越境と巡歴

 「この連休が終わったら、俺、ダイエットするんだ……」というのは「脂肪フラグ」、土曜半ドンの仕事を(も)サボって京都2日目、ホテルモーニングは(朝食1回で宿泊費の半分という値段も含めて)背徳の美味です。トースト・スクランブルエッグ・ハム・サラダ・しりしり・野菜スープ・珈琲2杯。いや、実際のところこの半年でコロナ太りが限界突破してますので、連休明けからはタクシー通勤禁止だとか1日1食死守だとか諸々本気でやらないと仕事の処理能力に差し支えが出てきそう。

 さて、京都旅行2日目は、世間的な4連休の初日でもあります。少なくとも午後以降はどっと人が増えて昨日の伏見稲荷のような訳にはいかないでしょうから、訪問先はよほど考えなくてはなりません(朝の時点で全部決めてましたけど)。

 先ずは、佛光寺をお詣りしてから六角堂。朝の9時という早い時間だったからかも知れませんがどちらも殆ど人が居ません。後者六角堂は鳩がたくさん居ることが知られており、ショップでは可愛い鳩の絵柄がついたミニタオルを購入しました(他には母君用のお線香なども。タオルは勿論、同窓数学・若手体育ご夫妻のお嬢様へ)。夕方に乗ったタクシーの運転手さんに六角堂は京都のへそ(ど真ん中)でその石碑があるということを聞かされましたが、朝の時点では知らずに見逃していました。

 街場を散歩がてら歩いて、「京都文化博物館」へ。目的は特別展の『池大雅 文人たちの交流』。構成は「大雅、誕生」「大雅、諸国をめぐる」「大雅、筆墨の世界」とほぼ年表順で作品を並べ、最後に「大雅へのあこがれ 大雅堂をめぐる人々」と後継の作品を展示するという形。正直、絵の良さというのはよく分からないんですけれども、ごくごく幼い時に書かれたという「金山」の書と、「としとはれかた一方の手を明の春」の句と一緒に取られた左手拓、つまりスタートとゴールととの2作品がいちばん印象に残りました(特に後者の俳句、好きです)。パンフレットや図録が無いということでじっくり1時間。一番乗りで、続く観光客は30人程度といったところでしょうか。ゆっくり出来ました。

 「京都文化博物館」の裏にあるのは「万華鏡博物館」。狭い展示室の中に50点程度の万華鏡。コロナの影響を考慮して10人限定の入場でしたが、ほぼ全ての万華鏡を実際に手に取り覗いてめくるめく。途中、約5分間の投影式万華鏡(展示室全体の壁が万華鏡になりました)等もあって面白く。正直あんまり期待していなかったのですが、これがなかなかでした。大雅の絵よりは随分分かりやすい、けれども数学・体育ご夫妻のお嬢様(現在2歳のベテランでもうすぐ3歳)にはまだ早いかな(最近、旅行中こればっかり考えているような気がします)。

 ちょっと歩いて「京都国際マンガミュージアム」。昼に近づきここはちょっと人が多そうだから入館するかどうか迷うところ……だったのですが、8月までの予定で開催されていた「荒俣宏の大マンガラクタ館」が会期延長だということで一も二も無く飛び込みました。小学校1年生の「あらまたひろし」くんのクレヨン画「つなひき」から始まって近年までの創作物、平井呈一三田平凡寺等々に関する思い出の品やコレクション、膨大な蔵書(のこれは一部)、が無造作に段ボール箱に詰め込まれて展示されています。段ボール箱の一つ一つには荒俣氏による直筆の解説。これは、2019年の「木下直之全集」とほぼ同じ趣向ですね。網羅の人を見せようとするとこうせざるを得ないんでしょう。

 タクシーに乗って京都中心街を離れます。運転手さん曰く「急に人が増えた」そうでやっぱり。午後からは「密」を避けて動くことにして目的地は「酒器 今宵堂」。町家がそのまま工房・展示販売所になったお店で、年若いご夫婦の手になる酒器・肴器は独り飲みにぴったりで値段も手頃(京焼の目が飛び出るような値段は安月給には遠い存在です)。作品が焼き上がった週末にしか営業しておらず、例えば9月は5・6・19・20日の4日間しか開いていません(時間も12時~18時)。こんなタイミングで京都に居るなら是非是非です。
 お猪口1500円、片口・徳利3000円、小皿1500~2000円、箸置き500円。箸置きは将棋の駒の形をした「成駒箸置」、表面は「素面」の文字、裏を返せば「酩酊」「管巻」「泣上戸」「寝落」「下戸」「大寅」……と書けば遊び心が分かる、酒器肴器の可愛らしさも想像出来ましょうか。私はこの箸置きを8つ購入しました。他に、片口1つ、お猪口・徳利のセットを1つ、小皿を3枚。全部合わせて15000円程度かかりました。
 応対は奥様で、お茶とお茶菓子とを出して頂いて町家のお客様気分。購入した商品は、破損が怖いので後日配送の手続きを。

