死ぬのは奴らだ

 こないだの職員会議でちょっと面白かったやつ。先日の豪雨帰宅難民生徒続出を猛反省、休校規定に関する新案検討がなされたんですけれども。生徒登下校の安全が第一で、朝は安全が確認されるまで自宅待機。さて、そこで。
 某先生「生徒については解りました。えっと、我々教員の出勤に関する規定は?」
 管理職「ありません!」
 笑えないけど笑うしかないって感じの笑い。死ねとまでは言わないけれども来られる限り来い、というところでしょう。私はどんな時でも(20分歩きさえすれば)通勤できる場所を住所として選んだので休校だろうがなんだろうが行きますが、遠方から通われている先生方はそうは行かないでしょうね。F校付近の某学校は、何かあったら直ぐに休校にする生徒思いの学校ですが、教員は必ず出勤して「学校を守る」必要があるそうです。

 夏休み前期課外授業開始。今日は授業2つで、センター評論(吉岡洋)。高2の現代文で原研哉『白』と中島敦「文字禍」を連続して扱い「書くとはどういうことか」を考えたのですが、高3の折り返し地点でそれを改めて確認してほしいと思う次第。大学に入ったら、紙とペンと(私の場合は黒板とチョークとも)で「書く」という機会は大学入試がクライマックス、大学入学後、社会人になった後はどんどんと減っていきます。タイピングやフリックがほとんどになっていくでしょう。文字としての情報をアウトプットするという点で共通しているこの二者(紙と筆記具とで書くことと、タイピングやフリックと)は、しかしその内実を全く異にしています。優劣は言うつもりも必要もありませんが、大学入学以降それが身体から蒸発してしまうかもしれないその前に一度「書く」というのはどういうことか(今、自分が何をやっているのか)を知っておくことはためになるのではないかと想像しています。

 午後は自宅に戻り、介護支援専門員Iさんとお話。K市から「要支援1」の認定が下りた母君に関して、私の8月・12月・2月(東大入試の応援)の上京中に母君のショートステイをお願いする旨を相談。母君が現在お世話になっている「S」病院の系列の施設が空いている(受け入れ可能である)なら有難いのですが……。

 夜は事務嬢さんご夫妻と焼き鳥屋~スペインバル。後者「P」には久しぶりに行きましたが、いつの間にか「生ビール・ハイボール・レモンサワー、セルフ飲み放題」なるシステムが始まっていました。しかし、2階建て上下それぞれ10人定員の店(階段は激狭な上にかなり急)で1階にだけサーバーがあるセルフの飲み放題をやるというのは2階の酔客を殺しに来てるんじゃないのかと、一次会で散々飲んだ私などは推理してしまうわけですよ。