結果が一番 内容は二番 お疲れ様です 今日も一日

 朝はゆったりまったり過ごして、8時過ぎに徒歩出勤で学校着。本日は2学期の終業式。式は(コロナバージョンで)放送のみ10分、最後には校歌が流されるのですが、これが大河ドラマのオープニングかというくらいに雄大荘厳な演奏(プロのオーケストラ・合唱団)でいつもちょっと笑ってしまいます。67回生の卒業記念品として吹き込まれたものなのですが、贈られた直後に狙い澄ましたかのようなコロナ禍でした。式のあとは大掃除だけして生徒は下校。教員は午前中いっぱいを使って職員会議。職員会議後に、医学部志望理由書の添削に関する面談のアポイントメントが3件。全ての仕事が終了したのは13時です。半ドンで帰宅。

 豚肉を切る、白菜を切る、占地を切る、豆腐を切る、ニラを切る。冷蔵庫の中の出汁(昆布・いりこ)をベースに調味料で味付け、とどめは大量のキムチ。14時に「冬物語」の缶をかしゃぷしゅ~。直前まで福岡だ広島だと旅行してた分際であれですけど「2学期お疲れ様」の独酌です。日本酒も、広島で買ってきたカップ酒で未踏破蔵を稼ぎます。
 2時間かけて飲んだあとは、書斎で書き物(2時間弱)、散歩がてらの食材買いだし(1時間強)、入浴、1時間の仮眠。寝て起きたら少しだけ小腹が空いていたので昼に洗った鍋をまた取り出して21時の湯豆腐、ここでも広島のカップ酒。
 639蔵目・広島「賀茂泉」(名作清酒 緑泉)。
 640蔵目・広島「美和桜」(cup)。
 641蔵目・広島「比婆美人」(清酒)。

朝になれば 日が昇れば またひとつでも良くするための

 年末に福岡帰省の63回生Tくん(経産省)から30日にK市で飲みましょうというお誘い、諾。年末の金曜日はどこも混んでいるようで、辛うじて焼肉「S」が押さえられました。Iくん(弁護士の卵)も参加で3人だそうです。

 土井善晴中島岳志『ええかげん論』読了、★★★★。

 ホテル起床、早朝の大浴場で入浴・サウナ。7時半にチェックアウト。出勤路を行き交う方々を縫うように歩いてホテルから20分(バッグは酒だの食器だのが入ってパンパン)、ネットで見つけて是非にと思っていた喫茶店を目指します。
 入口ガラスに「おかげさまで創業76年」の張り紙、「モーニング発祥」というのは本当なのでしょうか(諸説あったりしないのでしょうか)、喫茶店「ルーエぶらじる」。パン屋併設の純喫茶、入口入ってすぐ左手にBOXが置かれていたのを傘立てかと思ったら杖が何本も入ってました。先客5~6人は全員人生の大ベテラン、お店の人気と年季とが伺えます。一番人気という「Bモーニング」(700円)を注文。トーストの皿、サラダのボウル、大皿にはベーコンエッグ(卵2個)、コーヒー、オレンジジュース。ボリューミー、美味。TVでは朝ドラ、ゆったり。

 朝食のあとは最寄りの電停からチンチン電車で広島駅。最も早い新幹線で一路K駅へ。K駅からはタクシーで一旦帰宅、荷解きをしてから徒歩出勤、お昼前には学校入りです。
 学校では、事務嬢さん、時間割業務を代行して下さった教務部長地理先生にお土産をお渡ししたあと、4時間の机仕事。明日は終業式、授業からは解放されていますが、高3生・浪人生の添削は続々です。この時期は、医学部を目指す生徒が持って来る志望理由書の添削が山と。

 夜はHさん家経由で「もりき」へ。お土産をお渡ししてから、独酌。

啐啄同時

 ホテル起床、朝風呂、博多駅前のホテルを8時前にチェックアウト。博多駅まで歩いて地下の粥屋で中華粥のモーニング。本日から1泊2日で広島旅行、博多から広島は新幹線で1時間強というところ、ご近所感覚。
 広島駅着、先ずは駅構内のお土産売り場で事務嬢さん・Hさん・「もりき」さんらへのお土産(日本酒・焼酎)及び、広島の未踏破蔵のお酒を自分用に数本購入。一気に重たくなった荷物を軽くするため、先ずは路面電車で移動して宿泊ホテルのフロントに荷物を預けました。「ドーミーイン」、平和公園及び夜の飲み屋(予約済み)から徒歩圏内ということで選びました(大浴場にサウナがあるのが魅力です)。