 「今宵堂」から歩いて5分、鴨川にぶつかったら右岸から左岸へ、橋ではなく川中に直接おかれた飛び石をひょいひょいと渡る数分間の川風は大変気持ちよく。渡った先が、ちょうど「京都植物園」の入り口です。
 「植物園」滞在は1時間ほど。中央の広場は家族連れで密密だったので、主に周辺の散歩に徹し、熱帯植物・高原植物を展示する温室は気持ち早足で。昼過ぎの一番暑い時間帯、風は無く空は抜けるよう、なんですけれども心持ち涼しいように感じるのは気のせいなんでしょうかね。以前、「小石川植物園」でも同じように感じました。

 植物園を出たところにあったバス停にちょうど停まっていたのが「銀閣寺」行き。吸いこまれるように乗り込んだ車内の「密」にちょっと後悔しましたが、この「密」は観光客によるものではなく生活者によるものだったようで(年齢層高め)、「銀閣寺」に到着する前、細やかに配置されたバス停の一つ一つで次々に人が降りていき、「銀閣寺」で降りたミーちゃんハーちゃんは結局私だけでした。そのミーちゃんハーちゃんは「銀閣寺」自体には然して興味が無くスルー、やりたかったのは「哲学の道」の川沿い散歩で、到着した先にある「南禅寺」もスルーしてそこらのタクシーに即乗りしました。運転手さん曰く、近くのイベントスペースで同人誌なのかフィギュアなのか何かの即売会が開かれていて万単位の人出だったとか。ひえぇ。

 タクシーで一旦ホテルに戻って荷物を置き、再度ホテルからタクシーで向かった先は「京都水族館」。これは16時予約入場チケットをオンラインで購入しており、今回の訪問先の中で最も「密」なのは覚悟の上……だったのですが認識が甘かった。これはあれだ、去年紅葉の季節の奈良線だわ。親子連れですし詰め。
 入館料と往復のタクシー代は溝(どぶ)に捨てたと諦め、水族館の中を走り抜けました。唯一の目的はペンギンを観ることと決め、ペンギンのコーナーでだけ15分間立ち止まり、うっとり眺めたり写真を撮ったり。15分を計ったら名残惜しさを振り切って再びダッシュ。何を見ても立ち止まってはいけない私はストリーキングをしているんだと自分に言い聞かせ、「密」が極まった館内の滞在時間はジャスト20分。これが、今回の2泊3日で一番迂闊な行動だったかな(いや、旅行自体が「迂闊」だと言われたら返す言葉も無いですけど)。

 滅多に使わないスマホの道案内を使ったのは、細道を遠回りして出来るだけ人が居ない経路をたどるため。祇園、人が滅茶滅茶多いです。今回の旅行のハイライトは夕食で、祇園にある高級京料理「I」で月収の1/10超を払う人生勉強をするという趣向。以前書きましたが、私の京料理の記憶は中学生の時の「塩(酢?)が緑色! 凄い!」というものだけ(母子で10万払ったのに!)。不惑を迎えてゼロからのお勉強を、予約限定のカウンターで。
 靴を脱ぎそうになる町家の入り口、26年の和食経験を経て4年前に独立後に即ミシュラン1つ星、シャンパーニュに合う京料理というコンセプト、どこをどう切り取っても非日常、あぁ私、今夜大人の階段を1歩上るのね。ウェルカムシャンパンと料理長とのお名刺とを頂戴し、ドリンクの注文に来られた女将さんに瓶ビールをお願いしました。「お客様はどちらから?」「福岡です」「あら、福岡はどちら?」「K市というところなんですが」「まぁ、偶然! 大将、K市出身なんですよ!」「えっ?」

 さよなら非日常、っつかどこまでついてくんだよ日常性。大将、K市はN町というドンズバでF校所在地である町にも在住のご経験があるそうで。
 お造り新鮮、椀物滋味、八寸光彩、シャンパンも日本酒もペアリング完璧……なのに、なんで大将との話題はK市の飲み屋のことなのよ。「いや~、この間もK市に行ったんですよ。文化街でうどんが食べたくて『めん棒』に向かったら『モヒカンラーメン』が閉店してるじゃないですか、あそこの大将はいい人で~」とか、全部分かるよこないだ通ったよでも町家で京懐石の話題じゃねーよここもう「もりき」じゃん。

 とまぁ、京料理を一から学んで大人の階段ステップアップとはなりませんでしたが、料理自体は美味しかったし払った値段を惜しいとも思わないしまた行ってもいいかなぁ(今度はランチで)とも思いました。
 ただ、料理の値段は私が月一で利用するK市最強の懐石「G」の3倍超です。で、比較をすると、正直「G」に軍配かなぁ、と。
 だって、今夜の「I」のコース、お一人様相手にこれでもかと松茸を突っ込んだ釜炊き1合の松茸御飯が〆ですよ。あぁ、結局料理で高い値段を取ろうと思ったら高い材料を惜しげも無くという方向性に持っていくしか無いのかなぁ、と。そこに拘らないなら、八寸の美しさ等の細工の細やかさ、使われている材料の種類の多さ、等々は完全に「G」の方に分が。地元に宝があることを確認できたのは収穫でしたね(と書くと嫌みか)。

 ホテルに戻って健康睡眠。