、★★★★。気鋭のコラムニストによるTV評論集、と言えばナンシー関と比較される(そして否定される)に決まっているわけで、実際に各タレントごとに「そのタレントが言いそうなセリフ」つきの似顔絵を付してなんていうデザインは明らかに彼女を意識しているんですが、あとがきの砂鉄氏は(割とどや顔で)「ナンシー関エピゴーネン」という評価はダメージどころか過分な光栄だという認識なんでそれを批判として言ってるつもりなら全く当たらないよ、と書きます。自分は先達ナンシーの寸鉄を激しく尊敬しつつ、迂遠冗長な比喩を用いて彼女とは異なる文体を模索しているんだ、と言う。気持ちは凄く分かります。私も以前、63回生の誰かに「××完コピ」(←「××」は国語科恩師先生です)と黒板に書かれて、「劣化コビーじゃヴォケッ!」と喜んだことがありますから。実際、違う文体を模索しているならそれをどんどん突き詰めて欲しい(そういうコラムをどんどん読ませて欲しい)。でも、それなら「現役時代の谷亮子が自ら『前人未到の四連覇』と述べてきたようなスケール感」という比喩は使わない方が良かった。これはナンシー寸鉄の極みとも言うべき彼女一流の比喩でそこに敬意を払うなら出典を書くべきだし、追慕ゆえの本歌取りを言うには若書きだし、そもそもその本歌取り本歌取りと若い読者に気づかれる可能性は少ないし(ナンシー関は2002年没)。

 自宅、ミスド、書店、ネカフェ、学校、自宅、野球部OB会@居酒屋「T」……は、二次会人身御供を避け、一次会後に化学先生と2人で退散。野球部の話題には全くついていけないアウェイだったので、今回は専ら話の聞き役(でしたが楽しかったです)。お酒のお土産を下さったOくんに多謝。

 今夜の野球部OB会でもそうだったのですが、最近の飲み会って自然に「喫煙席」が出来ますね。喫煙者が最初から端っこに固まるか、最初はバラバラの席だったのに吸い始める段になったら端っこに固まって移動しちゃうか。私「別に、移動せんでもねぇ?」 化「いや、俺は煙は嫌だ」ってやり取りのように非喫煙者の反応は様々。私は色んな人と話したいのに、喫煙者が逃げていく感じ。
 職員室の飲み会を考えても、私が就職した15年前なんて誰もそんなこと気にしなかったんですけれども、今はめっきり少数派になったスモーカーが非喫煙者の意を忖度して下さるもんですから自然に席が固定化されて私は大変勿体ないと思う。これは、毎度毎度幹事をやってて結構気になる問題なのです。卒業する高3に「喫煙するな」と言うのは、宴会で不自由な思いしたり卑屈になったりする可能性があるからそれを避ける意味でね、ってのも大きいかな。

すきまだれけのテーブルを 皿でうずめている私

 16日(水)から2泊3日で大阪(を拠点に関西を)旅行です。主目的は17日(木)の神戸「怖い絵展」です(その時のランチは三ノ宮「ショナ・ルパ」でカレーかな)。関西方面に関しては、タダでさえ人脈が薄い上に時期的に卒業生は帰省しているでしょうから、夜の飲みが見つかるかどうかが分かりません。連夜独酌も覚悟ですね。TQC18期唯一の関西勢であるアラリンにメール送ったら、旅行中でアウトでした。

 朝の母君来訪(私は風呂に入ってる最中でした)から、学校でデスクワークしたりネカフェで書き物をしたり久しぶりに市内を2時間ほどウォーキングしたり家でだらだら「DQ11」をやったり(クリア後も世界が続いてるんですね)。ぼくのなつやすみ

 63回生学年主任化学先生からのメールは明日の飲み会のお誘い。顧問を務めている軟式野球部のOB(63・64回生)とOB会をするとのこと。だからそんなアウェイ会に何で呼ぶんだよ、と言えばそれは財布にするかどうかはさておき間違いなく二次会逃走用の人質・人身御供。飲み会には行くぞ、でも二次会人質には絶対にならんぞ二次会があるならお前も連れていく若しくは一次会で帰るなら俺も連れて帰れ、という念を込めて「是非参加させて下さい!」とリプライ。
 あと、これが一番大事なことなんですけど化学先生、夜にOB会やるってことは昼は現役生とOB組との交流戦という野球部のイベントを行うってことですよね。んなら、雨男、あんた明日雨降らせるのだけは絶対勘弁ね。私、母君とお昼ご飯の計画を立ててるんだから。

