良識を重んじてる善人がもはや罪だよ 愛せよ目の前の疫病を

 今から7年前、63回生の高3担任を務めた年度は「今年が一番大変」だと思いました。高3の現代文と漢文とを両方担当させられて(何度でも言いますがこれは絶対前例にしてはならない国語科史上の汚点)、特講は週9コマ(東大文系現代文・東大理系現代文・京大現代文・一橋大現代文・東大理系漢文)。毎週土曜日は1~8限授業(1~4限センター、56限東大理系現代文、78限京大現代文)で日曜日に10時間添削、とか無茶苦茶やってました。
 そして3年前、67回生の高3担任を務めた年度も「今年が一番大変」だと思いました。高3漢文を別の先生に振ることが出来たので(というかそれが当然なのですが)、授業・特講・添削に関する仕事は63回生の時より減ったのですが、同居を始めた母君のお食事の準備(等、生活のお手伝い)をする必要が生じたのです。昼休みの1時間で自宅まで自転車往復をして母君の昼食を準備する生活、今考えたらなぜあんな無茶が出来たのかと我ながら感心します。
 で、今年度、「今年が一番大変」だと思っています。前2段落と違って、私個人が大変だというのではなく抽象的な(学校全体の)話なのですが、担当している時間割周りで緊急事態が続発。システムではなく人が支えてきた現場の綻びがコロナ禍で浮き彫りになってきている印象です。私の今年度の目標、気づけばいつの間にか「倒れないこと」に下方修正されていました。国語科恩賜先生の格言「疲れては(憑かれては)いけない」を思い出しますね。日本全国、というか世界中が同じ(かそれ以上に悲惨な)状況なのでしょうが……。

 未明の書斎で時間割のデスクワーク、終業後は12時まで授業準備のデスクワーク。今日は時間割変更があって添削が必要な高3文系漢文が1限から4限に移動しています。1限だったら半ドン下校時までに添削は余裕で終わりますが、流石に4限(最終時限)が授業なら返却は月曜(翌営業日)の朝ということになります。明日死んでも大丈夫なよう、4限終了直後に添削は終わらせておきました。
 夕方前に仕事を切り上げて、血痰ネーミングショッピングモール「You Meタウン」に(学校からの行きは徒歩、家までの帰りはタクシー)。書店及び「タワレコ」を素見かして、イベントスペースの北海道フェア及びスーパーマーケットで食材を買い込み。

 自宅に戻って入浴、着替えてから今日は街中(まちなか)で飲むぞと野菜料理「B」へ。野菜(ブロッコリー・銀杏・茄子・菠薐草)とドリアとを肴に、ビールと日本酒とを。「B」はイタリアンでワインやビネガーが売りなのですが、日本酒のワンカップやレトロラベルやなどの種類も豊富で面白く。今日の「日本酒チャレンジ」はワンカップで新潟「緑川」。私が滞在した2時間の間に、他の客は5~6組来ましたが全て「2名様」。コロナ前は(何せヘルシーですから)女子会や医療関係者の飲み会で常に大盛況のお店だったのですが今は静かなものです。客層が客層だけに他より人の戻りが遅いのかも知れませんね。