 取り敢えず、平和公園に来たなら先ずは原爆ドームを……と歩いていたら、おじさん(業界風)がにへらにへらと笑いながら近づいてきて道を遮る。曰く「映画撮影中なんで迂回を」と。他意無く「何の映画なんですか?」と問えば、苦笑いで「言えないんです」だって。ということで、ちょっと迂回したところにある橋を渡ってドームに近づく途中、ふと振り返ったら撮影待機中の俳優さんらしきシルエットが、というか髪型とコスチュームとが見える。おいおい業界風、あそこは「言えないんです」じゃなくて「言う勿れなんです」って答えるとこじゃんかね。確かに、広島が舞台の章がありましたね、あそこが映画化されるのかぁ。
 原爆ドーム峠三吉詩碑(これを見るのは実は初めて)、資料館。平日だからか、資料館の訪問者は圧倒的に海外の方が多く(私の退出後に、修学旅行の団体が入れ替わりで入りました)。入口の壁一面に大きく原爆投下以前の広島市の写真、街頭の看板に関屋敏子のリサイタル告知があるということは、開戦(パールハーバー)より前の写真ということですね。数年後の関屋敏子自死も、その4年後の広島壊滅も、この時には知る由もだったんだなぁ、など考えながら展示場へ。広島自体は数年ぶりながら資料館に入るのは30年ぶりくらいのことでしたが……職業柄か年を取ったのか、児童生徒学生の悲惨な最期を連続して突き付けられる展示に半ば精神が堪えられず。辛かった。「生きてる僕の影だけ動く」はF校卒業生の歌会始入選歌、彼はここの「人影の石」の前に立って戦禍を思ったんでしょうか。

 資料館を出たらお昼時、ですが朝食を摂ったので昼は抜いて、代わりに次の目的地まで歩いて行く途中にあったミスドでコーヒーを2杯。
 「ひろしま美術館」の常設展示が最高でした。マネ「灰色の羽帽子の婦人」もルドン「ペガサス、岩上の馬」もルオー「ピエロ」もローランサン「二人の女」も鴨居玲「協会」も全部撮影OKって太っ腹が過ぎませんかね。私の他に訪問客が居ないタイミングで写真を撮りまくり。接写(部分)8枚をFacebookにアップしたら、何だか作者・作品当てクイズみたいになってしまいました。

 その後、再び徒歩で広島城方面へ。広島城縮景園広島県立美術館を見学。途中で某コンビニチェーンの店舗にATM利用のために入ったのですが、入口にの張り紙にちょっと驚いてしまいました。「当店ではマスクの着用は任意です/皆様の自由意志を大切になさって下さい」と日本語・英語で。
 県美を出た後で捕まえたタクシーの運転手さんは「広島城はがっかり名所でしょう?」と仰有る。確かに復元は(国体開催に乗じた)突貫だったのかも知れませんが、天守閣内の展示はずっしりと重かった。とんでもない広さ(何せ120万石)の平城が後に日清日露の大本営(広島が兵士の出発地)となり、最後は原爆で完全に倒壊する(木材はほぼ全て持ち去られて人々の雨よけ小屋普請に使われたそう)、という歴史には感じるものがあります。
 縮景園と県立美術館とは隣接(入場券を同時購入)。広島現代美術館(公立初の現代美術専門、広島市には立派な美術館が沢山!)が改装休館中ということで、2館の合同企画(比較展示)が開催されていました。1箇所で両方楽しめてお得なその特別展には、出口休憩所に2館のソファーを並べて展示するといった遊び心が随所にあって楽しく。

 県美前からタクシーで向かったのは平和公園側の器屋「ピロレイッキ」。北欧雑貨や国内食器を扱っている小箱で、ネットで見つけて寄ってみたくなったのです。広島に地元の焼物があるのかは分からないのですが、折角ならセレクトショップの1軒にでもと。
 北欧雑貨には興味が向かず、欲しいのは食卓を楽しくしてくれそうな食器。持ち帰る手間を考えたらせいぜい2、3種類しか買えないんだからじっくり吟味を……と種々の食器が所狭しの棚を見ていったのですが、こういう時に買うべき物というのは始めからちょっと光っていて見た瞬間に一目惚れするというのが「あるある」のよう。せいぜい10分程度眺め渡している内に、とあるプレート・ボウルのセットに釘付け。18cmのプレートは小皿にもなるしボウルの受け皿にも、ボウルには例えばセブンイレブンカップデリくらいのお惣菜だとか少量のスープだとかが入りそう。5~6色あった中で光っていたのはピスタチオグリーンのもの、即決。で、レジの店員さんの元へ持っていったら、私が以前気に入って別のボウル3種を購入した「イイホシユミコ」さんが木村硝子と組んで作ったシリーズなのだそう。冒険できない人間です。他に、両の掌ですっぽり包めるサイズの木製のボウルも。

 ホテルに戻って16時、チェックインの後で入浴(大浴場・サウナ)。着替えてホテルを出発したのが17時。徒歩15分の場所にある「福屋」でウィンドウショッピング。旅行先では百貨店の食料品売り場を見るのが面白い、地元色が出ますものね。朝、広島駅構内でお土産を買っておかなかったら、ここで手を出してしまいそうなものが沢山並んでいます(勿論、主に酒)。
 17時45分に「福屋」を出て、歩いて15分の場所にある割烹へ。今回の旅行の2本柱は、平和公園とここなのです。