キミが生まれて 出逢えた事 その事だけで

 今朝は5時台に母君が自宅に来られて庭いじりをなさっておられましたが、昨日というか今日(←日付跨いだ人間のこの常套句を使うのって久しぶりじゃないかしら)が遅くて殆ど夢現の状態でお相手をしたために癌患者に体調を心配されるという失態をかましてしまいました。理由は口が裂けても言えるもんじゃありません。
 母君がリハビリステーションに戻られた後、少しだけ「DQ11」をプレイして表向きの最終ダンジョンを攻略したのは、日常生活の(何をしてても未クリアのゲームが気になる)しこりを取り除いたという意味では前進なんじゃないかと思います。人生のハードルが低い上に、「少しだけ」と書いた時間が実際は3時間だったという駄目さ加減については自らの目耳口を閉ざすことにします。だって、12時に宅急便が届くまではどうせ外に出られなったんだし(上京ホテルから送った荷物です)。

 昼過ぎから学校に出向いてデスクワーク。お盆期間で土曜の学校になんて誰がいるはずもありませんが、本日の夕食を約束している63回生Eくんってまたお前かよこないだたっかいピザを飲むみたいにして食ってたじゃねーか、が来校して「誰ともアポをとってないけどとりあえず体育館でダブルダッチの練習をしたい」とか我儘を言い出したので、我儘に対しては徹底的な甘やかしで報復するタイプの人間として、警備員さんに炎熱体育館の入り口を開けてもらい、入館即上裸のEくんにペットボトルのお茶(しかもたっかいヘルシア茶!)を差し入れする。ラビット(雑に言えば「逆立ちジャンプ」)の練習をするんだそうです。

 さて、そのEくんとご一緒するのは肉料理「I」で、Twitterのフォロワー諸氏に対して「誰か来ます~?」のゆる募をかけたらまさかの58回生Fくん(63回生とは全く関係がない)が手を挙げて、でもってこないだの55回生Tくん相手の時と同様に友達胃袋宇宙大のEくんが「全然問題ないっす~」という返事だったので、今日は47回生(私)、58回生(F校親玉大学医学部6年生)、63回生(東大教育学部3年生)の3人で飲むことに。

 63回生が58回生に敬語を使うのはまぁ当たり前だとして、58回生が63回生に敬語を使うのは違和感があるけど、と言えばFくんは「いや、そんな、東大様に対して」なんて思ってもない言い訳してましたけれども、どうしてEくんに気後れすることがありましょうか。もしかして、趣味みたいに財布なくす癖が数日前に炸裂した結果現在全財産が3000円しかなくなったからとりあえず緊急事態に財布として使えばいいと普段から考えている池ノ都のゆる募にのっとけということで手を挙げた浅はかさと浅ましさとをEくんから馬鹿にされているんじゃないかと思っているんでしょうか。それなら、東京ピザとK市肉とで胃の中に諭吉一枚分程度の飲食物を流し込んだEくんもそんなに変わんないと思うから気にしなくていいはずです。
 Fくんがトイレ行ってる間にEくんが「でも、財布なくしたっての、あれ嘘かも知れないからねぇ」とサラッと言ったのは「ほう」とちょっと感心しました。そゆこと考えられんだね。私は、何か物を失くしたり落としたりしたという話を目の前の人がしたら、必ず「それ、新しいカツアゲ?」と聞くようにしています。

 Eくんに言いたい。食いっぷりから美味しいと思ってもらえてるのは確かに伝わってるから文句は言わないけど、取りあえず1軒目を出てから先ず「美味しかった」とか「ご馳走様」とかを言う前に「担々麺が食べたい」とか次の食い物の話をするのは勘弁して欲しい。でもって、1軒目で〆のチャーハン(ガーリックライス)まで食っといて次もまた炭水化物かい、剰え上に肉がかかってるやつじゃないといかんのかい、とこれは小食コンビの私とFくんとが揃って絶句。
 1軒目「I」から徒歩5分、中華料理「H」で少しだけ飲み食いをして健全に解散。何しろ「H」が自宅徒歩1分なので、帰りはFくんにEくんを送ってもらいました。Eくんからは、後から「帰り道でFさんとも仲良くなれました~」ってメールが来ました。流石。

くたびれる毎日 話がしたいから

 4時前に起床して入浴、5時に学校入りできる状態だったのですが念のためと思い読書しながら待機していたら果たして6時前に母君から着信アリでご来宅の意向。鍵はお渡しですし私の家だということは母君の家でもある訳ですから勝手に入ってもらって構わないんですけれども、ここは実際に対面でお話できる貴重な時間ということでひとつ。庭いじりは全ての面積を終えるまで後数日かかりそうなので、しばらく毎日通われるおつもりなのでしょう。

