これは詳細を省くが 結論だけ言うと お前は死ぬ

 昨日は午睡もせずに(地下鉄で爆睡したけど)昼夜飲んで、今朝5時半の目覚ましなんて大丈夫なのかと思っていたんですけれども、4時半には勝手に目が覚めてしまってそのまま布団で読書。お爺ちゃん? お爺ちゃんなの? ……いや、今日のイベントが楽しみだからだということにしとこう……なら私、ガキなの?
 朝の湯浴み、普通ならその後はネカフェなのですが、今日は7時過ぎにホテルを出た後の行き先が違います。コンビニでタオルやら替えの靴下やらを買い込んでからそのまま池袋駅へ。

 池袋から上総湊へ向かう方法。
 ①07時35分の山手線外回り、07時55分に秋葉原に着。
 ②08時03分の特急新宿さざなみ1号、09時16分に君津に着。
 ③09時31分の内房線、09時52分に上総湊に着。
 帰りはこれと逆を行きます(到着は池袋ではなく渋谷ですが)。
 ④15時19分の内房線、15時37分に君津に着。
 ⑤15時53分の特急新宿さざなみ2号、17時13分に新宿に着。
 ⑥17時27分の埼京線快速、17時32分に渋谷に着。
 往復するとざっと5時間の電車旅ですね(流石に⑥はもうちょっとどうにかしますけれども、「駅すぱあと」はこのように命令してきました)。

 秋葉原を走り出した電車内でスタバのサンドイッチとTully'sの缶コーヒーという呉越同舟(車?)。車窓からは昨日Tくんと上ったスカイツリーが見えます。のんびり電車読書というのは、新幹線ではなく飛行機往復を選んだ上京旅行では味わえないものだと思っていました。君津で乗り換えのホームで、65回生文系Oくんとご挨拶。彼も私と目的地が同じだそう。

 上総湊という駅名は昨日生まれて初めて聞いたのですが、そこまで出掛けて何をするのかというと、これまた生まれて初めての田植え体験。「早乙女が裳裾ぬらして 玉苗植うる」というあれです。この機械文明の中、手で苗を植えるなどという体験をまさか37歳もやしっ子がすることになるとは。そんなの、小林幸子とかまつざか梅先生とかがやるもんで自分とは無関係だと思っていたのですが。
 誘って下さったのは、65回生文系Hくん(東大文一)で、現在は「東大むら塾」の副代表を務めておられます。「東大むら塾」は農業・地域おこしのサークル、千葉県富津市にある相川集落(この最寄り駅が上総湊)で無農薬野菜や減農薬米を作ったり、地域ブランドの立ち上げを行ったりしているそうです。以前、Hくんから頂いたブランド米は「てとて」という名前。稲を竹製の稲木に掛けて天日干し(自然乾燥)にするという大変な行程を経て生まれたお米は、土地の野菜などとともに五月祭で販売され大人気だということ。私の在学中には聞いたことがない名前でしたが、農水省職員からの声がけで団体が発足して現在4年目という若いサークルなのだとか。今日は、サークル外の東大生(Oくんもその一人)を招いて行われる田植え体験会に、卒業して早15年もたったおっさんも交ぜて下さるという趣向。

 上総湊駅で降りたのは十数人の東大生(と、おっさん1人)。「湊」の名の駅ですから周辺を走る電車の窓から海が見えたのは当たり前なのですが、駅を下りたら直ぐに里山と森とが目に入るという贅沢な地形。お迎えの「むら塾」の方々の先導で、挨拶もそこそこに(ネームプレートを胸につけました)徒歩移動開始。最初は私の住んでるK町レベルの田舎町かなぁ、程度の道だったのですが15分も歩けばもうたんぼ道・里山道。ペチャンコの蛙は1匹目なら驚く、2匹目には合掌、3匹目からは風景に溶けます。道すがら、Hくんから「東大むら塾」について色々と教えてもらったり、里山の害獣被害のことを伺ったり。知らなかったんですが、東大には「東大狩人の会」という狩猟活動を行うサークルもあるそうです(「むら塾」と連携しているとのこと)。狩猟免許を取ろうと思ったら精神疾患の既往歴を調べられたり近所の人を巻き込んだ身辺調査が行われたり、って話を最近聞きましたけれども、東大にもサークルが出来る程度には免許保持者がいるってことなんでしょうか。

