達磨林檎

 0時過ぎに目が覚めて、何故かず~っと寝られないまま2時頃からは諦めてベッドで読書。徒然なるままに出勤は5時。本日は9時から長い(新年度を控えた)職員会議なので、それまでは自由にデスクワークを。
 職員会議は、新校長先生(Wikipediaに立項されている著名な言語学者)の挨拶から始まり、新年度を控えた各部・学年からの所信表明や事務連絡がず~っと(途中休憩を挟んで)続きます。昼過ぎまでかかる職員会議が終わった後には、職員室の机の大移動(私は高1エリアから高2エリアへ移動)が行われて正しく上を下の大騒ぎです。

 で、例年ならあ~仕事が忙しかった、明日は新クラス(高2B)の教室準備だ、で一日を終えられるんですけれども、今日はそうはいかなかった。というか、職員会議の途中から引っ切りなしにかかってくる私的な電話に対応しなければならなくて気が気ではなかったというのが正しく。

 会議の休憩時間に事務室から「外線電話あり、折り返しの電話を至急」という伝言を受けたのですが、その「外線」が母君の職場(介護施設)からだったのを見て嗚呼、と。睡眠過多でもないのになんで眠れなかったんだろうと思ってたらやっぱり同時刻に垂乳根の人が苦しんでいたからなのかしら、なんて瞬間的感傷。
 まぁ、職場からの連絡があるとしたら「倒れた」に決まってますね。
 というわけで折り返しのお電話を差し上げたところ職場の同僚(母君の部下?)の方がお出になり、果たして通院先の小倉の病院(自宅徒歩2分、最初に肺癌の手術を受けた病院)にて動けなくなり、今は車で職場まで運んで休ませている最中だという話。症状としては、頭のしびれや味覚障害や空嘔吐きやというのを伺っている(というかこの間実際に拝見した)のでそれがどのようなものなのかは想像出来ます。

 一旦電話を切らせて頂く。
 母君が現在お世話になっているF校親玉大学病院に電話で問い合わせをして、動けないので来週のMRIまで入院をさせてもらう等の何らかの処置は出来ないかを問い合わせたものの(大病院ですから当たり前ですが)ベッド不足で不可能なので12日のMRIを待って欲しいというお返事。
 それではと過去2回のガンマナイフを受けたK市内の「S」病院へ電話をして、過去の2度の施術歴と現在の症状とをお話しした上で本日CTを撮ってもらえないかと聞いたら「諾」の返事。

 再び母君の職場の方(S氏)にお電話を差し上げてその旨お伝えしたら、何とも図々しい話ですがS氏が直接小倉からK市(「S」病院)まで母君を運んで下さるとの話。母君の様子も眼前ではないので詳しくは分からず(だから悪い方にばかり想像が及び)、かつ車の運転も出来ないので直接役に立つスキルを持たない私は、一も二も無くその提案にお縋りしました。

 という訳で、14時までかけて職員室の引っ越し、15時までデスクワークをした後、16時前「S」病院合流の目途でタクシー移動。母君を送って下さったS氏・T氏にご挨拶と御礼をしてから母君を引き取る。真っ直ぐ歩くどころか立っているのもお辛いというご様子の母君は車椅子に乗せられており、流石にそこは介護のプロ、S氏・T氏の誘導と声かけとは巧み。
 母君はと言えば、そもS氏が気働きで私の職場に電話をして下さったという成り行きをご存じなかった(恐らく説明は受けたのでしょうがご自分の身体の苦しみでそれどころではなかった)ご様子で、頻りに私に迷惑をかけたと謝ってお出でで。ただ、数日前よりも更に酷い症状(立てないのと空嘔吐きの多発と)なのは瞭然で、私も狼狽を隠してお話しをするだけで精一杯です。

 で、こういう時に勉強をしていない(緊急事態に関する心構えや知識やを備えていない)人間の弱さが出る。「S」病院の窓口でCTをお願いしたい旨(電話応対では出来ると仰って頂いた旨)をお伝えしたら、窓口の方が「そんなはずはない」という反応だったのに対して、クレーマーレベルで文句を云えなかったのは今でも後悔。
 先ずはと看護師の方による聞き取りのテーブルに連れられて、味覚障害(に伴う絶食状態)・脳のしびれ・高血圧、等々の症状を1からお話しした結果、ここでもやはり12日のMRIまで待った方が良いという結論が導かれてしまい。「それでは、具体的には食べずに嘔吐いて歩けない状態で、我慢しろということでしょうか?」と聞いたら「はい」とまでは言わないけれども否定されないのだからこれは仕方ない。母君の希望で点滴だけは受けさせてもらえることになったので、処置室で点滴を打ってもらっている間に、私は「S」病院にほぼ隣接しているホテル「T」にツインの部屋を急遽予約しました(二人で一緒に泊まります)。S氏・T氏が小倉にお戻りになった今、母君は小倉に帰る体力を持っておらず、歩けない車椅子の状態ならタクシー15分の私の家よりも隣接ホテルに泊まらせるべきだという判断です(嗚呼、我が家にはまだ冷蔵庫もない!)。
 要は、これならわざわざ小倉からK市に移動させる意味は無かったんじゃないか、という話。痛恨です。帰る手段も(現状では)無いし。母君の職場の方が方々手を尽くして下さって、月曜日からなら入院措置がとれるかもしれない病院を折尾で見つけて下さったそうですが、それでも最低K市で4泊はしなければならない。

 ホテルの予約とは別に、職場の仲良し事務嬢さんに電話をして、急遽買い物につきあって頂くようお願い。ポカリスエットや野菜ジュース等、固形物が取れない母君の栄養物を買うのとは別に、数日以上こちらに滞在することになった場合のことを考えて下着類を購入しておこうと思ったからです。これは、私には買えない。私「パンツ買ってくれたらビール奢るから!」 嬢「言い方!
 19時過ぎまで点滴がかかり、お迎えに上がった母君をホテルまでお連れする。私の足で歩けば1分ですが、手を繋ぐというよりもはや肩を貸す状態でやっと歩ける母君とですのでこれはもう千里。

