なにかを求めて さまよう 似たもの同志なのね

 石川ローズ『あおによし、それもよし(2)』読了、★★★★。『聖☆おにいさん』とか『鬼灯の冷徹』とかを最初に読んだとき「こんな狭い世界に限定して、ネタが続くんかねぇ」と思った記憶がある(その後めっちゃ続きましてお見それしました状態になった)んですけど、この作品こそ正にそれやろ、と。奈良時代「あるある」なんてどんだけ続くっつーんだ、10巻まで行ったら奇跡だと思います。

 11時に職員室入りしてデスクワーク。今年初出勤の事務嬢さんにご挨拶に伺ったら、そのまま夜の新年会が決定。年末に新年会コースの案内葉書が送られてきていた「梅の花」を予約しました。
 職員室のデスクの引き出し整理(要らないプリントをポイする作業)をしていたら、ちょっと前に伝手があって手に入れた昭和46年(約半世紀前)のF高の時間割が出てきました(寮監長数学先生にお見せしたら「俺が高2の時!」と嬉々としてコピーなさってました)。勿論、当時はPCなどあろうはずもなく、罫線も含めて全部手書きです。この頃は高校のみ12クラスという単純な構成(浪人生に授業をする「補習科」というのもありましたが)、教員の数も少ないですし、時間割を組むのも簡単そうです(嘗ては、時間割変更を認めない、元の時間割通りじゃないと授業をしない、と宣言する「うるさ型」の先生もいらっしゃったとか。今じゃ技術的にとても不可能です)。授業担当者のお名前はレジェンドずらり、辛うじて私が教わったこともある先生もお出でですが、噂(伝説・神話)でしか聞いたことのないような方々も多いです。その中で一番凄いのは、現在高3文系を担当してお出での超々ベテラン数学先生のお名前が既に書かれてあることなんですが。

 「梅の花」の忘新年会コースは鮟鱇を使った小鍋立てを組み込んだもの、私は鮟鱇をここでしか食べたことがありません。瓶ビールのグラスは薄くて軽くてお洒落、お互いに1杯目だけは注ぎ合って「後は手酌!」のコールで乾杯。事務嬢さんは正月休みで帰国なさった旦那様と一緒にどこを飲み歩いたかというお話、私は東京で卒業生と一緒にどこを飲み歩いたか独りの正月はどう飲んだくれたかという話、ババ抜きなら勝負が始まる前に2つ纏めて捨てられそうなくらい同じような話を実際に飲んで実演しながら交わすんですから、何というかもう仕方のない仕方話という感じですね。
 二次会はタクシーで文化街まで移動してライブバー「a」へ。マスターが仰るには今日が初来店で良かった昨日なら満員で入れなかった、と。どこかの高校の同窓会の二次会かなんかで、40人だか50人だかが押し寄せたそう(後から、小料理屋「A」のママさんご一行だったことをご本人から伺いました)。そりゃ凄い。2時間ほど飲んで歌ってから、「事務嬢さん、帰ろ~」「帰り~」といういつもの小芝居を経て帰宅、健康睡眠。