 先ずは、「むら塾」に農業の指導を行っている農家の方のご自宅を訪問。築120年(!)のご自宅内の座敷に車座になって、そこで初めて参加者の自己紹介が行われました。駒場生も本郷生も居て文理学部もバラバラですが、このような体験会に参加するくらいですから特別に好奇心旺盛な方が多いなぁ、という印象。最後から2番目に私がご挨拶。「東大文学部……を15年前に卒業した部外者がお邪魔をして申し訳ありません。私、F高校でそちらのHくんの国語を担当致しました池ノ都と申します。先日Hくんから『むら塾』のブランド米を頂戴致しまして大変美味しかったのですが、今回はHくんに『食った分くらいは植えろや』と命じられて参りました。宜しくお願い致します」
 最後にお話になったのは農家の方で、築120年の豪邸の主は農地改革前は大地主だったそうです。戦後の農地改革で土地の8割を失った忸怩を語られつつ、一言漏らされた「それまでが虐待だったのかも知れない」の言が重かったですね(現役東大生は聞き取ってその意味を理解したのでしょうか)。そんなことも含めて、「むら塾」は地域のこれまでを学びこれからを考えるサークルだということなのでしょう。テーマは「活動はのんびりと、でもむらを変えていく。」だそうです。

 さて、先ずはみんなでBBQ。広い広いお庭に炭焼きの準備を調え、「むら塾」スタッフが手際よく肉を焼いたり焼きそばを作ったり(勿論、ブランド米「てとて」も振る舞われました)。そこで、何人かの学生とお話が出来たのは貴重な経験。
 都内のとある有名進学校の卒業生3人組は、「××(←先生)って今高1の担任らしいよ」「へぇ、あいつにやれんのかなぁ」とかいかにも進学校卒業生なやりとり。
 別の女性からは在学中の学科選択について聞かれ、「国語教師しか考えてなかったから当然文学部で国語学ですね。底点なしの学科だから、大学入学以降、人と競ったことがありません。資格のための大学生活です」と正直に答えたら、満面の笑顔で「わぁ、不純ですね!」と言われて大笑い。そうですね、夢を見るのが、そして好奇心についていくのが「純粋」の定義なのかな。
 勿論、一定以上東大生を輩出しているF校ですので、友人にF校卒業生が居るという方もおられます。躰道部だと仰る男性に63回生Fくんのことを聞いたら「とっても面白い先輩です!」と返ってきたとか、後は学部3年生だという女性とのやりとり。女「F校の先生なんですよね。じゃあ、T(←呼び捨てフルネーム)って……」 私「あ、教え子です。昨日の夜に二人で飲みました。本質が良い子ですよねぇ」 女「あぁ……そう、それは、私もそう感じます」 なら良し。

 さて、田んぼまでは車で5分。今年の「てとて」収穫へ向けた第1歩、青少年(とおっさん1人)が玉苗植うる……

 「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」
 まだ玉苗を植うる前、水田に一足を踏み入れた途端にジーパンを膝上20cmくらいまでたくし上げたその膝までずぶずぶずぶずぶと泥土の中に沈んでいくのがくすぐったくて気持ち良くて面白くて、おっさん初手から大笑いです。年若い男子も女子も(という言い方は失礼かな)同じ様子ですが、虫やら蛙やらが居そうで気持ち悪い的な感覚は、多分さっき山道を20分も歩いた間に蒸発してしまっているようです(始めからそういう感覚が無かった人も居るかも知れません)。ずぶずぶと一歩二歩、泥に足を取られて歩みは遅いですが、誰一人躊躇している人は居ません。

 15人の少年少女(とおっさん1人……面倒くさいんで今後は省略)が田んぼに横一列均等割り付け。近くに投げ込まれている育苗箱の苗をひたすらちぎって(1株で5本くらい?)、泥の中5cmほどに植え付けていくという流れ。株と株との間は15cm程度でしょうか。均等割り付けのメンバーの前には畦と平行に張られた綱があってそれが苗を植える場所を教えます。横一列全部を植え終わったら、目の前の綱(端と端とを支えるメンバーが2人)が前方に移動するので、それに合わせて全員が前進して再びちぎって植えて、という繰り返しです。文章で書けば短いですが、ちぎるのも植えるのも歩くのも全て初めての体験でもたもたは必至、機械で植えりゃ数分の作業だそうですが手で植えるわけですから15人(一家総出って感じかな)でやったって作業は遅々です(「むら塾」のメンバーは村に泊まり込んで数日掛けて田植えを終らせるそうです。因みに、明日からは新歓合宿で新入生が来るそう)。
 隣で楽しそうに玉苗植えてるOくんや某くん、話の内容はTwitterSNSに関することで現代都会っ子なんですけれども、やってることはフリック入力ではなく苗株ちぎり。お料理男子を中心にレシピ談義などに花を咲かせてたり、(こういうイベントに参加するメンバーだからなのかも知れませんが)生活力や適応力の高い魅力的な若者たちだなぁ、とおっさんはしみじみとしながらへっぴり腰。

