みんな「おひとりさま」

 ペンギンと酒飲みと林檎とに負けた日。全くの独りで観光地を歩くと、個人的嗜好に全負けするということが解りました。

 ホテル健康起床、大浴場で朝風呂。京都の街中にはネカフェが全然ない(特に駅周辺)というイメージですが、探したらホテルから徒歩5分(昨日飲んだ居酒屋「O」のすぐ側)にまだ新しい店舗があるということでそこへ。寒い中歩いて行って、受付で身分証明書を持っていないことに気づきホテルに一度Uターンするという失態。個室がカードキーになっているネカフェは初めてで「新しい感」はありましたが、ドリンクは充実していませんでした(無料の物とは別に店内に有料自販機もあり)。書き物を1時間ちょっと。

 ネカフェから歩いて20分程、開園9時と同時に入ったのは岡崎公園内にある「京都市動物園」。平安神宮の大鳥居の向こうに何台もの消防車が停まっていたのは出初め式か何かでしょうか。朝が早かったからか、日曜なのに周辺の観光客(人通り)は少なく、動物園には2時間ほど滞在しましたが入園客は決して多くなかったです(初訪問のよそ者ながら経営が心配になってしまうくらい)。
 入口を潜って直ぐの場所が「もうじゅうワールド」と呼ばれ、いきなり国内最高齢だという雄のライオン「ナイル」さん(25歳)がお出迎え。汚れたガラス越しに見えるナイルさん、ごろんと寝そべったまま微動だにせず(起きてはいます)、檻の周りには手書きの張り紙で「優しく見守る(大意)」とか「ガラスを刺激しない(大意)」とか、お爺ちゃんに対する飼育員さんの労りが伝わるメッセージ。後で知ったのですが、この数日前から食欲不振等の症状(死へのソフトランディング)が出始めており、1月31日に死亡したとのことでした。その他、ジャガーの檻、アムールトラの檻(空中通路があり、腹の側から虎を観たのは初めてでした)、等々。ここの動物園、全体的に動物の高齢化が進んでいるような印象です(ライオンのインパクトでそう思っただけなのかも知れません)。
 キリンやシマウマを混合飼育している広場は、ガラス越しに地上から覗くことも、二階の位置にある通路を歩いて上から覗くことも出来るなど工夫。カバやゾウのエリアに行くと、動物園特有の臭い(←好き)が強くなってきた感覚がしました。ここの動物園、狭い敷地内に色々な動物が密集しているんですけれども、風通しが良いからなのか(良すぎて寒いくらいです)あんまり「臭い」がしないんですよね。

 そして、今回の京都旅行で一番のハイライトだったのは、フンボルトペンギンのコーナー。居るとは知らなかった(思わなかった)ペンギンが視界に入って来た時にはリアルに「はわわわわわわわわ」って言いました。京都くんだりまで来て鳥類一羽に30分以上の時間を溶かされる40絡みは情けない(というより気持ち悪い)、んですけれども、ここの動物園のペンギンコーナー、これまで訪れたどの施設よりもペンギンに接近することが出来るんです。柵は隔ててますよ。なんですけど、柵のぎりぎりまで私とペンギンとが近づいたらその距離30cm。手を伸ばせば触れる距離にこの世で最も可愛い生き物が居る。おっさん夢中、「何なんですかあなたメチャメチャ可愛いじゃないですか何なんですか何のつもりなんですか愛くるしすぎて私呼吸器がどうにかなっちゃいそうなんですけれども私をどうしたいんですかはっきり言ったらいいじゃないですか」と敬語で逆ギレしながら接写、接写、接写、接写!

 ロングコートは着てたんですけど、風強い水辺で40分も立ってたらそらくしゃみの一つも出る、というのを契機にペンギンとはお別れ、ふと気がつけば入園から2時間近く経っていたので別の施設に河岸を移すことにし、岡崎公園内大鳥居前、動物園から徒歩数分の「京都国立近代美術館」へ。特別展「記憶と空間の造形 イタリア現代陶芸の巨匠 ニーノ・カルーソ」。うん、知らん。
 【イタリア現代陶芸を代表する作家であるニーノ・カルーソ(1928-2017)は、神話性、象徴性を制作におけるテーマの一つとしています。初期は、それらを自己の故郷の記憶と結びつけた装飾的な器物を制作していましたが、次第に古代ローマの遺跡等を思わせる壁面や柱、門などの形態制作を通じて、古代と現代を結ぶ空間の構築へと向かいました。こうしたカルーソの表現は、日本を含め世界中で高い評価を得ています】(美術館による説明より引用)
 ふむ、具体から抽象へという活動履歴か。ということは、入って直ぐ(若い頃の分かり易い作品)が勝負かな、後の方(門だ柱だ壁だ)はシュールで私には全く理解できまい、と当たりをつけて入館。したら、最初の部屋、活動初期(1950年代後半)に制作された楽焼き一群で勝負が決まりました。「抱擁」「喫煙」「歌手」「酒飲み」……と題された皿に描かれた絵、丸木位里・赤松俊子の原爆絵本みたいなタッチだったんですけど、その「酒飲み」というのに描かれた男を見て「これ、僕やん」ってなった(共感度が爆上がった)まま文字通り足が動かなくなり。ちょっと進んでまた戻り、更に進んでまた戻り、部屋づきの係員の方が訝しげな表情をしておられたのも無視して何度も一枚の皿の前をうろうろ。これがアル中なんでしょうか、「酒飲み」に20分以上の時間を溶かされました。で、案の定、後ろの方の作品(門だ柱だ壁だ)はよー解らん。