 母君をホテルのベッドに寝かせ、枕元にポカリスエットやミネラルウォーターを配置。直ぐにお休みになるよう促して、私はタクシーで「もりき」へ。カウンターの椅子にへたり込んで湯豆腐を注文したら、漸くビールで一息です。1時間ほどマスターと話していたら携帯が震え、ホテルの母君から「あまり遅くまで出歩かないように」との言。私が帰るのを待つ必要はないと言っていたんですけれども、はいはいとお答えして(「はい」は一回)、ホテルまでタクシーへ。

 不健康睡眠。
 当面の問題は、明日は自由出勤だから母君におつきあい出来るけれども、明後日の始業式以降はそうは行かないということです。さぁ、どうしよう。

それなりに 経験値も 集めたのに 無効化 されちゃうの

 通常出勤で午前中から15時までデスクワーク。
 お昼の構内、中学等の裏、陶芸小屋の下、と言えば最近のF校生には解るでしょうか、その桜並木の下にビニールシートを広げて、男女・学年入り交じった高校生たちが花見を楽しんでいます。ロートルには信じがたい光景ですが、仲良きことは美しき哉ですし、こういった形で自然に(内発的に)育まれる「愛校心」なら大ありだと思います。桜は満開ではないですし天気も薄曇りですがそれでも彼らにとっては十分。8日の入学式は満開・快晴となればいいですが。

 仕事の途中、昼休みを使って1時間ほど学校を抜け出し、徒歩往復30分の「ヤマダ電機」にて冷蔵庫を購入。三菱製の黒い2ドア(1人用の2ドアはメーカーも種類も極々限られているそうで)、上が冷蔵庫で下が冷凍室。146リットルですから独居には十分なサイズです。学生新生活の時期なので土日配送は4月中は厳しいと言われたので、始業式前日の職員休日(とは言いつつ、担任は新クラス経営準備で出勤日)である明後日(7日)の配送を依頼しました。お値段はだいたい4万円。

 今年度の時間割作成は同窓同僚数学。私は既に4年間時間割を担当した「先輩」としてちょいちょいお話をしてるのですが、本日。完成させた時間割に一箇所不備が見つかったという話。
 数「金曜の2限、高2Eの地理と高3理系地理が教室バッティングしててNGなんよね。で、非常勤の先生の都合で高3を動かせんのよ」
 私「で、高2Eの地理を2限以外に動かすわけね」
 数「連鎖的に金曜の高2全体が動くことになるんやけど、これ、不可能パズルやない?」
 高2の方にも、会議・非常勤・体育施設等々の都合で絶対に動かせない部分が多い故に「不可能パズル」……じゃないな、これ、動かせるじゃん。
 私「唯一解だと思うけど、①高2ABC組の2限と5限を総入れ替えする、②高2E組の2限と4限とを入れ替える、でOK」
 数「あ、ほんとやん。出来た。サンキュー……って、何でこれに気づかんかったっちゃろ」
 私「不自然だからでしょ。変更したら、ほら、高2文系の数甲・数乙が2・3限で連続になった。変える前は3限・5限と離れるようにしてたのに」
 数「確かに。2限連続の数学は文系が可哀想だし不自然だから避けたい」
 私「きみはそれを初期設定段階で『絶対NG』にしてたから始めからその可能性を見なかった。流石、パソコン並の頭だわ」
 数「嫌味か」
 私「誉めてんの。前に言ったじゃん、僕は確率の問題なら絶対全部数えるって」
 こういうパズルは基本的に頭の良い人がやって、たまにどんくさい人の意見を聞いたら良いという話。私(どんくさい人)が時間割をやった時は、最初の叩き台の時点で何度かの徹夜は覚悟でしたもんね。

 夜は近所の肉料理「I」にて独酌読書。
 昼と夜とに電話で話した母君はやはり調子がお悪い様子。12日(MRI)までは頑張る、職場(介護職)の人達のサポートもある、とのお話でしたが……。

愚教師日記

 早朝に学校に出て軽いめのデスクワークは、例えば、新担任の高2B組の学級通信(試作第0号)を作るなど。41人の名簿、班構成、座席表、文理混合クラスなので文理別2種類の時間割(第1号からは一週間分の時間割変更予告)、担任挨拶。
 63回生の高2A担任の時から毎年(週刊で)作成して今年度が4年目。最初は「高校生に時間割変更まで配布するなんて甘やかし過ぎ」と言われたこともありますが、今は真似をなさる先生もおられます。

 11時に診察していただけることになったF校親玉大学病院にて、その少し前に母君と待ち合わせ。新幹線とタクシーとで小倉からK市までお出でになるその移動が既にして辛いと仰有る母君は顔色も足取りも悪く、殆どへたり込むように待合の椅子に着かれる。あぁ、これはただ事ではないんだなぁ、と一刻も早くの診断を待つこと……3時間半! 直前ねじ込み予約とは言えこれはなかなかなことではないかと、文句の一つも言う気力も無さそうな母君の代わりに息子が仇をと思ってしかし文句を言う相手が居ない、それも道理で患者が3時間半待ったということは主治医のY先生は3時間半の超過労働をなさっているということなのでしょうから。
 3月からの味覚障害で何を食べても苦く口に入らず現在では液体のみの(食事とも言えない)食生活であること、空嘔吐きが止まらないこと、頭頂部が痺れて気になること、高血圧が続いたこと、等々をお話しして、結論としては「何とか助けて欲しい」というお願いになるしかない訳ですが。この全てが肺癌由来なのかは解りませんが、自覚症状があるのは無治療経過観察を始めて2年半で初めてのことなのですね(過去2回のガンマナイフの時も自覚症状はありませんでした)。
 結局、5月のMRIを4月12日に前倒しして頂けること、血圧に関するお薬を処方して頂けることになりました。経過観察以来、お薬を処方されるのは初めてのことです。一週間後のMRIというのは正直もっと早くても良いと思ったのですが、大きな病院というのはそういうものなのでしょうと納得。

