入れものが無い両手で受ける

 5時入りで授業準備。現代文の授業ができる喜び。始業後、本日は(中1を除く)全学年で課題テストなる春休みの勉強量とその定着を測るテストが行われるので、午前中はその監督、午後はその採点を行うべき日。で、その採点が、高2現代文200枚、高2古文200枚、高1漢文200枚、という計600枚。高1は試験翌日のホームルームで、高2は明日の授業で返すっていうことで、要するに600枚を本日の13時から明日の朝8時という19時間のうちに採点しないといけないってこと。赤ペンの替え芯を6、7本準備してひたっすらガシガシガシガシと○×を……つけなくてはならないのに、それを邪魔するように脳中を占拠する心の迷い。

 話は昨日、午前中に始業式その他が終わり生徒は下校、昼過ぎから始まる入学式に出席する中1・高1の新入生とそのご家族がお集まりの正午ごろ、場所はその方々がどれF校の味とはどのようなものかと思い思いのメニューを選択中の食堂のことです。
 今年から中学も共学化するF校ですから、食堂には一月前まではランドセルをからって(←方言)いた女子生徒もいるわけでして。私は、中高とも男子校時代のF校を実家と学校と寮という3箇所の閉鎖空間を行ったり来たりしながら過ごし、その後大学入学卒業後即F校教員として社会人になり早10年目、という人生を送っていますので、女子中学生などメディアを通じてしか観たことがなく、もしかような生物は都市伝説だったと言われても驚かない人間でした(まさに今、女子中学生を生まれて初めて視認するまで)。ですのでその生態に関して全くの無知でして。
 さて、その食堂内大型テレビのコーナーに、私が親だったら家庭調書の趣味・特技欄に「どこ吹く風」と書きたくなるようなマイペースマイワールド中坊集団(2年か3年かは分からないけど、高校生ではなかった)が数人で固まって、何やらアニメーション番組を観ておられる。ほうほう期待に胸躍らせて入学式に臨まんとする後輩とそのご家族に対するウェルカムがそのアニメ大音量なのね、とどんな番組かちらり遠目にうかがったら、ゾンビがガチョガチョと人喰ってて、昼の食堂でそのチョイスか~といっそ感心するレベル。で、登校初日の中学1生女子(と特にそのお母様と)が露骨にドン引きしておられる様を見て、女子中学生の生態に「ゾンビが人喰ってたら、引く」という第1項が書かれた訳ですが。

 採点を邪魔する脳中の迷いは女子中学生の生態ではなく、そのとき流れていたアニメーション番組の声優の声帯の話でして。
 ナイスミドルハイテンションの演技、その声が千葉繁のものであるのか神谷明のものであるのかが全然判別できなかったのです。何分聞いても。長くテレビから離れたせいなのか、声優の声の聞き分けに関してはかなりの自信がある私が、例えば小1で観た『タワーリングインフェルノ』で我勝ちに逃げ出そうとして最上階から墜落死する役の俳優吹き替えが第一声即座にポロリの人(中尾さん)だと分かり後から「ポロリがポトリ」とかいう糞血痰ダジャレをのたもうたようなそんな私が、千葉か神谷か区別がつかないなんて!
 悶々としながらそれでも懸命に採点一途、途中横を通りかかった同じ年で私のクラスの副担任を務めてくださっている世界史先生に「千葉か神谷か」の話をしたら「その二人を間違えることなんて絶対に有り得ない」と言われ、どちらでもないという第3の可能性に思い至り「くをををををっ!」と更に悶絶の採点ガシガシ。
 間に合いましたけどね(正確に言えば、明日の5時入り出勤で終わらせることができる)。

 さて、本日私が口に入れた食料・飲料は、すべてよそ様からの施しものでした。幸せ者です。
 朝食……生徒から旅先の冗談土産、秋葉原は「二次元の恋人」、京都は「白塗りの濃い人」。昼食……保健の先生が差し入れて下さったお弁当。夕食……Hさんの家で掘りたてのタケノコ料理三昧(明日の朝食用にタケノコご飯のお握りまでいただきました)。