時には昔の話を

 結構前にtwitterで見て気になった文章。本当はいけないのかも知れませんが、詠み人知らずって言っていいレベルになるくらいにはRTされてる有名なやつだと思うんで、以下引用。
 【昔バイト志望の履歴書に志望動機で「遊ぶ金欲しさ」と書いてきた男子高校生。面接ぐらいはしてやるかと、面接時志望動機を改めて聞いたところ 「うち母子家庭で貧乏っす。なんで小遣いで遊ぶの後ろめたいっす。自分で稼いでカラオケとか行きたいっす」 面接社員一同天井を見上げ 「お前採用…!」】(引用終わり)
 これ、何で「一同」って一語を入れたんだろう。

 さて、本日も5時出勤、の学校にはまだ流石に高校生は来ておらず。天気は曇り、文化祭終了(外からのお客様をお返しする時刻)の後15時頃から雨が降り出す予報で、そこまで雨が降らなかったら御の字、外テントバザー等々の片づけが終わる17時過ぎまで雨が降らなかったら大勝利。
 バザーや展示準備の生徒は6時前くらいに登校を始めています。文化祭初日、F校会場の日は全員私服登校可で、私も体験授業がない今年は私服でも良いかと思ったのですが、夕方の仕事(後述)があるので背広で出勤、職員室で上半身だけ文化祭Tシャツに着替えました(何人かの生徒・保護者に「学生と間違えました」と言われましたが、流石に34歳でそれは無いということくらい分かっております)。

 去年の「男く祭」と最も違うところは、私が担任を持っていないということ。猫可愛がりする生徒200人がいない、高3の副担任で授業もやってるから彼ら200人は知ってるけれども、高1・高2の400人とは授業でも担任団でも一切面識が無い! アウェイ! はっきり言って、別にいなくてもいい扱い! これは、楽! 去年はバザー食品購入、バンド観賞、体験授業、を3本柱にしてたんですが……。
 例えばバザー。去年は高3のやってる店舗は全て回って購入したけれども、今年は殆ど回っていません。個人的には、ハンバーガーを売ってたお店が良かったかな。それからポテト焼きと、後はトルコアイスも美味しかった(っても、あれは作った感は無い商品だけれど)。
 でもって、バンドは観てませんし、体験授業もないから手持ち無沙汰。唯一、中央ステージで行われた「ウケメン」(お笑いコンテスト)の審査員という仕事があったけれども、これは昨年度の優勝コンビ、我等が63回生A組出身のNくん&Kくんのコンビのネタを10点として採点したら相当楽でした(5組出場のうち、最高点をつけたコンビで7点、最低点は4点です)。

 結局、文化祭が行われていた9時~15時の6時間の殆ど(4時間くらい)は、進路指導室で文化祭見学に来た63回生とくっちゃべってました。
 途中、56回生Tくんが顔を見せに来て下さって、二人で30分ほど話したんですけれども、その間もず~っと楽しそうに横で喋ってる63回生(大学1年生17人と、浪人生3人と)を見て「若いですねぇ」ってしみじみ。君だって若いけれど……高校生の時からかなり老成していた感はあるかも。何しろ、九大医学部現役合格の理系なのに、学級日誌の日直感想は全て旧仮名遣い、趣味は漢詩を詠むこと、でしたからね。今は、医師として2年目、3年間医師として働いたら九大医学部大学院に戻って研究医の道を歩まれるとのこと。私の方は、昨年末に母親を襲った肺癌の顛末をお話して、それについて色々お話を伺いました。穏やかで(相手の立場と)不即不離の、しかし暖かさを感じる語り口に、この人が担当医なら患者は安心することだろうなぁ、と感心しきり。尊敬します(彼が高校生の時からそうでしたけど)。

 で、63回生の方に話を戻すと。20人っていうから全体の1割が進路指導室にぎゅう詰めになってワイワイと話す。結論を端的に言えば、「twitter怖い」「こいつら意外と黒い」って2点かな。
 で、20人の中には浪人生が3人(うち1人なんて、志願して私と一緒に「ウケメン」の特別審査員とかやってましたからね。受験でスベったやつをお笑いの舞台に上げてどうすんだ、と←暴言)。私の感覚から言えば、浪人生は合格した大学生と接点を持つな、なんですけれども、今日は仕方ないんでしょうか。大学生活が始まって1ヶ月弱で(新歓期すら終わっておらず)、大学に進学した生徒の性格や生活(端的に雰囲気に出ます)が余り変わっていない状態だから(まだ)許せるのかなぁ。大学生臭を身にまとい始めた元同級生とは、浪人生は絶対に会わない・遊ばないことです。圧倒的非日常の今日が、最初で最後みたいな覚悟はあっていいんじゃないでしょうか。
 その63回生の中に(って書くと流れで浪人生と誤解されそうですが大学生です)、前文化委員長(男く祭運営のトップ)Uくんが居たので、質問。「U、2日目市民会館のタイムスケジュールがぎゅう詰めでもう限界、直観で次の手は?」 答えは私の期待通りでやっぱりそれしかないもの。でもって、その次の手を打つのは(とある事情で)次回の「男く祭」の前が最後のチャンスなんですね、多分。まぁ、私は生徒指導部に縁の無い人間だから別に良いですし、その位の事は何人かの先生は既に口に出しておられますし。あ、そういえばUくんのご家族からお土産の日本酒を頂きました。多謝。隣にいたKくんが「どうせブログに書くだろう」と仰有ったんで書きました。

 備品移動20分瞬殺! の後、再び卒業生と話をして、18時に高2の生徒2人(65回生時期文化委員長&講演係)とタクシーで市内のホテルへ。64回生高3の講演係(長)他生徒3人とホテルで合流し、私が生徒5人を引率する形で、明日の文化祭講演者・森達也氏との食事会が行われます。
 生徒5人と森氏の6人が夕食をとりながら、翌日の講演内容に関して質疑応答や準備のご相談(講演係その他は舞台袖で忙しく、実際は講演が聴けないこともあるのですね)。流石にF高の生徒5人も揃えば、明日の講演はこういう話になるんだろうなぁ、というのがきちんと炙り出されるやりとりになります。私は6人のテーブルの隣で烏龍茶を飲みながら2時間待機。私の分の食事代の支給もあったのですがそれは返上です。昨年の内田先生の引率の時もそうしましたが、あくまで「男く祭」は生徒自治・運営ですので、私がその輪に入るのは越権なんですね(多分)。とは言え、テーブルの横に座って、御著書その他から想像できる「森達也氏が言いそうなこと」を実際に森氏の口から聞けるという機会は役得でして。
 先日、東京は池袋で行われた「新藤兼人平和映画祭」に出向き、そこで行われるディスカッションにおいて参加者だった森氏のお話を聴くのが楽しみだったのに、実際はほぼ全ての時間を加藤登紀子さんがマイクジャックなさったために森氏のお話を一言しか聴けず残念でした、という体験をご本人に直接お伝えできたのが少し嬉しかったです。「あぁ、そんなことがありましたね!」と森氏。「でも、そういうハプニングが面白いんですよ」

 会食終了は20時30分。タクシーで生徒を学校に送り届けた後、雨の中(そうです、祭りの途中も祭りの後の片付けの最中も降らなかった雨は夜になって降り始めました)を「もりき」へ移動。「えらい遅い来店!」と驚かれながら、瓶ビールと日本酒1合、肴は鶏モモのタタキとすまし汁。1時間ほどの滞在で眠さがマックスになったので(雨も強いし)、ワンメーターなのにタクシーを使って帰宅しました。