 歩くスピードだけで考えるならば10~20歳くらいは年を取られたと考えてもいい程度にお悪いようですし、移動がお辛いならば今日はK市に泊まって行かれてもと思ったのですが、診察後に院内のドトールでお話をした(というか、喋り倒した)ので少し気分がすっきりされたのか、母君は小倉に帰るし私の介添え(一緒に小倉に帰って宿泊する)も要らないと仰有る。色々逆らうのも何なので、言われた通りにJRの駅までタクシーでお送りして、私はそのまま学校に戻って仕事を再開しました。
 ドトールのアイスココアが苦くて飲めない、卵サンドも塩の味しかしなくて一口でギブアップ、という事態を目の前にしながら、なおお一人で実家にお帰ししたんですから、今(4/22記)から考えたら親不孝の極みですけれども、こんなのものの数に入らないくらいの不孝がこれから暫く続くことになります。「愚教師日記」(by中村浩)とはこのことと言わんばかりの。

史上稀に見るワンルームなんだぜ 冷蔵庫の中が

 さて、朝から心配な電話。母君はどうにも身体の不調が続いて我慢できないご様子。職場の産業医には相談したということですが、主治医判断が一番ということで、明日10時の診察を電話でねじ込んでもらいました。場合によっては、5月に予定されているMRIの検査も前倒ししてもらう必要がありそうですね。
 先日は職場で脱水症状を訴えられた母君は、周囲(プロの介護職)に促されて生まれて初めてポカリスエットを飲まれたそう。暫く冷蔵庫に常備を、という話の流れの果てに、私も自宅に冷蔵庫を買うこと、ついに決まって(決められて)しまいました。30歳の時に廃棄して以降7年、無きゃ無いで全く構わないのですが。
 母君は、続いて電動自転車の購入も強く勧められる。
 母「池ノ都くん(←二人称)はよく外でお酒を飲むのでしょう? 電気自動車があれば往復が楽でしょうに」
 私「Y子さん(←二人称)、それは飲酒運転です」
 母「じゃあ、宿酔いで歩くのも嫌な朝の出勤が楽になると思えば」
 私「Y子さん、それも多分飲酒運転です」
 酒量抑制命令が雅に遠回しです。

 本日も通常出勤。午前中はデスクワーク、午後は肉体労働……って程でもないですが、新学期から我らが高2B組が使う新しい教室の清掃。机を全部運んで床を掃き、黒板を磨いてお仕舞い。生徒が入って汚さないように、新学期まで出入り口を施錠してもらいました。

 さて、同時刻に地学準備室には元高1Aの有志による「男く祭」食品バザー軍団、今日は試作・試食会だそうです。作るメニューは鶏飯とリンゴ飴とのこと。おうおう廊下にまで良い匂いが……と思って教室に入ったら参加者が元クラス51人中の25人て。
 私「多すぎるやろっ!」
 生「人材過多ですっ!」
 私「4月3日やぞ勉強しろやっ!」
 因みに、春休み課題のプリント(英漢化物日)を全部残らず丸っと失くしたという阿呆生徒の為に「未だ手をつけてないからプリントが白紙状態の課題」を持ち寄る(コピーの為)ように頼んだら、たった2人で5科目コンプリートという頼もしすぎる結果に。
 私「だから勉強しろやっ!」
 生「僕が勉強していないという理由で救われる人が居るんですよ」
 私「だぁほ救われるのはお前の代わりに大学に通る奴だっ!」
 相変わらずの(元)A組クオリティですわ。

うれしそうでした ただいまのあとは

 本日2日は日曜日、3~5(月~水)日が所謂「自研」扱いの連休。この4日間は基本的に自由出勤の仕事、もし余裕があれば日帰りなり一泊なりで小倉の実家帰省を考えていたのですが、母君が体調不良だそうで考え中。居ると何かと気を遣わせてしまうんですね。母君、3月あたりから味覚障害の症状を訴えておられ食欲不振・脱水が心配。加えて目眩・高血圧なども近頃。3月末まで休み無しで続いた資格研修のストレス等もあるのでしょうが、もしも酷いようならK市での病院検査の予定を早めてもらいましょう、とお伝え。母君は本日は仕事がお休みで、明日は半ドンの出勤だそうです。我が親ながら「日常性の維持」……なんて悠長なことを言って良いのかどうか。

 ただ、私は「日常性の維持」で学校にて仕事。元高1Aの生徒から頼まれたプリントの手配をしたり、4月以降の授業準備をしたり、旅行中に読んだ随想集から校内模試の問題を作成したり。旅行にて楽しく完全燃焼出来た分、切り替えはスムーズで今日の仕事は我ながら順調なペース。夜の「もりき」独酌も気分爽快(ってこれはいつものことか)。
 とまぁ、黄金週間に上京するなら次の命の洗濯じゃぶじゃぶまで既に1ヶ月しかないというね。ただ、F高生の4月は「男く祭」に向けて疾風怒濤、教員も(高3の入試直前を除けば)最も忙しく立ち働かないといけないので体調管理が大切なんです。アラフォーもやしっ子教員も倒れないようにしないとね。

吹けば飛ぶよな男だが

 深夜から明け方にかけての徹マンは、私の帰福の都合で先に一人抜けさせてもらったんですけれども、最初の1着が唯一の栄光で後は転がり落ちるだけの負けっぷりでホテル帰着まで這う這うの体。結局借金はしたんだっけしなかったんだっけ、5月黄金週間の飲み会(既定路線)の時にOくんに聞こう。
 という訳で、本日、旅行最終日(池袋→K市への鉄道移動日)。5泊6日で飲み会8回(12軒)という記録更新の激太りツアー、〆の徹マンはズタボロでしたしホテルでの仮眠も2時間程度で、チェックアウト時の眠たさはMAX。ですが総じてとても楽しい旅行でした(いつものことですが)。お世話になった全ての方々に感謝を。
 山手線で池袋→品川、新幹線は品川→博多→K駅、タクシーで自宅へ。品川駅では、「もりき」マスターのお子様方へのお土産、Hさんへの「品川珈琲」。朝食と昼食とを兼ねて新幹線内で駅弁。