 日帰り回避はここで飲んだくれるため、「馳走 啐啄一十」。
 TV他のメディアでもお馴染みの料理人・平野寿将氏が、広島の軟水に惚れ込んで移住・開店した割烹。昆布も魚も日本酒も「寝かせ」が命、一皿ごとに昆布・水を変える手数も厭わずです。そのお料理ですが、1品目のお出汁を一口飲んだ瞬間に、コの字型カウンター満席9人(18時一斉スタート)の口々からほぅとため息が。私以外の全員が常連(または大将と馴染み)の様子でしたが、きっと何度訪れても最初の「ほぅ」は変わらないんでしょうね。
 全国から取り寄せた食材を自在に操る大将と、日本酒の徹底管理とペアリングとを行うソムリエールとの二本柱で、他に女性アシスタントが2名。アシスタント2名にきびきびと指示を出しつつ2時間超休みなく調理を続ける平野氏は宛ら選手兼監督のアスリート、カウンター9人の料理・盃の進み具合を確かめつつそれぞれに合わせて(つまり客ごとに別々の順番で)日本酒を選んでいくソムリエールの眼力と機敏さとにも驚かされました(しかも、未踏破の蔵が2蔵もありました)。
 前日にアレルギーや苦手の有無を確認する連絡が届く気働き。高い確率で白子が出るだろうからどうしようかな、と思いましたが全て店任せにしました。果たして一皿目から河豚の白子でしたが、やっぱりお店に任せたのが正解。私、白子嫌いの看板をおろします(他の店で食べたらやっぱり駄目、となるかも知れませんが)。美味しいお店に好き嫌いを矯正されるの、最高に幸せな体験です。因みに私、香箱蟹(人生初)を食べている途中で、平野さんに「美味しそうに食べるね~」と半ば呆れ気味に声をかけられました。アヘ顔だったんでしょうか。
 コース料理は、以下。
 ①大根・河豚白子(羅臼昆布・竹原の軟水硬度20)
 ②丹波の香箱蟹(地中海塩・土佐酢)
 ③倉橋の真魚鰹・唐墨(鰹は5日寝かせ。⑩までがお造り)
 ④愛媛の白甘鯛(利尻昆布は6年寝かせ)
 ⑤広島の虎魚(2日寝かせ)
 ⑥山口の鮃(5日寝かせ)
 ⑦大間の鮪(10日寝かせ)
 ⑧大根
 ⑨江田島の寒鰤(8日寝かせ)
 ⑩岩国の鰆(7日寝かせ)
 ⑪宇治煎茶(安佐南区の軟水硬度8)
 ⑫榊山牛(内腿の生ハム)
 ⑬岩国の鰆ソテー(広島醤油と野菜6種とのソース)
 ⑭榊山牛しゃぶしゃぶ(海参・鯖・鰹・アゴ・昆布)
 ⑮生唐墨とろろ飯
 ⑯広島のシャインマスカット
 未踏破のお酒も2蔵。
 637蔵目・香川「川鶴」(NORA MIZUMOTO-K)。
 638蔵目・広島「神雷」(夏生原酒 純米酒 八反錦)。

 歩いてホテル帰還、ビール1缶だけの飲み直しは店の記憶だけを摘まみに。値段は2倍超でしたが、K市いちばんの懐石「G」と同じくらいの満足感を味わったのは、若しかしたら初めてのことかも知れません。季節を変えてまた行きたいなぁ。
 幸せで健康的な入眠。

世界は無重力 そう Welcome to Space!

 昨日の今日でまたも天神行き、しかも今日はホテル泊で、明日はそのまま1泊2日の広島旅行に出掛けるという。ど平日に、遊びまくってます。

 たっぷり眠って6時起床、疲労感は無し。お風呂にお湯をためている間に、2泊3日分の着替え等々旅の準備。入浴後に徒歩出勤、旅行カバンを携えて8時30分の始業ギリギリに職員室入り。
 1限の空き時間に授業の板書準備をして、2・4・5・6限が授業、3限と昼休みとの間に時間割・授業準備・浪人生添削の机仕事。16時から年休、タクシーで西鉄K駅、電車で天神。
 天神徒歩10分のホテルにチェックイン、軽く風呂を浴びたら直ぐに着替えて出発、キャナルシティまでは徒歩10分強。「キャナルシティ劇場」は初訪問です。施設内ではクリスマスを強く意識したイルミネーションやマジックのショーが行われていましたがスルーして目的地へ一直線。18時30分開演の5分前に着席というギリギリの到着でした。