 美術館を出てから、道向こうにあるのが目に入ったうどん屋へ飛び込みます。卒業生と一緒でないなら気取って店を選ぶ必要もなく、当て勘で「孤独のグルメごっこです(五郎さんと違って私は飲みますけどね)。冷蔵庫からセルフで取り出す小鉢(数の子ワサビ和え・茄子ニシン煮浸し)、力うどん。ビールが進んで瓶を2本、までで我慢して退店。清水寺まで歩いて腹ごなし・酔い覚まし……と徒歩徒歩行く道の途中の川(後で調べたら「白川」というそう)の近くに「明智光秀首塚」というのがあったのでお詣り。路地裏の一画にぽつん、観光地ではないですね。一応、お賽銭も投げ入れました。謀反人は何百年経っても堂々とは祀られない、ということ?

 道沿いの看板の雑な地図で当たりをつけながら徒歩徒歩(というよりほろ酔いで普羅普羅)と歩いている内に、道行く人の数が段々と増えてきて、仕舞いには芋洗いという状態になったらそこは清水、坂の途中で迷ったら嫌なのでここで初めてスマホを取り出します。スマホはトランシーバー、どらげない(←形容詞)角度で口元に近づけ「ここから清水三年坂美術館」と呟けばあっという間に画面に経路と所要時間とが表示される近未来。
 清水訪問は63回生が中3だった時の修学旅行引率以来ですからざっと8年ぶり、ですが今日は寺は訪問せず、まっぴぃお勧めの美術館「清水三年坂美術館」を初訪問。ここは常設展で幕末~明治時代の所謂「超絶技巧」の数々が見られる場所だそうで、そう広くはないスペースに蒔絵・京薩摩・七宝等々、どんだけ器用だったらこんなに細やかな絵付け・彫り付けが出来るんだ、という作品が続々。その中でも特にぶっ飛んだのは「林檎」と題された象牙彫刻。半径3cmくらいの球体(林檎)をくりぬいて、中に松林・杖をついた老人・小屋、等々を彫ってるんです。こんなの、身長30cmくらいの人間じゃないと彫れんだろ、と。
 入口ミュージアムの店員さんに、この林檎のグッズがないのかお尋ね。こんだけの作品なら絵はがきか何かがあるだろうと思ったんです。しかしすげなく「ありません」のお返事。よりによって美術館常設展の図録にすら載っておらず、食い下がったところ店員さんからは「ご覧になりたかったらまたお越しやす」のあしらいを。むっ! と来た39歳、ホントはあるの知ってんだもんねさっきチラッと見たもんねボクが金持ってなさそうだろうから教えてくんないんだろうけどそうはいかないもんね、とばかりにガラスケースの中を指して「じゃあ、あれ下さい!」
 ……まっぴぃに写メを送ったら「いいね」くれたから良いということにしよう。3Dプリンターって凄いんですね、高細密樹脂製の「林檎」レプリカ、6000円で買っちゃいましたよ。酔っ払った勢いなのかしら、というか普羅普羅歩いてて途中で壊したらどしよ、と、これ以降、私の歩行速度は3割ダウン、降りる坂道は特に魚籠魚籠です。

 核となる目的地(美術館)は訪問したので後は余生、取り敢えず小銭入れを買うことは決めていたので、清水からホテルを結ぶ道の途中にある西陣織りの小物屋へ。ポケットに入るサイズで、中が2部屋に分かれている(小銭を入れる部分と、鍵やUSBを入れる部分)タイプで、青をベースにした柄が気に入ったもの、2000円。店を出て、絵恋ちゃんグッズの小銭入れから中身を移し替えました。清水寺からホテルまでは、織物屋を覗いた時間まで含めたら一時間ちょっと。
 ホテルに戻って16時、荷物を下ろして大浴場で湯浴みをすれば16時45分。さて夜はどこで飲もうかと考えて真っ先に思いついたお店に電話を掛けてみたら「17時開店と同時ならカウンターが1席」と言われ、そのままホテルを飛び出しました。

 以前、63回生京大文系組と四条「楽庵」で飲んだときに前を通ったのを覚えていたお店「味どころ しん」。外観だけ見て屋号まで覚えているというのは縁がある証拠で、果たして良い店でした。ベテランの女将さん(大女将さん?)の采配で独り用の刺身盛り・小鍋立て(鱈)・小鉢(のれそれが美味でした)等々。瓶ビールが大瓶なのは大変結構なことで、瓶2本と日本酒2合(「王祿」「拓」)とでほよほよ。
 ホテルまで徒歩徒歩(普羅普羅)と歩いて帰る途中、前を通った「ジュンク堂京都店」の閉店告知を見て仰天。旅人ながら寂しい気持ちに、というか「ジュンク堂」が閉店するのが時流なのかぁ。

 ホテルに戻って19時、入浴、仮眠。目覚めて22時、飲み直すに決まってる。そして店も決まっています。ホテル徒歩10分ならそりゃ聖地巡礼必至、ユーミンバー「Caramel Mama」。楽曲モチーフのカクテルは注文した順番に「魔法の鏡」「Misty China Town」「紅雀」。落花生は食べ放題で殻は全て床に落とします。全てのBGMがユーミンで「リクエストもOKです」と言われたので「Bueno Adios」をお願いしたらマスターは一瞬きょとん、とした後に思い出した様子で、「この曲を頼まれたのは初めてです」と(11年前の曲です)。

 独りを意気込むあまり、色々詰め込みすぎたかも知れません。ホテルに戻って少しお疲れモード、泥眠。