 新幹線内は最後のツイ廃モード、140字×2。
 【本日から29年度新学期(生徒は7日まで春休み)。今年度、私は引き続き高校67回生(新高2)の担任団の一員として、高2B組(文系19人・理系22人の混合クラス)の担任を務めることが決定しました。文系はともかく、理系の医学部志望なんてどのように相手をするべきか見当もつきませんが……。】
 【色々な企業の「嘘ネタ」がRTされますが、自前なのか外注なのか、予想通り悉く面白くない。遊び心にクスッとなる・手間に感心する、には最早空間全体がネタ化され過ぎたかなぁ、と今日の為に買った『虚報タイムス 縮刷版』を開いたら面白さの次元が違う。やっぱりあれだ、「日常性の維持」の問題だ。】

 旅行中の読了本14冊、今回は読み終わった順です。
 江口夏実鬼灯の冷徹(24)』読了、★★★★。本作への水木翁の降臨をずっと期待していたら、本編では無く作者へのQ&Aというオマケコーナーに登場。
 内田樹鈴木邦男『慨世の遠吠え2』読了、★★★★★。内田氏も鈴木氏も、しなやかな知性の持ち主(他者がもたらす未知との出会いを創発にして己の知のフレームを組み換え得る人物)であるものの、信じる倫理は人生を通じて一貫しておられる様子。なのに四半世紀前は「右」と分類されたであろう内田氏は今や「左翼」扱いで、正に「最右翼」であった鈴木氏すら今や右翼業界を追放の身。本人が変わらなくても時代が変わるとそうなるのは歴史の滑稽、大衆は常に「言葉のお守り的用法」(鶴見俊輔)を欲するということなんでしょうね。あ~あ。
 森繁拓真となりの関くん(10)』読了、★★★。一ネタで引っ張ってきたのは見事、ネタ枯れも宜なり。今後の休み休みスケジュールの選択は正解でしょうね、次巻は気長に待つことに。
 とある作家のエッセイ本(★★★★★)は、校内模試で出題するまで情報を秘すことに。
 田中眞紀子『父と私』読了、★★★★。著者披露宴に新婦父である角榮氏がスピーチ乱入したというエピソードが良かった。異例の演台占拠からの爆笑スピーチの果て涙で絶句の新婦父に客席から「ようし、よくわかった! もういい! 角さん、もういいよ!」 この合いの手の政治家なら信用もします。さて、40年も前から「自民党には人がいない」と嘆いていた角榮氏、草葉の陰で今の表情は如何。
 瀧波ユカリ『あさはかな夢みし(3)』読了、★★★★。丁度良い引き際。きちんと各登場人物への配慮(愛情)があるまとめ方でした。
 スージー鈴木『1984年の歌謡曲』読了、★★★★。前作『1979年の~』の末尾では潜伏期と呼ばれていたユーミンがこれ以降神憑り状態に入っていくのが1984年で、ベストソングは薬師丸ひろ子「Woman」。この年に突然現れた玉置浩二藤井フミヤという事件。井上陽水によって楽曲・売上的ピークを迎えた中森明菜。「ミス・ブランニューデイ」の革命で印象づけられたサザンオールスターズの完成。以上、登場の固有名詞全てが34年を経てなお現役一線級だということの奇蹟は凄まじいですね。
 安田弘之『ちひろさん(1~6)』読了、★★★★★。空っぽの心と果てしない孤独と、無欠の(自己への)正直、これを表裏一体として今を生きるちひろさん。その姿は、時に人々の「疚しさ」を写し出す鏡であり、時に人々の内なる「優しさ」を顕在化させる現像液であり。傑作です。
 香山リカ永井均中島義道入不二基義香山リカと哲学者たち 明るい哲学の練習 最後に支えてくれるものへ』読了、★★★。永井均が饒舌に形而下の現象について語っていたのが意外。というか、永井均ってTwitterをやってたのね。

 自宅で入浴後、Hさんち経由で「もりき」独酌。ここまでが旅行なのも「日常性の維持」。さて、命の洗濯じゃぶじゃぶ、明日からはお仕事三昧です。

さあ、あなたも奇人変人になりなさい。

 健康起床、入浴、ネカフェのコース。
 の後、九段下に出てまっぴぃに教えて頂いた企画展を観るために「しょうけい館 戦傷病者資料館」へ。企画展「戦傷をのり越えて描いた日々~水木しげる・上田毅八郎の軌跡~」が目当てで確かにそれも充実していたのですが、常設展が先ず凄い。恥ずかしながら「戦傷病者資料館」という存在自体をこれまで知らなかったのですが、初入館にして偶然にも元軍人の体験談聞き取りにも立ち会うことが出来て勉強になりました。パンフレットも充実しており、その中の水木しげるの年表に年号の間違いがあることをお伝えしたら館員の女性に大感謝されて逆に恐縮してしまいました。

 さて、お昼ご飯からはオツカル様とデート。わざわざお仕事を半ドンで切り上げて付き合って下さるとのことで感謝。先ずは、九段下から神谷町に移動、オツカル様お薦めのカレー「ニルヴァナム」にてバイキングを堪能。オツカル様はラッシー、私は勿論ビール。
 その後の周辺散策を前に私が午前中に「しょうけい館」を訪問したことを告げたら、オツカル様が「じゃあ『播磨屋』に行こう! おかきも思想も香ばしい!」と提案。日本一の「おかき処」を謳うこのお店のパンフレットには「スメラギ特別広報隊」「焦眉の急です天皇陛下」「お起ち下さい天皇陛下」と確かに「香ばしい」文字列が。試食のおかきは確かに美味しくてこのあたりの会社(オツカル様の勤務先も含む)の「お持たせ」の定番なんですって。様曰く「『しょうけい館』とここ、教員なら左右のバランスを取らないとね」だって。