 以下、ライブのレポート。

 昨日の関ジャニ∞『18祭』@PayPayドーム、からの振れ幅がちょっと大きいですが、今夜は矢野顕子『さとがえるコンサート2022』@キャナルシティ劇場。
 関ジャニが『18祭』ならこちらは『46祭』、自らを「お高いヴィンテージ」と仰る矢野顕子さん、小原礼佐橋佳幸林立夫の3氏と結成したバンドの名前は「The yanoakiko」。バンド結成から堂々3年連続のツアーですが福岡での開催は初、そもそも「さとがえる」の福岡公演自体が6、7年ぶりです。歓。
 ①BAKABON ②春咲小紅 ③わたしのバス(Version2) ④変わるし ⑤魚肉ソーセージと人 ⑥ちいさい秋みつけた ⑦透き通る世界 ⑧H.O.S. ⑨LOVE LIFE ⑩The Weight(The Band) ⑪湖のふもとで猫と暮らしてる ⑫ドラゴンはのぼる ⑬音楽はおくりもの ⑭すばらしい日々(ユニコーン) ⑮ひとつだけ ⑯クリームシチュー ⑰ラーメンたべたい
 ヴィンテージの円熟は勿論ですが、「ファイナルなので持てる全ての更にその上を出し切る(大意)」と最初のMCで観客の拍手を煽ったお言葉通りの大熱演でした。選曲も、このバンドメンバーで一昨年リリースしたアルバム(③・⑤・⑬)や来年3月発売のニューアルバム(⑦・⑫)から披露された新しいもの、The Bandや奥田民生の名前が出ただけで観客席から拍手が起こったカバー、70・80・90・00年代の代表曲と万遍なく、現在の時点のほぼベスト(勿論、聴けなかった名曲も沢山ありますが、それは来年以降のお楽しみ)。
 来年3月のニューアルバムは弾き語り。野口聡一宇宙飛行士が宇宙で書いた14編の詩(詞)にそのまま曲をつけたそう。40年前の「たいようのおなら」ではこどもの創作詩に描かれた宇宙を歌いましたが、今回は本物の飛行士が宇宙を眼前で活写した作品。実際に生で聴いたからわかりますけれど、本当に宇宙に行けますよ、これ。近年の矢野さんが本気で宇宙に行くことを目標にして勉強や水泳などのトレーニングに励まれたことが、まさかファンを宇宙に連れて行く音楽作品に結実するなるなんて、四半世紀超ファンをやっていますが想像もしていませんでした(信心が足りていなかったです)。因みに、⑫なんてそのままプログレだったんですけれども、アルバムはどうなっているんでしょうかねぇ。
 ⑥を歌う前にオリジナルバージョンのイントロを奏で、「マスクの下で一緒に歌ってください」の矢野さんに佐橋さんが「無理だと思う、俺は歌えなかった」とのやり取り。最近の矢野さん、歌えるもんならと観客を煽りがちです。なんですけれども、アレンジが『峠の我が家』とほぼ同じような感じでしたから、長いファンなら歌えますぜ、とも。驚いたのはアレンジの原型が中学時代の内職(家庭科の授業だったそうです)で出来てたということで正に天才。作曲者の中田喜直はお気に召さなかったと聞きましたが、子どものやったことですから……。
 祝・映画化(MCでは矢野さん自身の感想は話されず)、で披露された⑨も嬉しい。ボーカル最後の一声で天国に行けるファンは少なからずのはずです(演奏自体はオリジナルアルバム若しくは弾き語りバージョンに一票ですが)。
 奥田民生がフェスで同業者に叱られるほど破滅型の酒癖になったのは、自分の曲は矢野さんが全部引き取って下さるから自分はもう歌わなくてもいいと思ってるからなんじゃないかしら。⑭ラストのピアノとバンドメンバーとの掛け合いの迫力が凄まじかったです。演奏後は流石の矢野さんも「ちょっと休みたい」と仰り……しかし休まず、そのままラストの⑮を最後の「ラララライ!」まで完璧に決める格好良さったらもう!
 アンコールは食べ物2曲。矢野さん、⑯の歌い出しの前のMCで「皆さんも聴きたかったはず、私も歌いたかった(大意)」と仰ったんですけれども、この曲ってそんな「地位」だったっけ? とちょっと戸惑いました(その物言いだと「Greenfields」だとか「ごはんができたよ」だとかが聴けるのかな、と思いません? ⑯も良い曲ではあるんですけど)。

 アンコールの2曲に食欲を刺激されて、帰りは春吉の日本酒バー「雲レ日」で軽く飲んだ(石川「宗玄」は初めての蔵でした)後、ホテルに戻ってサンポーの「焼豚ラーメン」を食べました。私は、チャーシューも要る男なのです。
 636蔵目・石川「宗玄」(初しぼり 純米生原酒)。

老いとは億劫との闘いです

 午前中は書斎で机仕事・書き物をしながら宅急便が届くのを待つ……んですけれども、日時指定だから仕方ないとは言え、今日のこの天気でクロネコさんを働かせるのは罪悪感、という程度の雪。積もるか積もらないか、K市では数年に一度のことです。しかも届けてもらうのが日本酒だというね。今回は、「日本酒チャレンジ」史上ベスト10に入るかどうかというお気に入りになった新潟「醸す森」を1本、後は未踏破の蔵のお酒が3~4本。

 11時過ぎに自宅に呼んだタクシーで、先ずは試験場前駅(ローカル!)へ。駅前の有名なラーメン店「M」までと運転手さんにお願いして、降りた後で入店するのはその向かいにあるピザ屋「W」、K市ではいちばんです。マルゲリータランチ、1400円にまで値上がりしてしまいました(200円のアップ)。サラダがちょっとサイズアップしてるのかな。ピザは相変わらず美味しい。
 ハリー・ポッター感のあるロングコートで、「W」から西鉄K駅まで徒歩10分強、コートは雪まみれになりますが、手で払えば溶けずにホロホロと落ちていくので濡れることはないみたいです(髪はちょっと濡れました)。西鉄K駅から天神までは特急で30分。バッグの中には文庫本が1冊、CDウォークマンにベストアルバム、そして勿論ライブのチケット。本日、福岡PayPayドームにて、私、エイターデビューします。