 さて、夜の約束がある私は他の人たちより数十分早く離脱しなくてはなりません。爪の中まで細かい泥が入り込んだ足は、水田への取水口で徹底的に洗います(これがまた冷たい!)。靴下は1足ダメになりましたので(水田には裸足ではなく靴下で入ります)代えの分を履いて、帰りは駅までHくんに送っていただきました(多謝)。
 さて私は「食った分くらいは植え」ることが出来たのでしょうか。帰りの電車では読書をしたり車窓風景を眺めたり。Hくんからは「筋肉痛が後から来ます」と予言されましたが、既に結構疲れてますよ。2時間超の移動中、一瞬だけ微睡んだり。

 渋谷着は17時半過ぎだったのですが、電話をしたらEくんも既に渋谷駅だったそうなので、モヤイ像前で落ち合って、18時予約の「鉢山」まで歩いて行くことに。駅から10分ほど歩いたらそこは住宅街。「遊び場」としての渋谷のイメージからは遠い場所に、高級な一軒家という佇まいでお店はたっていました。訪れるのは初めてなのですが、先日「何食いたい?」って聞いたら「ミスジ!」って返って来たので、ちょっとお高い焼肉屋を押さえてみました(単品メニューにミスジがあって、無煙ロースターが導入されている店、という条件で検索して見つけたお店です)。
 雰囲気は家庭的だと聞いてまして確かに2階フロアはそうも言えなくはないという感じでしたけど、「超高級住宅」の家庭的だなこれは。Eくん、初手から「ほぇ~、ほぇ~」と気圧されまくってます(の割に、食べ始めたら遠慮の一切を無くすというのも解ってます。それが見たくて呼んでるのは私の方なんですけど)。コース料理に単品でミスジを追加。そうそう、そう言えばEくん、話したいことがあるって言ってましたね。何ぞ?
 E「いや~、先生にはいっつも高いやつ奢ってもらってねぇ」
 私「出世払いしてくれんでしょ?」
 E「ま~、それはも~、当然。ご飯お代わりいいです?」
 私「どうぞどうぞ。で、話ってのは?」
 E「いや~、実は僕、院進しようと思ってまして」
 私「出世先延ばしかよ! ……あ、これ、じゃない彼にご飯のお代わりを。あの、大きいサイズ、あります?」

 私たちが一番乗りで、その後フロアにやって来たのはビジネス接待(超高級スーツ)が1組、大人のデートが1組。ビジネスでも無けりゃデートでもなく単なるお疲れ飲み会の教師と生徒(「元」ですけど)という田舎者コンビ……の相手は、でも東大で院進なんてしようとしてるくらいだから将来の大物なんだろうなぁ、多分。完全に中坊の顔でミスジ食ってるこれ、じゃない彼が大物ねぇ。やっぱり私、変わった職場で働いてるんだなぁ、などと田植え疲れとビールの酔いでとろんとなってる頭。
 E「田植えて。何やってるんですか東京まで来て」
 私「いや、『むら塾』だから。東京まで来ないと出来ないんだから。大体、お前、田植え、ちょっとやってみたいタイプでしょ?」
 E「うん、ちょっと面白そう」
 好奇心お化け。

 好奇心と胃袋とがブラックホールのEくんを連れて、今度は渋谷駅徒歩5分とは思えない安旨居酒屋「げんてん」へ。特大の壺漬けハラミ焼きを……ほら、完食した。
 私「食うよねぇ」
 E「先生こそ、ここで大ジョッキって」
 私「国語教師やん? メニューに煽られたら、呑むしかないやん?」
 「げんてん」のドリンクメニューには「本に酒は身体に悪いと書いてあったので、私達は読書を、やめました!! さあ何呑む!?」って。

 渋谷駅までの徒歩。
 E「で、次なんですけれども」
 私「食欲すげぇな」
 E「今度帰省するんで、その時にK市の『U』で魚を」
 私「こないだのランチが美味しかったから? 博多じゃ駄目?」
 E「僕は全然良いですけど」
 私「じゃ、博多ね。旨すぎてちょっと引くよ。あと、日曜は避けること」
 E「ラジャー!」
 さて、「太郎源」の予約だな。

 健康睡眠。田植え疲れだけに、それはもう泥のように。