 その後は銀座パセラで恒例のカラオケ3時間。今日は曲目が地味なんですけれども、いつものように全曲公開。今回は私が1988年平均、オツカル様が2002年平均、かなり差が出ました。
 オ①BiSH「オーケストラ」(2016年)
 池①フジファブリック「パションフルーツ」(2007年)
 オ②清竜人「バカ バカ バカ」(2012年)
 池②中森明菜セカンド・ラブ」(1982年)
 オ③モーモールルギャバン「POP! 烏龍ハイ」(2009年)
 池③YAPOOS「12階の一番奥」(1992年)
 オ④ぱいぱいでか美「私の名前を呼んでください!」(2015年)
 池④YOSHII LOVINSON「CALL ME」(2005年)
 オ⑤たま「丘の上」(1991年)
 池⑤吉永小百合withトニーズ「勇気あるもの」(1966年)
 池⑥チェリッシュ「夢のおかず」(1992年)
 オ⑥平井堅哀歌(エレジー)」(2007年)
 池⑦サザンオールスターズ「Bye Bye My Love(U are the one)」(1985年)
 オ⑦ぢ・大黒堂「友達じゃないか」(1999年)
 池⑧松任谷由実「破れた恋の繕し方教えます」(1984年)
 オ⑧チャゲ&飛鳥「21世紀」(1983年)
 池⑨チェッカーズ「ジュリアに傷心」(1984年)
 オ⑨高野寛「虹の都へ」(1990年)
 池⑩中島みゆき蕎麦屋」(1980年)
 オ⑩ORANGE RANGE「お願い! セニョリータ」(2005年)
 池⑪スターダストレビュー「クレイジー・ラブ」(1994年)
 オ⑪ORIGINAL LOVE「STARS」(1999年)
 池⑫井上陽水「ロンドン急行」(1974年)
 オ⑫GRAPEVINEアダバナ」(2005年)
 池⑬かまやつひろし「どうにかなるさ」(1970年)
 オ⑬スキマスイッチ「奏」(2004年)
 池⑭UA「水色」(1996年)
 オ⑭バカ殿様とミニモニ姫。「アイーン! ダンスの唄」(2002年)
 池⑮ANATAKIKOU「シンデレラ」(2006年)
 オ⑮石崎ひゅーい「ピーナッツバター」(2014年)
 池⑯MONOBRIGHT孤独の太陽」(2009年)
 オ⑯関ジャニ∞「罪と夏」(2016年)
 池⑰北島三郎「与作」(1978年)
 オ⑰石川さゆり飢餓海峡」(1994年)
 池⑱ハルメンズ「フリートーキング」(1980年)
 オ⑱稲垣潤一「日暮山」(1982年)
 池⑲研ナオコ「あばよ」(1976年)
 オ⑲うしろゆびさされ組「かしこ」(1987年)
 池⑳くるり「青い空」(1999年)
 オ⑳ASIAN KUNG-FU GENERATION「リライト」(2004年)
 オツカル様とのカラオケでは、中森明菜吉永小百合・チェリッシュ・チェッカーズくるり、を歌ったのは初めてかな。過去に歌った歌は不可という縛り、今回はお互いにゆる~く破ってます(私の①④⑪⑮⑯⑱、オツカル様の②③⑥⑮⑯⑱⑳)。次回はちょっと準備して行こう。

 さて、今日の夜は戸川純ちゃんのバースデーライブの後、56回生「いつメン」と飲み会→麻雀、の流れ。なんですが56回生の殆どはオツカル様と飲んだことがあり、且つオツカル様はこの春に推しの地下アイドルであるところの絵恋さんと戸川純ちゃんの対バンイベントに出かける予定とのこと。なら、戸川純ライブを当日券で観て予習して、56回生飲み会にも合流しちゃえ、と。

 戸川純バースデーライブ@新宿ロフト
 ①バーバラ・セクサロイド ②ヴィールス ③肉屋のように ④ロリータ108号 ⑤lilac ⑥赤い戦車 ⑦ギルガメッシュ ⑧NOT DEAD LUNA ⑨フリートーキング ⑩ヒステリヤ ⑪さよならをおしえて ⑫オーロラB ⑬ラジオのように ⑭吹けば飛ぶよな男だが
 56回生諸氏が予約してくれた店の時間があるので、15曲目以下は聴かずにロフトを出ました。冒頭で純ちゃんが観客に謝っておられましたが、風邪で全く声が出ない状態です。今日の半券を持っていればいずれ何らかの特典が得られるようにしたいとのこと。確かにファルセットが全然ダメで随分悔しかったのではないかなぁ、って(それでも、第2部あたりからは声の調子が徐々に上がって来ていました)。オツカル様の対バンイベントの時には全快していることを祈りましょう。それにしても、オツカル様とライブに行ったらアーティストが風邪を引いているというジンクスが生まれそう(前回の矢野アッコちゃんがそうでした)。
 後、昼のカラオケでハルメンズ「フリートーキング」を絶叫どパンク歌唱したんですけれども、これは夜の戸川純がこういう風に歌うよということをオツカル様にお教えするため。オツカル様には後で「完コピだった」と誉めて頂きましたし、歌詞の内容が「森友学園」の事件を連想させるというMCをするよという予言もドンズバで的中させました。

 さて、56回生の「いつメン」+オツカル様飲み会は新宿「十徳」にて。渋谷店には何度も何度も足を運んだことがあります(今回の上京でもです)が、新宿は初めて。ただ、料理は安い旨い・日本酒のそろいは良い、というのは入る前から約束されているわけでビール乾杯の時点でもう満足。
 56回生の参加者は、ライターで幹事のOくん、エンジニアのNくん、金融工学証券会社のSくん、某塾校舎長のYくん、警察庁官僚のMくん。これに我々2人で7人(官僚Mくんはお子様の保育園の入園式を明日に控えてほんの顔見せ程度)。あれこれと益体のない話をしながらヘダラヘダラと過ごして3時間弱。
 Sくんの金融工学の話は何度聞いても意味が分からなくて、とりあえず大学院で共著論文が『NEWTON』に載るような研究をしてたのに金の魅力に負けて就職に走ったという一点だけは深く心に刻まれました(学問重視の立場からの軽蔑ではなくて、魅力に負ける程の金を稼げる人間にだったら元恩師の立場からどんだけでもたかっていいのではないかという貧乏人根性からです。軽蔑するなら私を軽蔑して)。

 Mくんは先に帰宅。飲み会の後はオツカル様、Sくんと別れて、私・Oくん・Nくん・Yくんで徹マン徹マンからは住商Kくんが合流で、ここからは明日の日記になりますね。4月1日、晴れがましい新年度は、徹マンでギッタギタに負けるという幸先の悪いスタートと相成ります。