 開演16時のライブの開場が2時間前の14時だというんですから、さすがドームはスケールが違います。野球無縁の私にドームは縁遠く、初めて中に入ったのは今の馬鹿みたいな名前ではなかった15年ほど前のこと、演者はサザンオールスターズ。その時以来2回目で、前回の記憶もほぼありませんので、内部での動きがどのようなものか全く分からず、念の為開場と同時に入場をと早めに福岡に到着した次第。天神から地下鉄で西新、ドームの最寄りは違う駅らしいのですが西新駅で降りてそこから歩きます。理由は、ライブ後に63回生Mくん(彼はライブ不参加)と落ち合って飲もうと約束した店が西新にあるから。西新から歩いてドームに向かい、これは歩けない距離ではないということは確認できましたが、私の年齢とライブ後の暗さと天気の読めなさとを考慮してやはりタクシーで移動することを決定。となれば、退場で万単位の人間が大混乱するライブ後まで席に居続けるのは危なそう。アンコールはキャンセルだな、などと考えながら。

 14時15分前に着。開場前ながらドーム周りはお祭りの人出で、ドームや看板やを背景に自撮りに勤しんでいるエイター(本物)さんたちが大勢。自撮りさんは全員が女性、そのうちの半分は団扇を持ってます。前々から一度はジャニーズのライブにと思っていた私、勿論ステージ自体も楽しみなんですけれども、ファンがどのようなテンションでライブを観るのかというその観察もちょっと楽しみなのです。今回のライブ、コロナ禍以降では初めての声出しOKだとのこと。

 面白かったのは、ドーム前に至る階段を上りきった場所からドームまでの動線と垂直に交わる形で、グッズ売り場への行列が並んでいること。一定時間ごとにスタッフ4人が2本のロープで遮断機を作り、数十人のグッズ客を踏切の電車の如く通過させるんです(その間、階段の上でドームまで直進の客は一旦停止)。秩序だってるなぁ、ってかやっぱりみんなグッズ買うんだねぇと、のんき私。だって、ほぼ10000円のチケットですよ、学生お小遣い組のファンにはなかなか手が出ない値段ですよ、その上まだグッズを購入ってのは、愛ですよねぇ……
 ……と他人事だった私。しかし実際は愛どころかほぼ義務、観客はERライト(制御型ペンライト)を振りながらライブを観るのがお約束だったというのを知るのは1曲目が始まってからのことでした。ライトを持たずに2時間仁王立ちだったロングコートのおっさん一人はさぞ不審だったことでしょう、両隣のエイターさん、ごめんなさい(でも、ロングコートのおっさん一人がライトを振りたくってるのもそれはそれで不審だったはずです)。その制御型ペンライト、入場後に色々と設定をしないといけないらしくて、開演を待ってる間の2時間はステージの大スクリーンでその操作方法がずっと流されてて、開場見回りのスタッフさん(大勢!)が操作に困ってそうな人に次々と声かけをしてて、というのは気づいてたんですけれども、まさか全員が持ってるとは想像だに。
 因みに、開演を待ってる2時間はアホほど暇でした。何だか本を読む気分にはならず、売店で購入したホットコーヒーを飲んだ後は、場内をずっときょろきょろしながら2時間の徒然。場内寒いし(ロングコート着用)。途中、一度だけお手洗いに行くために立ったのですが、ドームのトイレって本当に広いですね。びっくりです。そして、広大なトイレに私しか居なかったのにもびっくり。観客の男女比、多分1対999くらいだったと思います。その「1」の中に一人で乗り込んできた酔狂は何人いるんでしょうねぇ(あ、「酔狂」と言えば、ジャニーズだからなのか、コロナだからなのか、売店のアルコール販売は全て中止でした)。

 さて、PayPayドーム。会場内は意外に狭くて、後方スタンド席(1塁側スタンド6通路39列293番、って何だかもう席番号がシュールです)からでもステージがよく見えました。しかも、電車やら車やら色々な乗り物を使って会場内を5人がぐるぐる回って(こっちまで来て)くれます、というか、メインのステージが可動式になっていて開場中央まで動いてくるんです(これは、終盤の5人によるバンド演奏の時)。大スクリーンには5人の全身や顔アップやがリアルタイムでずっと映っているという至れり尽くせり。
 で、ライブが始まったら、大スクリーンに映る5人の姿がもうキラッキラしてるんです。顔・スタイル・ダンス・歌・演奏の全部がですね、メンバーは私と同世代(大倉くん除く)のはずなんですけれども、何というかもう「霊長類ヒト科」くらいまでしか共通点がないという輝きでした。