 リハビリステーションへ戻られる母君をお見送りの後、私も学校へ徒歩通勤7時で、今日のデスクワークの最初は高3某くんからのAO入試の自己推薦書添削。途中、自習のために学校に来た我らB組の某さんから差し入れ(?)の蒟蒻ゼリーをもらいました。
 ノンストップで5時間働いた後作業を切り上げて帰宅。

 本日午後12時半からの私はクズみたいな(即ち大学時代みたいな)無産泥酔ゲーム脳状態に突入するぞ、と決めておりました。というのも、上京中に終わるかなぁと思っていた「DQ11」に思いの外梃子摺りまして、これが中々終えられない。終えられないと、外の何をしていても若干のしこりのようにそれが気になる状態が続くんです。そこで、ちょっと気合を入れて(何だったら10数時間ノンストップで)3DSに対峙しようと決心したんですね。決心とか言ってますけどやるこたクズですからね。
 というわけで、自宅リビングで乾き物中心のつまみ、どんだけでも出てくるぞの缶ビールは冷蔵庫内にびっしり、という状態でプレイ開始です。

 ……ビールゲームビールゲームビールゲームビールゲームビールゲームビールゲームビールゲームビールゲームビールゲーム……

 夜19時の携帯にメールが届くまで、1回もセーブをしなかったし、5分たりともグラスの中のビールを切らすことは無かったんです。恥ずかしいから缶ビールが何本空いたか言えないくらいです。で、そんな状態で届いたメールを見たらあらお懐かしや56回生理系Iくん(京大理学部卒業→九大医学部)からで、今市内で同じく56回生理系2人と飲んでるんで合流しませんか? というもの。
 誘われて断ることはありえませんが、既に7時間で3~4リットルのビールを飲んでる人間が行って邪魔にならないだろうかと「もうど酔っぱなんだけど良い?」と聞いたら勿論ですともカモンジョイナスということだったので……。

 バッグに着替え用のシャツと汗拭きタオルを1枚入れて、自宅からイタリアン「B」まで20分間全力疾走。タクシーだと1000円を大きく超える距離ですが、少しでも飲んだ分を発散(蒸発)させてから飲み会に臨みたい37歳のいじらしい心遣い(?)です。
 勝手知ったる「B」に入ってマスターにご挨拶の後、「何ですかその汗だく!」と驚く卒業生3人には挨拶もそこそこに先ずはトイレでシャツを着替えました。今着てきたシャツはそのまま捨ててもいいくらいでしたが一応持ち帰ります。

 山の日万歳この一日が大きいんですよ、と長崎の食品メーカーも鹿島の鉄鋼会社も口を揃える。九大医学部6年生はまぁ夏休みだとして、食品に鉄鋼にの社会人はカレンダー通りの休みしか取れないから実家のあるK市に何日帰省できるかというのが今日という新興の祝祭日一日の有無で大きな影響を受けるのです。
 というわけで、K市在住47回生(教員)と、K市帰省中56回生3人とで乾杯、やっぱりあれですね、全力疾走のあとのビールは美味しいですねと私はまだ飲める、というか酔いが醒めてる。

 食品メーカーや鉄鋼会社のお話を聞きながら(これ、そのまま「進路講座」じゃねぇかって話でした)、ビールにハイボールにと杯を傾け、当然のようにもう1軒という話になったので文化街に移動してライブバー「A」へ。カラオケやマスターのギターやで歌いながら飲んでる内に、流石56回生(28歳)はどんどん元気になっていくようで「最後は絶対屋台でラーメンを食べます!」と言い出す。47回生(37歳)のオジさんは「それは無理こっちは12時からもう半日飲み食いしてるラーメンは無理」と翻意促しまくりですけれども不可能でだったら退散するしかないかと思ったけれどもジョイナスのお誘いが割と強引。仕方がないので、店員さんに「後5分でお時間です」と言われた最後のカラオケ選曲に矢野顕子「ラーメンたべたい」を。「ラーメンたべたい」と連呼している内に自己暗示でラーメンが食べたくなることに賭ける!

 ……賭けには負けて、私はラーメン食べたくなることなく、逆に聴いてた卒業生たちのラーメン欲求だけは滾るという逆効果の中、4人で屋台のカウンターに並んで麺をすすりました。私は半分以上ほかの3人の丼に麺を移しました。

 深夜1時過ぎの徒歩帰宅。昼の12時における「大学時代のようなクズ生活を!」という決意を、神様っているのねわざわざ卒業生まで使って完遂させてくださるなんて、と天の恩寵にしみじみと感じ入りつつ帰宅即失神。