親ぬ寄し事や 肝に染みり

 健康起床、入浴と早朝ネカフェ。その後、池袋東口の「中本」に10時開店と同時に入店して蒙古タンメンを食べました(瓶ビールも1本)。一昨日の64回生Tくんとの昼飲みの時に話題に出てちょっと引っかかって、昨日の朝の「フレッシュネスバーガー」で63回生Eくんが「今北極にはまってるんすわ~」って言ったのにむむむっとなって、その後の63回生Oくんが「辛くても美味しいから私は好きです」と宣ったので洗脳が完了、全く意図せず偶然に3度も囁かれたらダメですね、朝起きた段階で頭の中は蒙古でいっぱいになってました。因みに、以前Eくんは私に「客を豚扱いする店になんか行くんじゃねぇてめぇは豚か!」と罵られて以降、「二郎」を一切断って北極一筋だそうです。

 さて、昨夜の63回生Hくん(東大工学部)との会話。
 H「先生の『人が好きなら文系、物が好きなら理系』って言葉、理系を選んでもずっと頭にありました」
 私「大学で、結局同じじゃん、って解った?」
 H「はい!」
 まぁ、出来る人はね(Hくんは元「土木」現「社基」と呼ばれる人気学科に進学です)。私は出来ない人なので文系選んで物には興味なし、それが証拠に、上野に移動して科博「大英自然史博物館展」なんですが、2時間弱滞在して鉱物展示の全てを無視しましたから。入場制限で整理券まで配布の大人気企画展のロマン、私には理解の外です。動物は好きなので、専ら骨を見て喜んでました。
 因みに、科博は特別展以外の企画展も穴場で、今は「理化学研究所百年 アルマイトからニホニウムまで」。最近の理研と言えば、F校生なら体内時計の上田泰己先輩を知っているでしょうか。場内でちらほら聞こえた声は「小保方」「小保方」で企画者がやや不憫でありました。

 池袋に戻って西口、東京芸術劇場シアターイーストにて三谷幸喜の舞台『不信』。段田安則・優香・栗原英雄戸田恵子、座席はF列17番。F列は、中央横長舞台を挟んで両側にある客席の、最も舞台に近い所謂「最前」です。勿論、目当ては30年来ファンである戸田恵子さん。釘付けで堪能致しました。あと、随分前の映画『輪廻』を観たときにも思いましたが、優香は気色の悪い人物を演じて映えますね。ただ、脚本自体は飛び抜けて面白い物だとは思えませんでした。

 ホテルに戻って大浴場湯浴み、ジュンク堂に移動して幾つかの本を買って喫茶読書(チケットがあるのでコーヒーは無料)。ホテルに荷物を置いた後、池袋→東京。
 東京駅は構内を歩いたことはありますが、地上に出たことはありません。ステーションホテルに向かう途中で一度地上に出てみたのですが、駅舎も見事ならその周りに建ち並ぶ高層ビルにも圧倒され。この後お会いするTくんに、国語教員のくせに「ここ、メガロポリスじゃないですか」とか阿呆なことを口走ることになります。

 さて、ステーションホテルの地下、55回生Tくん(みずほ銀行でギャンブルみたいな仕事をやってる子)と店の前で待ち合わせ。店は焼き鳥、K市から上京してよりにもよってのチョイスですが(Tくんも実家はK市)、東京の高級な焼き鳥なるものがどれ程のもんか試してみようやないかい、と。
 先に店の前に到着した私、入口と向かい合う形で廊下に置かれているソファに座って待ちます。麻布十番が本店だという焼き鳥「瀬尾」、の入口店構えの高級感に早くもビビってジーパン後悔の36歳(後で合流のTくんは仕事上がりの背広でしょうし)、だったのですが、もの凄い美人が(多分トイレで)開けっ放しのまま外に出て行った入口が1分間開きっぱなしだったから、意外に大したお店じゃないのかもと態度が緩む。
 さて、やってきたTくんと2人で入店。19時予約のカウンター席(寿司屋方式で焼き鳥担当は2人)10席程度は私たちで丁度満席に。隣ではロマンスグレー英国紳士を日本人が接待してて会話はオールイングリッシュ、その横は業界人とさっきの美人、みたいな並びで東京感がお満載。先ずはおビールを瓶で……と渡されたメニューに書いている値段が900円とかで目眩がしそうになるけれども郷に入ってはの心得、で注文したら出て来たのが小瓶だった、ってどゆこっちゃねん!
 さて、焼き鳥8本(+α)コース6600円、飲み物(ビールの後は日本酒三昧)も合わせて2人で26000円を払って退店。

 私「ねぇ、我が儘言っていい? 二次会、池袋でやんない?」
 T「いいですよ。『韓二郎』でしょ?」
 私「さっきの店でレバーが『山うに』高級品だろ、みたいなこと言ってたじゃん。あんなのK市でも食えるっつーの。でも、『韓二郎』のレバーはK市では食えない」
 要するに、人間には「格」ってもんがあって(Tくんはともかく)私は東京ステーションホテルの焼き鳥コースのそれには値しないってことなのね。いずれその域を目指すべきなのかどうかは脇に置いといて、取りあえず池袋「韓二郎」で食べた1本200円のレバー串が最初の店で食った8本のどれよりも圧倒的に美味しかったことは間違いのない事実なのです。Tくんと二人でビールも進む。

 健康睡眠。

平成ニッポン 豊かなニッポン 従順だけれど

 健康起床、入浴。今日は昼に63回生文系Oくんとランチのお約束、なのでそれまで何をしようかと考えていたら着信。旅行中ツイ廃状態のツイートなんて一々読んでる人も居ないだろうと思ってたら読んでた、63回生文系Eくんから「東京で暇なら朝ご飯奢って~」