 1曲目のタイトルは辛うじて覚えています。「歓喜の舞台」、久しぶりのライブにこれ以上相応しいオープニングはない、という題名。曲名・年度・歌詞は場内に幾つか配置された小スクリーンに出てくる仕組み。実際、俄で購入したベスト盤の中の曲を除けばちゃんと聴いたことがあったのは「ズッコケ男道」くらい、中盤で差し込まれた事務所お家芸のジャニーズメドレーコーナーの曲の方が知ってる打率が高いという(「シンデレラ・クリスマス」「まいったネ 今夜」「寿司食いねェ!」「たよりにしてまっせ」「台風ジェネレーション)。そうそう、「寿司食いねェ!」は「肉食いねぇェ!」という替え歌になっていました。ステージに即席の焼肉屋台が登場して、幟にはどこかで観たような絵柄と字体とで「肉貴族」と。途中のMCで、横山くんが大倉くんは最近割と「貴族」を押し出してるとツッコんでました。
 そのメドレーの後、オリジナルのウィンター・ソングのイントロが流れ出した瞬間、隣の女の子が「無理……」と言いながら号泣し始めました。良かったねぇ。彼女、号泣しながらペンライトを振ります。私、地下アイドルの絵恋ちゃんのライブでしか「ヲタ芸」を見たことがなかったので、地上のファンはこんなにも上品なのかと殆ど呆気にとられてしまいました。

 途中で2箇所、寸劇(?)みたいなキャラクターコーナーあり。「エイトレンジャー」の方は知ってました。5人のうちの誰がリーダーなのかを言い争うみたいなコントがあって、ジュニア(キャラクター演じたりバックダンサーやったりソロコーナーがあったり忙しい!)が演じる悪役と戦うみたいな(あんまり覚えてません)。もう一つは、関ジャニの妹分という設定の「キャンジャニ」、横子・村子・倉子(←最近パパ活始めたそう)・安子・丸子の5人で新曲「ないわぁ~フォーリンラブ」をお披露目、作詞は秋元康(けっ)。声出しOKの今回のライブ、MC中にファンが最も大きな声で叫んだのは、この5人が地上波のTVに出演するというサプライズ発表(司会の南キャン山ちゃんが相当絡みにくそうだったらしい)で、次に大きかったのはそれが福岡では放送されないという報告の時でした。
 というかですね、ご贔屓さんばかりの客席だとはいえ、万単位の客入りのドームで、コント・MCで爆笑掻っ攫うって、そんなお笑い芸人さんって居るんですかね? もしかしたら本当に日本の芸能人の中でもこの5人だけなんじゃない? と心底感心してしまいまして。

 終盤のバンド編成数曲の後、最後に5人の挨拶。横山くんが、ファンの声が聞けて嬉しい、次は(マスク無しの)笑顔が見たい(大意)、と言っていたのが印象に残りました。デビュー18周年だから『18祭』、コロナ禍を乗り越えて8がつく周年記念のライブが開催できて良かったなぁ、と最後の曲「ひとつのうた」を聴きながら。
 しみじみはしたんですけれども、最初の決定通りアンコールは見ずに(トイレ行かせて~、みたいな体で)席を離れて開場を後に。開場を出た通路はまだ真っ暗、私のような不届き者はほぼゼロみたいで出口を目指している人間は私を除いて1人2人、まだ閉まっていた出口をスタッフの方に開けてもらい(帰りの電車がありますの~、みたいな体で)タクシー乗り場へ。雪はほぼやんでいました(でも、寒いこと寒いこと!)。

 西新の炉端「K」に19時、アンコールを観ずにタクシーに乗ったらMくんと約束した時間の約10分前に到着、遅れなくて良かった。幹事は近くに住んでいるMくんにお任せしておりこの店に私は初入店。人気店だと聞いていました(実際、どのメニューも美味しかったです)が、私たち2人が乾杯をした時は席は疎ら……で、後から女性お2人様が何組もご来店なさってドーム後の予約満席だということが知れました。
 PayPayドーム前の大病院で研修医のMくんに、今日の5人が凄かったんだよ~、という話を(割と小さな声で)していたら、隣の女性2人から「お二人でドームへ?」と話しかけられまして。私だけ42歳になってお一人様エイターデビューだということを(恐る恐る)お話ししたら「「それは素晴らしい!」」と滅茶苦茶なウェルカム感、少しお話が弾んでしまいました(とは言え、私は知識ゼロなんでとにかく「抽象的に」感想を述べるしかなかったんですが)。
 Mくんの胃カメラ初体験の話(Mくんは関ジャニ、じゃない患者に胃カメラをツッコむのが仕事で、だったら一度は自分もやっとけ嘔吐いとけ、と私がず~っとせっついてたんです)だとか、向こうの用意してくれた2人だけの話題もあったんですけれども、今夜は何だかずっとドーム寄りの話題に終始しちゃって申し訳無かった。次の新年会(?)ではちゃんとトークを転がします。
 西鉄天神までのタクシーはMくんがアプリで手配してくれて令和。

