読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

時が見える さびれたこのホテルから

 国語教師は読書を、ゲーム会社社長はゲームを、バレリーナはバレエを。好きを仕事にしたらそれを純粋には楽しめなくなる、というのはベタですけれども一面の(あくまで一面の)事実ではあります。
 ところへ、井上荒野『静子の日常』が傑作でした(★★★★★)。初めて読んだ作者なのですが、面白いことは事前に知っていたのです。過去のF高校入試出典なのですが、入試会議で初めて本文と設問とを読んだときに、部分の切り取りなのになんと面白い小説・キャラクターなんだろうとビックリしました。この本から私は問題を作れなかっただろうなぁ、とシャッポ脱いで感服。実際、「作問可能性への配慮」を忘れた一気読みでした。

 薬院のホテルで目覚めて、天神まで歩いて昼食は「一蘭」。お重みたいな丼で出てくる店舗だったのですが、ラーメン1杯と替え玉とで1000円っつーのは本当にもうラーメンではない何か別の料理ですね(味は嫌いではありません)。
 ジュンク堂タワレコとに寄って、西鉄でK市に帰還、13時に投宿中のホテルに着(ホテルからホテルへ、ですね)。タワレコで買った新居昭乃さんのニューアルバムを聴きながら、ホテル内のコインランドリーで下着類の洗濯。

 行くか行かないか迷ったのですが、15時半に職員室入りして仕事。明日からの職員研修会(本格的な出勤)を前に、私以外の出勤は国語科の後輩先生が一人だけでした。おかげで、他の科の先生の耳目を気にせずに堂々と入試業務に関する話が出来ましたし、授業準備(高3現代文)で後輩先生が急遽欲しくなったという本を貸せたし、出勤して正解でした。

 センター(共通一次)・東大・京大の入試現代文出典は、出来る限り買い集めて国語科に陳列し、誰でも勝手に借りていけるようにしています。但し、欠本はちょこちょこ。絶版だろうがAmazon(他ネット)を使わずに古本街邂逅を待つというゲームをしているので。例えば、センターの出典「短い文章」が収録された寺田透の1951年の文学論集は、神保町の某古書店で外置きのワゴンに。まだ東京大学出版「部」という名称だった設立初年度の刊で、Amazonなら1円の投げ売り(ネットは値段検索に使うことはあります)、珍しい本などでは全くないんですけれど、向こうから目に飛び込んでくるケースに軽く天職を錯覚するひとり遊び、楽しいんです。ポケGO感覚?