 渋谷で11時前の待ち合わせ。Eくんは昼から駒場でテント列を応援に行くそうで、私の待ち合わせ(ランチOくん)も12時駒場だったので丁度良い。2人で渋谷モーニングの後、歩いて駒場に行くことに。
 渋谷モーニングの店、と言っても私はランチがあるので朝はコーヒーだけのつもり。ということで、1人はガッツリ1人は喫茶というのが可能な「フレッシュネスバーガー」へ。私は初入店でしたが、結構お高いんですね。っつってもせいぜいがバーガーショップですから、Eくんは何だかデラックスなハンバーガー・揚げ物・ドリンク2杯、私はアイスコーヒー、で2000円程度だったかな。東京大学教育学部教育実践・政策学コースに進学(1学年上に61回生Hくんが居て、彼は今年の秋に国語で教育実習の予定)したものの教員になるのか就職するのかはな~んにも考えてない話とか、一時は辞めようか迷ったダブルダッチは続けて良かった大会22位(←っつーのがどの程度「凄い」のかは今イチ分からず)で今や生活の中心になっててロン宙でひねってラビットが云々ゴメン文化系教員は全然ついていけないみたいな話とか、色々。

 渋谷から駒場までは徒歩で着いたらEくんとはお別れ(構内で64回生理ⅢSくんと遭遇してご挨拶)。裏門から入ったんですけど、裏口横に「山手」系列のラーメン屋がオープンしてました。2分歩けば「山手」があるのに。
 Oくんとの待ち合わせまで暫くあったので、テント列にTQCがあったら覗いてもいいかなぁ、と思ったけれども見当たらず。ダブルダッチのサークルとか、学生政策団体(56回生文化委員長Kくん曰く「政治的意識の高いヤリサー」)とかの立て看をパシャパシャやった後は、正門前で本を読んでました。

 学生時代に私も2年間滞在した福岡県人会「英彦寮」に、選ばれし者(?)として4年間滞在することが決まったOくんは、寮のある市が尾駅からの田園都市線がトラブったらしく20分の遅れ。昼食の店は駒下の2択で、私が個人的に好きな「楓」(お好み焼き)か、さっき別れたEくんお薦めの人気店「菱田屋」。Oくんは後者は経験済みで前者は未入店だそうで、それなら今日のランチは前者お好み焼きで決定です。
 でもって、鉄板焼き屋でしょ、サイドメニューにポテサラ枝豆始め居酒屋メニューが充実でしょ、Oくん今日は特に予定なしでしょ、となったら「僕は絶対に飲むけど、Oさん(←話し言葉の時は「さん」付け)はどうする?」ってなるでしょ。私は、ビールビールビールビールビール黒霧島。Oくんはビールビールビール。お好み焼きは私が学生時代アホほどリピートしていた生イカ天の餅トッピング。今はお店に出ておられないお婆ちゃまに教えて頂いた焼き方は昔取った杵柄というかヘラというか、手が忘れていません。
 63回生東大組の行方だとか、彼自身の進路・学習の話だとか、最近の世界情勢(私は聞き役教授される側)だとか、2時間はあっという間。お好み焼きは生イカ天の他に激辛天というのも注文して2枚、それでも2人で5000円ちょっとだったかな。安い。昔は昼にはお客さんでいっぱいの店(キャパは30人弱)だったと記憶してますが、今日は私たちを入れて2組だけ。まだ春休みだからなのかなぁ。

 昼酒は酔わないよねぇ、と2人で東大構内を少し歩いて、路上販売の時代錯誤社から逆評定の冊子を購入。売り子さんの横では、アジ担当の若者がスピーカーで阿呆陀羅経、可愛いなぁ。そう言えばOくんが教えてくれたのですが、昨年の時代錯誤社のネタ本「東就学 予想問題集」の中で唯一面白かった古文「別鬼(ベッキ)」を作ったのは63回生理系のFくんだそうです。お見事。
 さて、今日は別段予定が無いというOくんと、何となく暫く一緒に行動することになりまして行き先は神保町。私の古書街散歩にお付き合いして貰うことに(神保町なら市が尾まで乗り換え無しで帰れますし)。岩波新書講談社学芸文庫・講談社文芸文庫教養文庫・福武文庫・中公文庫、の絶版本に関して揃えの良い幾つかの書店を巡り、卒業生にあげる本、授業の資料で使う本、を漁りました(幾つかはその場でOくんにプレゼント)。折角なら名物も、と18禁天国の芳賀書店ビルにもお連れしたんですけれども、Oくん入って開口一番「あぁ、ここは私の大学の友人が学ランで入店できるかという実験をしたお店ですねぇ」と。実験結果は聞いていません。

 神保町にてOくんとお別れして、池袋に戻ってホテル着が17時。取りあえず大浴場に浸かったら眠気は覚めた(このまま夜の飲み会に行けると思えた)ので、部屋でダラダラと読書を。

 集合場所は大塚なのでホテルから駅まで3分、電車で3分、と部屋を出て10分もかからず。19時南口の待ち合わせは63回生理系Hくんで、東大の野球部で活動している彼もまたテント列で働いて、今日はユニホームに名前入りの大きなバッグを背負った格好で労働後の直行。「シャワーを浴びる暇もありませんでした」というのは申し訳ない。で、入るお店は土埃で入って良いのか知らん、とちょっと逡巡してしまうミシュランのお店で、和食「みや穂」。お高めのお店なので奢りなら「さし」が限界というところ(←安月給)。
 Hくんは高校1年生の時に私が担任を務めたんですけれども、その時の通知表担任所見に「和風イケメン」と書いた外見通りの左党だそうで、本日の夜も日本酒推しの店をご所望。話は大学生活のことが主になりますが、何と所属の野球部では(選手権)監督に推挙されたそうで「春から大変です」と。メンバーの推挙ならこれは人柄。そういえば高1・高2と連続でF高野球部の部長を務めた彼は、高1Cの時代は同じクラスのKA・KO・Oくんトリオの我が儘に悩み泣かされつつの部活運営でした。あの経験、活きるのかなぁ。
 2次会は池袋に移動して「魚金」。カウンターが空いていた所に滑り込み。途中からちょっと辛そうに(無口に)なってきたのでこっちは1時間ほどで退店。後で届いたメールには「飲み過ぎました」と。やっぱりね。日本酒、美味しいって言ってくれましたので、ついつい勧めすぎたかな。宿酔いではなかったそうで何より、またお会いしましょうとお返事。