 特急は30分立ったまま、座ったら寝るのは分かりきっています。西鉄K駅から自宅までの道もタクシー、帰宅後は即就寝。

それだけのことでわたしは海をゆけるよ

 明日、人生初ジャニーズライブ。私、エイターデビューします。
 先日、中3の授業にて。教材に関わらない雑談は嫌いなんですが、42歳にもなって気分がウキウキしてたんでしょうね、ついドームライブのことを(プリントを配布しながら)お話。で、或るクラスで「推しが誰かってのは別に……あ、敢えて言うなら横山くんかなぁ」と溢したら、即座に或る女子が隣の女子に「同担じゃん!」と。思わず「あっ、拒否です?」と聞き返して笑われる。
 本日、職員室にて。若手体育先生に「先生は誰推しなんですか?」と聞かれて「強いて言うなら横山くん」と答えたら、「え~、そこは大倉くんじゃないんですか?」と返ってくる。私「それは横山くんに失礼でしょ」 体「あ、そっか」 私「あとね、僕、心が汚いから、大倉くん見ると勝手に金の匂いを感じちゃうの」 体「あ~、貴族だから」

 高3文系の授業、最終回。東大二次対策、最後の授業には99年第四問(李奎報『東国李相国集』)を選びました(私の受験した年度です)。入試当日の自分が書いた解答なんて覚えているはずもないのですが、この問題の問一だけは覚えています。理由は簡単で、最初に漢文第四問を解き始め、その問一「人馬之衆寡幾相類」を「二隻の舟に乗った人と馬との数の多さはほぼ同じだったこと」と解答したのですが、解答用紙に記入した最初の文字が「二隻の舟」という中島みゆきの名曲のタイトルだったからです。だてに、中高の授業中にみゆきさんの歌詞を「写経」していた訳ではありません。最初の4字を書いた瞬間に、気持ちがすっと楽になったのを覚えています。
 授業後は添削。昼まで机仕事で定時退勤。目抜き通りに出て郵便局から浪人生の添削答案を発送、その後「梅の花」で単品料理を摘まみに軽く飲みました。本屋・スーパーマーケット経由でバス帰宅。録画した『孤独のグルメ』を観ながらお茶を飲んでから2時間程仮眠。

 夜は書斎で仕事と書き物と。その後、一人鍋でゆったりと独酌。

ああ 時を超え 明日を知っていたように

 7時前に学校入りして授業の板書準備。本日の中3はまたまたまたまた教科書外の投げ込み教材、我らが(と、言ってもいいですよね、駒場時代の基礎演習の担当教官だったので)野矢茂樹先生の文章です。授業4コマ、合間には来週の授業準備。放課後には掃除監督、時間割の雑務。

 定時退勤、入浴後に自炊作業。鯛カマ煮付け、コールスロー、モズク酢温玉、砂ずりキムチ炒め、イカ納豆。昨日の砂ズリはコンビニ惣菜ですが、今日の砂ズリはスーパーの精肉コーナーで衝動買いしたもの。50周年でTVに出まくっているユーミンの録画を消化しながら。先日WOWOWで(2回にわたって)全てのMVが流されたのは画期的でした。「SWEET DREAMS」から「Call me back」まで約40年分、39曲。これは永久保存版。

一人じゃ悲しすぎる夜さ

 加藤シゲアキ『できることならスティードで』読了、★★★★。初。小説ではなくエッセイを手に取りました。何かの媒体で著者がレーモン・クノー『文体練習』を推しているというのを知って「良い!」となったのがきっかけ。読みながら、生きているステージは全然違うけれども志向のベクトルは似てるのかなぁ、と不遜なことを感じてしまいました(ミルクレープの食べ方に膝を打ったり、或る部分の記述に「『安楽』への全体主義」っぽさを感じたり、その他色々)。そして、読み終わった後にGoogleで「加藤シゲアキ 内田樹」で検索をして、やっぱりね、と。小説の方にも、いつか機会があったら手を出してみようかな。18日にドームでエイターデビューする私、次は読書でパーナデビューなのかしら。

 7時過ぎに学校入りして授業の板書準備。中3で現代文の授業が4コマ。合間に授業準備、昼休みには高2のクイズ研究会のメンバーと写真撮影(卒業アルバムに掲載されるものです)。
 学校近くのスーパーで食料品を買って帰宅。スーパーから自宅までタクシーで帰ろうかと思いましたが、今日は試しに歩いてみました。20分強、レジ袋(大)2つ分を提げて徒歩帰宅は腕が痛くなりますね。自炊は「作る」以外の工程が大変、免許の無い人間には買い物が鬼門です。コロナ禍以降は、ご高齢の男性の独り客が増えている様子で、レジの自動支払機で戸惑っていらっしゃるのをよく見かけます。

 夕食はコンビニ購入のズリポン酢、味噌汁。その後、豚肉と菠薐草とで常夜鍋向田邦子「くらわんか」に書かれたレシピですが、檸檬と醤油とで作るつけダレはポン酢で代用しました。ポン酢至上主義なので、自炊を始めて以降「味ぽん」は1リットルサイズを(予備1本も含めて)常備していますし、それとは別に旅行先で自分用にご当地物を購入しています。
 635蔵目・千葉「篠緑」(金紋 純米酒)。

