琴は静かに鳴りいだすだろう

 テスト2日目、監督もあった、出題(高2現代文)もあった。午後は丸丸おもいっきり採点。で、採点と並行して、5日の日記に書いた「短詩を三十一文字で訳す」という表現実習の添削もやっているんですけれども、事前の予想通り面白かった。

 「うしろすがたのしぐれてゆくか」(山頭火)は自己客観の句ですから、短歌訳として大正解なのは、
         生徒A(男)【たとえいまきえてもだれがかなしもううしろすがたのしぐれてゆくか】
 ですが、汝見送り型の解釈も成立しないことはない。
   生徒B(男)【忘れじと誓った恋の記憶さえうしろすがたのしぐれてゆくか】
   生徒C(男)【薔薇ノ木ニ薔薇ノ花サク薔薇ノ赤キ美ニ触レシ人ノ鮮血ナノカ】
 は白秋をV系風に訳して個性的。
   生徒D(男)【薔薇の木に自失茫然薔薇の花内包されし生命神秘】
 は文系躍如と言って良いのでしょうか。
 八木重吉「素朴な琴」の短歌訳に
   生徒E(男)【秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる】
 と藤原敏行短歌を書いてきたのには笑わされました、やるじゃん。
 夢二「宵待草」を
   生徒F(男)【雲かかり月も出ぬ夜の宵待草待てど暮らせど着信はゼロ】
 放哉「こんなよい月を一人で見て寝る」は
   生徒G(男)【一人見る月は綺麗で仕方無く携帯を投げ布団をかぶる】
 等々、平成短歌では携帯が重要アイテムに。さて、男子校色が色濃いF校、生徒の人気は上記放哉のぼっち俳句に集中し……。
   生徒H(女)【こんなよい月を一人で見る夜のかすかな孤独につつまれて寝る】
   生徒I(女)【窓の隅こんなきれいな丸い月一人寂しくそっと見ぬふり】
 の女子二人大正解素直短歌訳を、しかし男共は「つまらん!」と言い捨てる(ひどいなぁ)。
   生徒J(男)【望月の出づる今宵も床に臥す衣かたしきひとりかも寝む】
 ぐらいひねれ、と。そして一人は楽しいんじゃハッピー一人じゃ、と主張するのがF校男子クオリティ。
   生徒K(男)【贅沢に夜のつれづれ味わってこんなよい月一人見て寝る】
   生徒L(男)【美しい満月の日に一人だけ空を見上げて楽しんで寝る】
 成程。次のも大分キテます。
   生徒M(男)【あかあかやあかあかあかやあかあかやあかあかや月俺一人寝る】
 担任の「明恵上人のパロディですね」の言に、生徒「元ネタが高尚過ぎる!」 そして極めつけはF校男子臭ムンムンのこれ、
   生徒N(男)【F校出大学行っても彼女はできずこんなよい月を一人で見て寝る】
 初句は無理から5字に収めたのに(←この日記では、学校名を「F校」に変えています)、2句目以降ダダ漏れの字余りになってる辺りに作者の悶々感出まくってます。さて、続いて人気の原詩は「33333333333……ああ、きりがない」の岸田國士訳『博物誌』より、「蟻」。
   生徒O(男)【蟻を見て数字の霊に惑わされきりなく続く3の行進】
 は先日授業で扱った中島敦「文字禍」を使った。
   生徒P(男)【ありありとありのあることきりもなし3のならびはもうさんざんだ】
 は先日資料配付した谷川俊太郎『ことばあそびうた』を使って。いやあ、生徒達遊んでるなぁ楽しいなぁ、と思ってた、ら。
   生徒Q(男)【3333333333333333333333333333333】
 に仰け反る。乱歩だよ。さて、
   生徒R(男)【湧く蟻が数字の3に見えてくる3の3乗さらに3乗】
   生徒S(男)【3という数字に似ている蟻共のその数なんと3のn乗】
 前者文系と後者理系、数学的に正しそうなのはどっちなんでしょう? そして、生徒P氏が提出プリントの裏に不思議な詩を書いてきました、題は「或る休日の男子高校生」。
   生徒P(男)【ゆうゆうと/薔薇ノ花サク/美しさに耐えかね/花の番地を捜して/一晩じゅう/硬直している、真っ黒な/頸/夜の九時/精いっぱい/何度でも打ち上げよう/一人で/しぐれてゆく/やるせなさ/きりがない。/「サヨナラ」ダケガ人生ダ】
 上記実は、お題の短詩15作から部分部分を引用して継ぎ接ぎしたコラージュ作品。山村暮鳥「雲」から「ゆうゆうと」、八木重吉「素朴な琴」から「美しさに耐えかね」、黒田三郎紙風船」から「何度でも打ち上げよう」、山頭火俳句「しぐれてゆく」……等々を組み合わせて、男子爆笑女子「最低!」の作品が出来ました。いやまさか生真面目なP氏がこんな、ねぇ。最早『博物誌』がポルノ隠喩にしか見えません。こういう意外性もあるから表現実習は面白いのです。じゃあ、最後は美しく。
   生徒T(男)【静けさに素朴な琴は鳴りいだす紅葉透かした光の中で】
   生徒U(女)【落ちてきた紙風船と願いごとまた打ち上げるもっと高くへ】
   生徒V(男)【夢の中病の母をおいかけるうしろすがたのしぐれてゆくか】