 健康睡眠。
 あ、そうそう。Hくんとの会話の中で「駒下」という単語を使ったら、「あの……『駒下』って、駒場東大前駅の坂の下って意味ですか? 耳馴れないんですが」と言われました。驚いた、呼び方自体が無くなってたんですね。というか、呼んでたのは私だけなんでしょうか。割とメジャーな言葉だと思ってましたが。

お店の名前を外に向けて ぶらさげた地方人

 6時の健康起床、ホテル大浴場にて湯浴み、東口にあるお気に入りのネカフェで日記、聖地・ジュンク堂本店に開店と同時に入店で9階→地下1階のシャワー効果逍遙。ここまでは旅行中鉄板の流れで非日常の中の「日常性の維持」です。

 いしかわじゅんは「犬木加奈子は名前が怖い」という卓抜な一行評論をしました。名は実の賓ですが、顔でもあります。
 で、私には、ペンネームを作品だと考えるならこの名乗りは駄作も駄作というか生理的に無理、という小説家が一人いたんです。但し、その小説家の著作をwikiなどで見るにつけてそのタイトルからだけでも才能(天才、に近い)は窺い知れ、何でペンネームだけ「それ」なんだよと文句を言いたいくらい。で、ペンネーム生理的無理問題の壁があったのでこれまでず~っと食わず嫌いを貫いてきたんですね。ところが本日、朝の聖地ジュンク堂でふとガードが緩んだのが運の尽きでした。平積みの本を何気なく手にとって最初に開いたページ、そのラスト一文が圧倒的な巧、且つこれはそのまま傍線部でここに傍線部が引ける文章なら他の一切を見なくても作問出来るということは丸わかり。
 要するに1秒で傑作だと知れたんですよ。文字通り、秒殺。読む前から★★★★★(これでもペンネームの分、★を1つ減らした評価だと言えるくらい)です。でもって、実際に立ち読みのまま2分で高3校内模試が出来てしまいました。
 因みに、圧倒的敗北をTwitterで呟いたら、ご自分も全く同じ理由で食わず嫌いだという(年上の方からの)リプが届きました。生理的に受け付けないものを面白いと思うようになる変化への疚しさに伴う快感というのを味わいたいならどうぞ、という所でしょうか。

 ジュンク堂退出は11時半であと2、3度は訪れる予定。

 11時半に池袋駅西口で待ち合わせたのは、こないだの泥酔直電芸で無理矢理誘った64回生Tくん。流石フッ軽、オッサンの誘いにも躊躇わず。「変わり種の饂飩か、くそ辛い中華か、そんなに辛くない中華か」という「あんぷく」「知音食堂」「中国茶館」の3択でTくんが選択したのは「中国茶館」。開店と同時に入店したら、その20分後くらいにはランチの奥様方・リーマン方でいっぱいになりました。凄いね。入口には、よしながふみと、『東京喰種』の作者のサインが。
 で、奥様方・リーマン方の中華健康ランチテーブルを余所に、上京非日常の国語教師と巻き込まれ型春休みの大学生とは迷い無く「食べ放題・飲み放題」コースを選択。一皿が小さいから色んな物が入るね、と本国流のお皿を次々に注文しつつ、私はビールビールビールビール……で、昼酒は回らないとは言え14時バイバイの段階で完全に一日が仕舞うとるがな、という状態。即座にホテルに戻ってお昼寝です。しゃーわせ。

 さて、本日「も」お付き合いいただいたTくんは、外進A組出身ながら生徒会副会長・文化祭P・体育祭応援団副団長等々八面六臂、成績も優秀で東大文一入学後も政策立案サークル兼テニサー、笑う程の人たらしは高校大学と一貫してスクールカーストの最上位に君臨、というお方。F高でも大学でもカースト最下層の私とは人生が真逆で、敢えて64回生担任団を持ち出すならF高47回生で生徒会長を務めた同窓同僚数学とカースト的には近いんですね。なんですけれども、私は何故か彼に親近感、属性として近しいものを感じる。何ぞや。
 2人で話して抽象(抽出)した共通点は、どうやら「自分より圧倒的に優れた人から過大評価され、それ以外からは見くびられる」所みたいで。これはねぇ、ほんに便利な「属性」なんですわ。

 泥酔泥眠3時間で健康起床、大浴場湯浴み後は頭もクリアでよし、飲み直せる! という感じ。今夜は、オツカル様&がっ様と上野のジャズバーで水森亜土のライブを観ながら飲むというプラン。前世の功徳に違いない幸せ。

 上野「アリエス」にて水森亜土さんのライブは、昨年の銀座と同じく3部構成の2部までを鑑賞。ジャズのスタンダードから「すきすきソング」「ダルマサンがコロンダ」等の子ども歌、そして私が大学時代にCDで聴いて驚喜した「MINNY THE MUCHA」の生演奏!(私は、戸川純「オーロラB」と水森亜土「MINNY THE MUCHA」とが可愛い歌声の定義だと思っています) ステージの合間には名刺を頂き、昨年お世話になった(ステージ衣装を頂いたり、熊本地震のお見舞いのお電話を頂いたり)ことのお礼を直接言うことが出来ました(お手紙はお出ししていました)。流行り物も取り入れて「PPAP」の一節を口ずさむ姿も可愛らしかったし、思い残すことがない!
 しかし、流石東京のジャズバー。チャージはともかく小瓶ビール950円とかポッキー900円とか値段がえげつなかったね。払うけど。喜んで払いますけど。

 その後、大学時代と同じノリで男3人マシンガントーク飲み会。オツカル様推挙の居酒屋「れんこん」は、店名通りの蓮根料理店。蓮に目がない私のための店なのではないかと。
 蓮根ピクルス、蓮根真丈、風呂吹き蓮根、蓮根ニョッキ、蓮根麺、そして勿論ドリンクは蓮根焼酎。

 終電でホテルに戻って健康睡眠……またまた、帰りのコンビニに寄り道、ハーゲンをダッツで。チョコをミントで。堂土さんレベルで激太り待ったなし。
 ま、楽しいから全く無問題なんですが。