もしもかもめになれないのならば 僕は静かな地蔵でいたいな

 『新潮国語辞典』(第二版)の「鍛練・鍛錬」の説明③に「辞句を推敲すること」とあるのですが、ここで使われている「辞句」の語はこの辞書では立項されていません(『日本語大辞典』にはありました)。「辞」と「句」とを別々の語だとする解釈はちょっと無理がありそう(それなら「辞や句」とするはず)なので、例えば第一版では立項されていたのが二版で削除されたとか? 調べてまではいませんが、単純に、辞書における説明に収録外の語を用いるのはアリなんでしょうかという疑問が(批判ではないです)。

 1限の授業は文系二次対策、授業後に添削をサクッと。会議1件、浪人中の卒業生からのアポイントメントが1件(書いてきた産業医大の志望理由書の添削)。冬休み(という概念は高3にはないのですが)中に自学できるように授業で扱っていないセンター試験の過去問をプリントの束にして高3全員に配布。休み時間にF校親玉大学病院に電話をかけて、2023/2/21(火)の日帰り人間ドックを予約(職員健康診断を受けない代わりに人間ドックの結果の提出義務あり)。
 数年前(コロナ禍の前)の上京中に原画展で一目惚れして購入した水森亜土ちゃんの油絵(歌うお地蔵さん)を居間の壁にかけておいたところ、落下して額装から絵が外れてしまったのですが、美術科先輩先生(F高での先輩で、教員としてのF校赴任は私の方が先)が修復して下さいました。嬉しい。プロにお縋りするのがいちばんです。

 夜は、よくして下さっている英語科先輩先生と小料理屋「A」へ。小鉢天国、歓談。

これは昨夜の私の

 ……と自画自賛しながら寝て起きた朝。居間の炬燵は片付いている、台所の洗い物がきちんと乾燥機に入れるところまで終わってる、と昨日の自分の仕事をチェックしながら独りでドヤっていたところ、最後にふと覚える違和感。なぜ、コンロの上に洗い終わった大鍋が出ている?
 記憶の扉を開く前に冷蔵庫の扉を開き、すぐ目の前にあった大きなタッパーに何かが入っているのを目にした瞬間、これを作って洗い物までやって寝て起きたらすっかり忘れて果てているのだと知る。「きりざい」の洗い物まで終わった後、またもやまな板と包丁とを汚して、昨夜の泥酔男、鯛カマを煮付けてました。豆腐半丁と鯛カマ、チューブのおろし生姜。「うまかばい」1に水2、中火で12分、落とし蓋がないのでキッチンペーパーで代用。思いだしたんじゃなくて、多分いつも通りにやったんだろうなぁ、と想像しているだけです。
 これは「偉いもん」ではないよなぁ。何せ、記憶の外だもんなぁ。靴屋のこびとさんの童話って、アル中のメタファーだったりするのかなぁ。

 朝の職員室で白菜が余る~、と愚痴ったら、世界史先生(67回生の担任団でご一緒)が「私1日3食果物が無いと我慢できないんですけど、白菜は細切りを塩もみしてリンゴと和えたら良いですよ」と。
 ならば今夜はサラダと鯛カマじゃ。昨日「月空」で頂いた炊き込みご飯(朝の母君のお供えに早速)もありますし、夜はサラダと味噌汁とさえ作ったらあっという間に御膳の完成ですよ。

 本日は授業なし、共通テスト(←名称嫌)模試の監督業務のみ。数学の時間だけは開始から数分後に机間巡視をして、問題冊子の中頃の問題から解き始めないといけないのに最初のページから解き始めるという粗忽を犯している受験生を「肩ぽん」するのがマイルール。12月でも、クラスに2人居るんですから、受験生は余程気をつけて本番に臨まなければなりませんね。

 定時帰宅(途中でリンゴを購入するためにスーパーへ)。お風呂を追い炊きしている間にサラダの材料(リンゴ・白菜・ミニトマト)と味噌汁の具材(蕪・鶏肉)とを切っておきます。お風呂からあがったら先ずはサラダ、リンゴと(塩もみした)白菜とを和えて皿に盛り付け、周囲を半分に切ったミニトマトで飾る。ドレッシングは右半分にレモン、左半分に胡麻。最後に上からブラックペッパー。
 「冬物語」をかしゅぷしゅ~、サラダは世界史先生の仰った通りに美味い。サラダのお皿を洗って乾燥機に入れる間に、昨夜こびとさん(メタファー)が作ってくれていた鯛カマ煮付けをレンチン、2本目をかしゃぷしゅ~した「冬物語」と。鯛カマの皿・タッパーを洗って乾燥機に入れる間に、頂き物の炊き込みご飯をレンチンして漬物小皿には梅干し3つ。今度は日本酒のぐい呑みを出してきて634蔵目の日本酒(岐阜)を開栓。茶碗と小鉢とを洗って(茶碗は乾燥機に向かないやつなので拭くだけにして)小鉢を乾燥機に入れる間に、味噌汁の具材(鶏肉・蕪の葉・蕪)を昆布とイリコとの出汁(冷蔵庫内で水出し済)で煮立てて、最後に味噌を溶いたら1人前。ぐい呑みだけ洗ってないのはまだ呑むからで、岐阜のお酒がどんどん減っていきます。
 634蔵目・岐阜「初緑」(特別純米無濾過生原酒)。