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「10兆万円かけるかー!!」 わけのわからん単位を口にしてるヤツ

 本日は春休みの課題テスト、私は現代文50点分の出題が2限にあります(1限英語、3限数学)。5時入りの職員室でデスクワーク(学級通信作成・印刷など)。始業後は1限監督、2限出題、3限監督(中に、本当はいけないんですけれども2限に終わったテストの採点をガシガシ)。半ドンで生徒は下校、とは言っても部活だとか月末の「男く祭」の準備だとかで学校に残る生徒は多く。担任としては、自分のクラスの生徒が下校する18時まで残っておくのが礼儀(義務に非ず)なのでしょうが、今日は礼儀(義務に非ず)をすっ飛ばして学校を飛び出しました。タクシーでJR、新幹線で小倉、タクシーで「S」病院です。新幹線内では、B組41人のフルネーム(漢字)暗記の「お勉強」など。これ、新学期が始まるまでにやっときたかったんですけど、私生活の後ろに回してしまってて。

 この4月だけで、例えば大学時代の1年分くらいの時間はお会いしているのではないでしょうか。本日の母君は点滴が効いたとのことで顔色良く、空嘔吐きは多少残るものの呼吸も安定。何より固形物が口に出来たことが喜ばしいわけでして、動物はやっぱり食べて寝てナンボだという話。「池ノ都くん(←二人称)も一日一食とか我を張らずに、しっかり食べないと駄目ですよ」と頻りに仰有る母君に、本日18時の約束で自宅に冷蔵庫が届く旨お伝えする親孝行(ん~と、親孝行のために、中にどんなものを入れるつもりなのかはお教えしませんでした)。

 昨日の方とは別の主治医の先生が来てくださり、患者の家族(要するに私)に対して、患者(要するに母君)の病状と、K市大学病院にて今後受けるであろう治療に関する(先生曰く)「予習」を施して頂きました。主治医先生は私より多少上、アシスタントの年若い先生と同じく年若い女性の看護師さんと3人で、みっちり1時間もかけた説明が行われまして。
 主治「今まで2年半、無治療だったということで」
 息子「14年末にこちらで肺の手術を行って頂きました後は、直後にK市の病院で小脳転移のガンマナイフを。16年の5月にも小脳転移再発ということで同じ病院でガンマナイフの施術を。後は、2ヶ月おきの大学病院通いで、血液・CT・MRIと定期的に」
 主治「あぁ、息子さんの方がご記憶がはっきりしておられる。お母様は施術の日時が曖昧で」
 息子「当事者ですし、その施術以外は働くだけの毎日で変化や区切りがない生活でしたものですから」
 主治「成る程」
 母君は、明日この病院を退院した後で徒歩2分の自宅に1泊、翌日K市に移動して(またもや職場のS氏に車で送って頂く!)MRI検査という流れ。
 主治「その後の治療がこうなるであろうということを、予め予習なさっておくと良いかと」
 息子「脳の転移をどうするかということですか?」
 主治「それと、並行して抗癌剤の治療も始まるかと思います」
 息子「肺にも転移が見られると昨日伺いました」
 小脳の転移は、ガンマナイフだけで良いのか、或いは長期入院をして全脳照射が施されるのかどちらかでしょうというお話。全脳と聞くと引きますね、人格が変わったり認知症が進んだり……。
 主治「……ということよりも、脳ですので、例えば手足の麻痺であるとか、そういう後遺症が出る可能性がゼロではないことは知っておいていただかないと」
 患者「私、動けなくなるんですね? 寝たきりみたいな」
 息子「可能性の話ですから」
 患者、食い気味に怖がります。
 息子「外見にも影響が出ますでしょう?」
 主治「えぇ。頭皮にも影響がでますし、頭髪も」
 息子「ですって。そっちの方がちょっとねぇ」
 患者「それは別にいいわ。今更。見た目だけの話でしょう?」
 患者、そっちは気にならないようです。話は、並行して行われる(であろう)抗癌剤治療の方へ。
 息子「こちら(←母君)は、分子標的薬が使えるということを、確か手術をして下さった先生から当時伺った記憶が」
 主治「そうですね。例えば、×××××(←失念)、タラセバというお薬を勧められる可能性が高いでしょう。それで、肺や脳の癌を抑える効果を期待して……」
 ……「福岡タラセバ娘」とかいうど血痰フレーズが出て来たことをおくびにも出さずに。
 息子「確か2年前は、分子標的薬は首から上に関しては効果が薄い、というようなことを主治医の先生に伺った記憶が」
 主治「……あぁ、そうですね。そのようなことが言われたかも知れません。実によく覚えておられますね」
 患者「覚えるのはこの人(←私)の仕事で、治るのが私の仕事なんです」
 患者、瞬時の反応で親ばかを発揮します。
 主治「ですが、肺癌のお薬は、進歩が著しいんです。当時とは少し状況が違うと言えるかも知れません。そのタラセバの効果がいつまで続くのかというのを見ながら、続かなくなったらまた別のお薬をという形で、年単位の治療を……」
 患者「私、一年しか保たないんですか?」
 息子「『単位』を落としてる。『年単位』ね」
 学生だけではなく母親まで単位を落とす程教師に向いてないのか私は。
 息子「こちらの方(←母君)、ここの病院で手術をして頂いた日に、主治医の先生から『これで5年は生きられます』という言葉を頂戴したのを拠り所になさってるんです。多分、病気に関して覚えてお出でなのはこれだけなのでは、と」
 その他、大学病院では免疫系の治療を若しかしたら勧められるかも知れないけれどもそれだけはオススメしないこと、抗癌剤治療に関しては「S」病院でも母君を受け容れて下さる準備があること、等々を丁寧に説明していただきました。

 図々しい言い方ですが、丁寧に説明していただけばいただく程、母君の疲労は(心身共に)溜まっていくわけでして。1時間のお話の後、母君はベッドにお休みになり私は辞去。
 夢の新幹線なら40分弱でK市、自宅着の5分後に家電運送の業者さんから電話が入りました。夢の冷蔵庫の到着です。とは言え、電源を入れてから中が完全に冷えるまでは暫く時間がかかるので、冷蔵庫内に食品飲料を入れるのは明日のお話。
 母君が盛んに「肉を食べなさい」「太りなさい」と仰有っていたので、夜は自宅徒歩1分の焼き鳥屋「K」。串を何本かと名物のお好み焼き鉄板を肴に、ビールと日本酒。